失われた記憶にはとても大切なものがあった気がする……
ふいに、あの時の疑問がもう一度頭を過った。
『私の初恋って……』
初恋……
もしかして……
失われた記憶にはとても大切なものがあった気がする……
ふいに、あの時の疑問がもう一度頭を過った。
『私の初恋って……』
初恋……
もしかして……
里沙さん?
あっ……
はい!
話している間に目的地へ着いてしまいました
えっ……?
はい……ココは……?
馬車はゆっくりとそこで止まった。
窓から見えるのは、古城のような雰囲気の建物だった。
お城?
ですか?
さぁ、行きましょうか?
二之継さんはクスリと微笑む。
二助さんが馬車の扉を開いてくれて、私は二之継さんに手を引かれ、お城の門へと進んでいった。
馬車、お城……
も、もしかして舞踏会!?
えっ?
でも、どうしようドレスとか持ってない……
さぁ、どうぞ中へ……
重厚そうな扉が自然に開く。
そして、中には……
えっ……あの……
ココって……
図書館ですよ
どこまでも続いている本棚。
確かに、中は図書館みたいだけれど……
でも──
それでね~しおりがはさまって~
もぉ~やんなっちゃう~……
マジで~?
ウケル~♪
だから誤解だってば……
ウソっ!!
アンタあの百科事典と浮気してんでしょ!?
英和辞典が見たって言ってんのよ!!
ねぇ、君~
表紙マジかわいいね~♪
やだ~
ファッション雑誌とか超チャラ~イ……
本がしゃべっている。
動いている、グチっている、ケンカしている! ナンパしている!!
本来、静かな場所のはずの図書館が、めちゃくちゃウルサイ。
あの、本が話して動いているんですが……
はい。本は話して動くものですからね
そうですか……
私はまた、奇妙な異空間に来てしまった様だ。
ここは私のお気に入りの場所なんです
そ、そうなんですか!?
本はいいですよ。
読めば色々な知識を与えてくれますし、いろんな世界に行く事も出来ますから……
二之継さんは楽しそうに微笑んだ。
私も本を読むのはワリと好きだけれど、果たしてここの本は読めるんだろうか?
好きな本を読んでみて下さい
はぁ、あの読むってどうやって?
みんな動いてしゃべってるんですけど……
簡単ですよ、声をかければいいんです
声を……ですか……
戸惑いつつ、私が辺りを見回すと足下には
『世界の海』と表紙に書かれた本が、のしのしと歩いていた。
あっ、あの~……
意を決して声をかけてみる。
んっ!? なんだ嬢ちゃん
野太い男の人の声だった。
ちょと江戸っ子っぽいかな……。
えっと、あの~……
あ、あなたを読んでみたいんですけど……
ああ~ん!?
なんだって~!?
こ、恐い!!
どうしよう、なにこの人!
じゃない、 この本!
あっ、ご、ごめんなさい!
私、本と話すのなんて初めてだから、なんて話かければいいのかわからなくって……
何ぃっ!?
本に話かけるのが初めて!?
嬢ちゃん本を読んだ事がね~のか?
いえ、あの、本は読んだ事ありますけど……
話す本は初めてで……
は~ん!
無口な本もいるもんだな~……
あはは……
オイラの名前は世界の海だ!
読みて~っていうなら、この表紙をめくってみな!!
『世界の海』さんは表紙の下をチラっとめくってみせた。
私は、その場にしゃがみこみ言われるがままにページをめくってみる。
すると──
私の目の前は一瞬にして美しい砂浜と波の音が心地良い海辺に変わった。
えっ!?
辺りをキョロキョロしていると、どこからともなく『世界の海』さんの声が聞こえる。
どうだい嬢ちゃんスゲーだろ?
こ、ココは一体どこなんですか~?
私はどこまでも澄んだ青空に向かって叫んだ。
ここは
本の中に決まってるだろ~?
本の中……
私、本の中に今いるんだ……。
この潮風も太陽も全部、本の中なんて思えない。
もっとスッゲ~の見せてやっからよ~く見てな~
それは、本当に不思議な光景だった。
まるで万華鏡のように、辺りはくるくるといろんな海に変わっていく。
夕焼けの海、夜の海、どこまでも続く地平線、波の音も潮の香りも私にちゃんと伝わって来る。
さっ、これで終わりだ
最後は満点の星を写した海だった。
……わぁ
それはきっと、どこか遠い国に広がる海の光景。
どこまでも続く星空と、さわやかな風が流れる楽園のような場所。
いつか、こんな場所に
大好きな人と来てみたいな……
私の大好きな人……。
一之臣さん? ニ之継さん? それとも三之丈さん?
……ヤダ、何考えてるんだろう私……
嬢ちゃんどうだった~?
あっ……!
一瞬の暗転、それと共にいつの間にか海から元の図書館に周囲は変わっている。
あっ……はい、とってもステキでした。
ありがとうございます!
おお、そーかそーか、また海がみたくなったら声かけろや
『世界の海』さんはそう言い残して、のしのしと本棚の方へ歩いて行ってしまった。
どうでしたか?
振り返れば、私の後ろに立っていた二之継さんが微笑んでいる。
あっ、はい……すごく楽しいです!
それは良かったです。
奥にも色々な本がありますから、良かったらお好きな本をどうぞ読んでみて下さい、私はこの辺りにおりますので……
二之継さんの足下には、『多次元宇宙と哲学論』というメガネを掛けた本さんがいた。
私はこちらで彼を拝読させて頂いておりますので、向こうの棚には絵本や花の図鑑もありますよ
そう促され差し出された二之継さんの手を借りて立ち上がると、どこまでも続くように見える本棚の奥へと一人進みはじめた。
動物や植物の図鑑、美しい景色の写真集、童話の絵本やお料理の本、いろんな本さんたちが本棚のビルの間を歩いている。
私がどの本に声を掛けてみようか迷っていると……
…………
ふと見た右側の本棚の間に、本じゃなくナゼか人がはさまっていた。
なんだろうこの人……
無視するべきか、声をかけるべきか……。
この世界の人なら、もしかしたら好きではさまっているのかもしれないし……。
すると──
……おいっ、女
向こうから声を掛けて来た。
はっ、はい……?
困っているヤツを無視するのか!?
あぁ、やっぱり……。
ただはさまって抜けなくなっているだけだったんだ……。
えっと……、手をかしましょうか?
……頼む
私は彼の腕を掴むと本棚の間から引っ張り出した。