初夜、それぞれの想いが交錯する中。
狼は静かに闇に紛れて動き出す。
黒の中で、赤が飛び散り悲鳴が消える。

ハズだった……。

時雨

……全員、生きている?

時雨は呆然と見つめている。
当然だった。
初夜が経過し、確実に誰かが犠牲になっているはずなのに。
そこには、違反で死んだ男以外の全員が揃っていたのだ。

黒花

中々面白いことになりましたねぇ……
朝ごはんでも食べながらゆっくりと事態を整理しましょうよ

部屋から朝食を持ってきていた黒花。
机にバターの塗ったトーストを置いて、クスクス笑う。

黒花

初夜に死人が出ない……とは
お笑い種だとは思いませんか皆さん?
昨日死亡者が出て、狼も流石にビビリましたかねぇ?
所詮は今まで高校生だった素人です
最後は自分で殺しをするルールですしね
及び腰になって、投票を分散させたのでは?
まあ、単純に失敗しただけかもしれませんが

黒花

兎に角、死人がでなくてよかったですね
わたしは死人が出たほうが面白いんですけど

黒花は笑いながら、そう言ってトーストを食べ始める。
態度が村人とは思えない程挑発的であった。

立夏

まー狼も昨日のバカと同じで、馬鹿なのかもしれませんねー!
立夏だったら投票だけ貰ってサクっと殺りにいきますよ?

缶ジュースを煽りながら、でもどの道そのバカ狼を殺すチャンスはあるんですけど、と立夏も笑って続けた。
隣同士になった黒花と立夏は狼を馬鹿にしたような発言を繰り返す。
周囲の目が、こいつら二人が怪しいと懐疑的な目で見るようになっていることを知っての上だ。

黒花

式見さんはわたしと同意見ですか?

立夏

にゃはは!
その通りです!

意気投合したのか、二人して笑い合う。
場違いに愉しそうな二人に、苛立ったように未来が怒鳴る。

未来

あんた達……人を何だと思ってんのよッ!?
何でへらへら笑ってるわけ?
それとも何?
あんた達が狼だっての!?

未来が怒鳴ると、一部の参加者が怯えたように耳を塞ぐ。
平然としている立夏は、むしろ問い返す。

立夏

ゲームしてるのに楽しんじゃいけないんですか?
立夏たちはプレイヤーですよ?
だったらいいじゃないですか
いきなり出だしでクソゲーよろしくやってくれた狼に文句言ってるだけですよ?

……分かりきっていたが、この女はこの状況が楽しくて仕方ないのだ。
ケラケラ無邪気に笑って、未来をイジる。
神経を逆なでされて、更に憤る未来。
黒花も立夏に味方して、話し合いというよりは喧嘩になった。

議論の場を破壊する弁えないその光景に、一つの可能性を導き出していた天都は思わず呟いた。

天都

揃いも揃って……
バカはお前ら三人だろうが

独り言に近い独白だったが、未来は耳聰く聞いていた。

未来

ハァッ!?
夜伽兄、今何て言った!?

矛先を向けて未来が噛み付いてくる。
天都は溜息をついて、真っ向から未来を睨み返す。

天都

聞こえてるならハッキリ言ってやるよ
馬鹿はお前だ久遠寺
ちょっと黙ってろ、話が進まねえ

天都

ゲーム進行の邪魔すると……テメェからまっ先に追放して殺すぞ

未来

ッ!?

天都は、バンッ! と机を平手で叩いた。
器物破損はルール違反だが、壊さなきゃ何をしてもいいと判断した彼は、壊さない程度に机を叩く。
大きな音で、未来の勢いが削がれた。
こうでもしないとこの手のヒステリック女は黙らない。
数度、女の喚き散らすのを見ている天都は慣れた手付きでイニシアチブを奪う。

天都

バカ三人がぎゃあぎゃあ騒がしいが……話し合いを始めようと思う
人狼ゲームでは、誰かしらがまとめあげないとこんな感じで言い争いになって、進まなくなるらしいだわ
俺は一応予習してきてるから、まとめ役が出るまでの代理をするぜ

やりたくない、と顔に書いてある天都だが、渋々ながら自分から名乗りを上げる。
当然、未来がそれにも異論を唱える。

未来

な、何を勝手に

天都

黙れ久遠寺
喚き散らすだけのお前に発言権はない

正論をぶつけると、ぐっと悔しそうに吃る未来。
すかさず、追撃が飛んできた。

月子

朝っぱらから喧しい……
その口、二度と開かないように一致団結して潰しますよ?
何です?
ルール違反で全員殺したいんですか?
それこそ私の魂魄100万回生まれ変わっても恨みはらしますよ?

春菜

そっちの二人も少し、静かにしてくれないかな?
好き勝手言うなら、終わったあとにしてくれない?

月子と春菜が昨日の宣言通り、天都の味方として、口論に参加した。
黒花は素直に失礼しましたと謝罪をして、立夏はへらへら笑っているだけで謝罪せず、未来は眉を釣り上げたまま黙り込む。

良太

僕も、夜伽さんのお兄さんに賛同します
久遠寺さん、貴方は余りにも衝動的すぎる
それでは結局、痛くもない腹を探られるだけでしょうに
少し頭を冷やしたらどうです?

ってかさぁ……くおんじ? だっけ
あんたウザいうるさい
ちょっとだまっててよ……

御子柴やエビまで彼女を糾弾して、本格的に四面楚歌。
彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
エビはあとよろしくーとだけ告げて、突っ伏す。
こいつも問題のある態度であった。

大介

人ンこと言っといて普通に寝たー!?
何様だこの人ォ!?

内心思わずツッコミを入れている田代。
誰も言わないが、きっともう一人あたりそう思っている常識人がいるはず。

神無

…………

神無は部屋の隅っこで熱心にメモを取っていた。
鬼気迫る勢いだが、存在感がなさすぎて誰も気付いていない。

天都

取り敢えずカミングアウトから始めよう

と天都が言い出す。
カミングアウト。
自ら役職を明かすことをそう言う。
村人サイドの役職は、初日のうちに明かす事が通例らしい。

天都

一応、初日にカミングアウトするのは『霊能者』と『占い師』らしいんだが……
そもそも、このゲームの全役職は何なんだ?
悪い、自分から代理するとか言っててこの始末で
俺あの騒ぎで内容全部吹っ飛んじまって……

頼りない天都の発言に、やれやれと肩を竦めながら御子柴が切り出す。

良太

役職ぐらいは把握しておいてください
『人狼』と『村人』が2、『占い師』、『霊能者』、『狂人』、『共有者』、『狐』、『狩人』、そして『蛇』です

御子柴は指を折りながら数を数える。合計12名。
そのうちの二人が、名乗り出るべきだと言うのだ。

良太

まぁ、名乗り出るのはセオリーらしいんですけどね……
僕もこのゲームをそこまで知っているわけでもないんで、何とも言えませんが……

良太

あながち、人狼のプレイミスという可能性も無きにしも非ず、かもしれませんね
あるいは、襲撃失敗か
ありえる可能性が取っておくべきですよ

人狼ゲームというゲームをそもそもしたことがない人間を問うと、何と大半以上だった。
事前に知らされていたとはいえ、下調べぐらいしかしていないというのがほとんどだった。
一部の例外は黒花ぐらい。

黒花

わたしは経験はありますが、やっていたのが何分特殊ルールが多かったもので
普通のはこれが初めてですんで、あてにはなりません

結局、全員が素人ということなのか。
天都は全員が同じハンデでよかったと思いながら、問う。

天都

改めて問うけど『霊能者』と『占い師』は誰だ?

天都が見回しながら言うと、おずおずと一人が手を挙げた。
それはまさかの見知った顔で、天都は絶望的な気分になった。

春菜

天ちゃん……
わたし『霊能者』なんだけど……
名乗り出ていいんだよね?
えっと、かみんぐあうと?

天都

春菜……お前か……

――『霊能者』は、春菜だった。
真実かどうかはわからないけど、一応は同じ陣営だった。
ほっとした半分、狙われやすい役職であることに絶望する。

春菜

う、うん……
一応お仕事はしたよ?
今、言うべきなのかな?

困ったように首を傾げる春菜。
まだいい、と言って一旦保留。
これで『霊能者』は三城春菜、ということになった。

もう一人、より重要な『占い師』は誰だ。
天都が問いかけると、不貞腐れたような顔で隅っこで彼女が小声で言う。
天都達が訝しげに見ると、半切れして彼女は言った。

未来

『占い師』はあたしよ!
なに、文句でもあるわけ?

……最悪の人間が『占い師』だった。
本来、占い師を中心に話し合いは進むべきなのだが……未来がまさかの占い師。
天都は頭を抱えた。

天都

おい……久遠寺……
話し合いの中心がいきなり場を混乱させてどうするんだよ……
勘弁してくれよもう……

未来

わ、悪かったわ……
さっきのは勝手に怒鳴ってごめんなさい……
だから、あたしも会話に混ぜて……

天都がぼやいて、未来に場のまとめ役を託そうとすると、未来は待ってと止めた。
何か? と目を細めて天都が促すと彼女は言う。

未来

あたしは確かに占い師だけど、ぶっちゃけ結構沸点が低いのよ
さっきみたいに怒鳴ることが多いと思うのよね
だから夜伽兄
あんたあたしのサポートしてよ

まさかの手伝いをしてくれ、と言われたのである。
それに意論を唱えたのは、時雨だった。

時雨

異論ありだ、久遠寺
サポートに天都を指名するってことは、何か根拠があるってことだよな?

……疑っている。
昨晩言ったとおり、時雨は天都を疑っている。
だから、本物か偽物か分からない占い師も同義。

未来

当然よ
あたしが昨晩調べたんだもの
夜伽兄は『白』よ
人狼ではないわ

成程、と天都は内心頷く。
自分を調べて、人狼ではないと分かればそれでいい。
味方であれ何であれ、付けておいて損はない。
逆を言えば一番疑われていた、ということになるが。

天都

俺を調べたのか
まぁ、別にいいけどな

天都は何気無い風に発言して、流す。
慌てたように、未来の結果に春菜も続いた。

春菜

えええっと……
昨日、ルール違反で死んじゃったあの人なんだけど……
『占い師』は、どうやら詳細な役職を知ることができるみたい
それでね、昨日死んだ人は……

ふとここで、天都は気が付いた。
今、自分の立場は村人からも狼からも、『暫定白』という立場だ。
そして春菜も未来も、対抗が居ないために『暫定真』ということになる。
なぜ『人狼』や『狐』がこの二人に対抗しないのかは分からないが、もう一人の『彼女』だけは分かる。
単純にやる気に乏しいゆえ、黙っているだけだろう。
成り行きに任せて、眺めているだけの傍観者でいるつもりだ。
そして、だ。謎の役職は放置しておくとして。
ここで敢えて先んじて、詳細の分かる『霊能者』よりもあのバカの役職を告げれば、暫定から確定白になる。
同時に、二人のカミングアウトも確定になり、村人には有利になるのではないか。
何故なら『霊能者』以外の知り得ない情報を天都は先手で出して、それが一致していれば互いに証明になる。
互いを知ることができるのは、互いを認識できる『共有者』だけの強み。
死んで役に立たないなら、せめて彼女達の身の潔白ぐらいには役に立ってもらおう。
天都は決意して、わざとしどろもどろになる春奈に口を挟んだ。

天都

昨日死んだ馬鹿は俺の相方だ
春菜、どうせあいつは白だろ?

固有名詞を出さずに問いかける形で言う。
時雨、未来、月子の目線が一瞬で変わった。
他の参加者も、天都を見る目を変える。

春菜

えっ?
あっ、えっと……そ、そうだよ……
昨日死んだ人は『共有者』……
って何で天ちゃんが知ってるの?

一人だけ、混乱しながらわかってない春菜はオロオロしながら言う。
あえて言わなかった名詞を言うことで、彼女はしっかり見えていることを強調させる。

天都

言ったろ
あいつは俺の相方だって
ついでだ
俺もカミングアウトしておくぜ
俺の役職は『共有者』
昨日死んだアンポンタンのおかげで一人しかいねえけどな
俺が本物の白って言うなら、取り敢えずは二人は本物だろ?

天都がそう言うと、未来が同時に言う。
勝ち誇ったような笑みだった。

未来

これで分かったかしら?
私と三城さんは本物の占い師と霊能者よ

春菜

わ、わたしも無実なの?

天都

俺ともども、な

人外としては、非常に不味い流れになっていた。
人狼たちとしては、一応『例のアイツ』だけは何者かは分かっていた。
そう。
襲撃は失敗したのではなく、効いていないのである。
確かに殺しに行ったはずなのに、忽然と『例のアイツ』は消えており、何処にいたのかもよく分からない。
いけしゃあしゃあと朝には姿を見せていて、腸が煮えくり返る屈辱を味わう羽目になった。
どの道、対抗カミングアウトを同じ陣営の『狂人』と似たような条件の『例のアイツ』がしてくれると期待して、黙っていたのだが。
まさか双方沈黙し、そのまま言ってしまうとは……。
今更対抗しても既に遅いし、目立てば一日目で死ぬことになる。
ここはもう黙るしかない。
人狼は手痛い失敗をする羽目になったのだ。

神無

…………

神無としては、初日に白確定した天都達が今宵死なないか心配だった。
特に天都は、今唯一の二人以外の白。
残った『狩人』は半壊の『共有者』を優先しないだろうから、確率的にノーガード。
死ぬとすれば彼か『霊能者』の春菜だと思う。
違う陣営だけれど、正直な話、知り合いが死ぬのは良い気分ではない。
自分が出来ることは対抗をせずに流れを放置し、悪化させることで『人狼』を裏切ることだけ。
これ以上は成り行きに任せるだけ。
代わりに死ねるなら、それでもいい気がする。
天都が死ぬのに比べれば、ずっと……。
動かない『狂人』なんて居ても居なくても村人には同じだし、自分のような無能には遂行できない大役。
元から無理だったのだ。
無能に役目を押し付けても、やりきるなんてことは、最初から。

逆に。
『狐』は、自分が噛まれていることを自覚していた。
きっと、あいつらはああは言うが噛まれたのは自分であると。
純粋なミスなら連中はきっとド素人であろう。
『狩人』が仕事をしたのか? 
とも思ったがいきなりはさすがにしないと思う。
確率的にないこともないけど。
それよりも、確実だとすれば。
目障りな自分を人狼が危険として狙ってくることぐらい。
だが最後まで生きていればいいだけの『狐』だ。
あまり目立つことをすると未来に殺されるかもしれない。
まあ、正直楽しめればそれでいい。
死んだなら、死んだ。潔く散ろう。
自分の生命がチップなら安いもんだ。
このスリル、この快楽。これが欲しかった。
余興というほどでもないが、もうひとつある。
『彼』を見ているのも、愉しいし。

『蛇』はただ、虚ろに話し合いを眺めているだけだった。
ちろちろと舌を出しながら、『村人』や『人狼』が殺しあっているのを、遠目で。
自分には関係ない。殺しに来るならくればいい。
タダでは死なないし、簡単に殺される気もない。
死ぬときは、誰か一人は殺してやる。
ゼッタイニ……。

未来

じゃあこれからはあたし達三人がこの場を取り仕切るけど、いいわね?

本物の彼らに異論を唱えればそれだけで、黒扱いで追放される。
何も言うこともできずに、場を明け渡すことになった

早々から、『人狼』はピンチに立たされているのだった。

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