夜になった。
夜間は、狼以外は決して室外へと出てはいけない。
狼は、殺しを選ばないといけない。
そして自ら殺しに行かないといけない。
それが、夜間でのルール。
自衛すら許されない、殺されないように祈ることしかできない。

天都

やることねえなぁ……

夜間何かが出来る役職でもない天都は暇を持て余していた。
何ができる? と考えても出来ることはない。
まだ、その指定された時間までは多少猶予がある。
もう少し考えてみるか? と思っている時だった。

そうノックする音が聞こえた。
天都は咄嗟に警戒するが、よく考えてみたら狼がノックする訳がない。
時間外の殺害も禁止されているので、そんな馬鹿なことはしないかと想い、ドアを開けた。

時雨

よぅ、天都
暇してるか?

天都

時雨?
なんだよ、どうした?

時雨

俺だけじゃねえぜ

姿を見せたのは、ビニール袋を手に下げた時雨。
驚く天都に、その背後から次々と姿を見せたのは。

月子

兄さん、遊びにきました

春菜

こ、こんばんわ……天ちゃん

月子と春菜の姿もある。
彼らは一体何しにきたのか。
戸惑う天都を尻目に、ぞろぞろと室内に入ってくる。
そして、気が付けば出られない定時になっていた。
ルールに抵触しないか、心配する天都。

天都

時雨……お前、何考えている?

時雨

なに、逆転の発想さ
ルールでは部屋の外に出るな、だろう?
逆を言えば誰かの部屋にみんなでいちゃいけない、なんて理由にはならないんだ
誰かの部屋に入れば、それでいい
曖昧としたルールのようだったからな、試してみた

眼鏡を光らせ、時雨はそう告げる。
事実、何ともないように彼らの身に異変は起きていない。
何とも度胸のある行動に、呆れる天都。

天都

お前なぁ……

時雨

それぐらいの賭けに出る理由はあったし、価値もあった

時雨はそう言って、まぁたまには騒ごうぜ、と袋から色々取り出していく。
友達の家に遊びに来たような態度。
これから、デスゲームが始まるというのに悠長なものだ。
然し。
天都には彼のやりたいことを理解することができた。
月子が、ぎろりと二人を睨んでいるからだった。

天都

また、危険な賭けに出たな……
全部があやふやな状態で、こんなことするなんて……

天都は敢えてそのことには触れなかった。
その睨んでいる相手には……自分も、兄であるハズの天都も、含まれていたから。
月子に睨まれたのはいつぶりか。
最近ではめっきり無くなったが、こうして睨まれていると昔を思い出す。
改めて、自覚する。
俺は月子にとって、敵になってしまったんだ、と。

月子

……兄さん
いつのまに、女を連れ込んでいたんです?

その発言に、首を傾げる天都。
女なんて、二人以外誰もいない。
黒花もいないし、立夏は論外だ。
連れ込む? そんな命知らずなことはしない。

月子

ではその隅っこでこちらを眺めている女をどう説明するんですか?

天都

隅っこ?

月子が指差す方向。天都は怪訝そうに目を凝らす。
春菜と時雨がそこを見ると……。

神無

…………

――神無だった。
彼女は、明かりの入りにくい角に突っ立って、虚ろな瞳でこっちを眺めていた。

ぎゃああああああーーーー!!

三人の悲鳴が、見事に重なるのだった。

天都

戻ったんじゃなかったのか?

神無

……ごめん……
……忘れ物して……

結局、定時を過ぎ出ることが叶わなくなった神無は、そのまま居続けることにした。
どうやら、先ほどこの部屋に大切なものを忘れていったらしい。
春菜はどこかで見たことのあるような、と首を傾げる。
時雨は完全に忘れていた。

月子

一条神無……
思い出しましたよ
中学で同じクラスだったのに、卒業式すら顔を見せなかった幽霊じゃないですか
生きていたんですか?

記憶を辿って月子も何かで知っていたのか、そう神無に失礼なことを宣う。
神無は、無表情で涼しく流した。

月子

都合の悪いことはダンマリですか
全く、亡霊は墓の中で眠っていればいいものを

暗に居なければよかったのに、という月子の一言。
流石に天都がいい加減にしろと怒る。
春菜も嗜め、部が悪くなって舌打ちして月子は黙った。

神無

……亡霊には……亡霊の都合がある……
……静かに眠れていれば……苦労しないわ……

神無はそう、こぼす。
漏れたであろう、本音だったのか。
慌てて、口を押さえるが遅かった。
すると。

月子

……そうですか……
暴言の数々、失礼しました

月子は深々と頭を下げて、謝罪した。
普段は女に対してすぐに噛み付き、暴言を吐き出す傲慢な態度がデフォな月子にしては極めて稀な対応。

春菜

ちゃんと謝れたね、月ちゃん

月子

別に……
余計な疑いをしたくないだけです
使えるものは何でも使いますし

月子を子供扱いして褒める春菜。
月子はそう言ってそっぽをむいてしまった。
月子は、天都に背を向けながら言う。

月子

兄さん、わかってますよね?
ここにいる全員が、敵なんですよ
私を含めて、全員が

天都

あぁ……
疑いたくはないがな……

彼女が投げ入れた事実に、沈黙が降りる。
時雨はあちゃあーと脱力して、春菜は悲しそうに目を伏せる。
神無はボケっとしていた。

時雨

人がせっかく、和やかな空気にしようとしているのに……

月子

そうやって現実から目を逸らして、何になるんですか?
辿る末路なんて目にしているでしょうに

春菜

それは……

厳しい指摘に、たじろぐ二人。
月子は鼻で笑って、全てを否定する。

月子

光野の魂胆は見えていますよ
どうせ互いを監視し合って、狼かどうかだけでも見極めようとしているんでしょう?
そうすれば、少なくても互いの身の潔白は成り立つわけですしね?

月子

それが意味がないとは言いません
然しそんなことをしても、他の参加者の信用は勝ち取ることはできませんよ
私と兄さんは事実双子で家族、お二人は兄さんの友人ということで、庇っていると思われていらぬ疑いをかけられるだけ
その分、狼が付け入る隙が出来てしまうんです

月子の言うことは、時雨の魂胆を見事に見抜いていた。
時雨は両手を上げて降参を示す。
その通りだ、と認めた上で謝罪は入れないという。
春菜は単純に一緒にいたほうが心強いと思っただけと説明するが……。

天都

月子の言うことは正論だな
俺もそう思う
だから俺は自分を優先しようと思ってたんだけど……

天都はベッドに寄りかかり、天井を見上げてそう呟く。

天都

俺は素人っていうハンデがあるし、雑魚である自覚がある
自分だけしか気を回す余裕がない
ごめん時雨、春菜
俺は、二人を助ける余裕はない

月子

互いが狼ではないと分かっても……他人からすれば所詮はかばい合い、で流されてしまいます
信頼を勝ち取ることはほぼ無理でしょう
そんな確実な物証や証拠でもない限り
曖昧なモノで動けば、きっと殺される

二人はただ、死ぬのだけは嫌だとみっともなく本音を漏らす。
だから、と一度区切りを入れて月子は切り出した。

月子

ですから、私は兄さんもグレー……
どっちでもない、ということで保留にするつもりです

天都

互いに確定白と分かるまでな……
質問をしたって、返ってくるのは虚偽の返答
だったら、最初から問わなければいい
余計な情報なんて必要ないからな

月子

これはゲームです
ゲームには厳格なルールがあって、勝敗がある
自らの意思で参加している以上、逃げ道は、ないんです

シビアに現状を分析する二人。
普段ならお兄ちゃん最優先の月子が、己の感情を隠してでも、挑むというゲーム。
月子なりに、真剣に取り組むという覚悟の表れだった。

月子

決意を、鈍らせたくありません
今夜は仕方ないので諦めますが……
こうして一緒に集まることは、やめませんか?

最後に、一緒にいると情が移って冷静な判断が出来なくなると一言加えた。
天都も月子に賛同する。
互いに何なのか分かっても、最終的にそれがいかせるまで時間がかかる。
その前に他者に疑われて危険な目に合うのは嫌だ、と保身に走っている二人。

神無

…………

神無は二人の心境を吐露している最中、ずっと天都を見つめていた。
まるで、自らの方法を探っているかのように。
二人は、自分を優先して動くという方法を選んだ。
神無はどうするのか。まだ、決めてなかった。

時雨

……たしかにそのとおりだと思う
なら、俺も俺の方法で行かせてもらったほうがいいか?

時雨が問うた相手は……天都だった。
天都は頷く。

天都

時雨……それで行くべきだ
例え、俺でも信じるな
俺はゲーム中、全員を疑ってかかる
ここからは、誰も信じねえ……
俺も含めて、誰も

天都の言葉を、時雨は噛み締めるように沈黙する。
そして、次に口を開いたときには。

時雨

…………わかったぜ相棒
なら俺は、たとえお前でも疑うときは、疑うぞ

天都を一人の敵として見なす男がいた。
ニヤリと、天都は頷いた。
それでいい。
下手に互いに足を引っ張ると、一緒に倒れて追放か殺されるか、そのどっちかになる。
それを避けるためなら。
一時でもいい。
敵として、親友の信頼を切り捨てる。

天都

あぁ、それでいいんだ時雨
互いに生きて終わったその時は……
ゲーム終わったとき一発ぶん殴ってやる

時雨

ふんっ……
忘れんなよ、その言葉
俺の拳は痛ェじゃ済まねえぞ?

それでも根っこは必ず繋がっている。
不敵に笑う二人は、拳をぶつけ合って、約束した。

天都

ぜってー生きて帰ろうぜ、時雨

時雨

あぁ、互いにな!

敵だけど、仲間。敵だけど、親友。
そんな複雑な関係になった彼らは、生きるために共に歩くのではなく、別々の道を行くことを選んだ。

男同士で、そんな暑っ苦しい事を自分たちの世界で行なっている間に。

春菜

わ、わたしは……

春菜

何があろうと、天ちゃんと月ちゃんと一緒だよ
それだけは、譲れない

……問題はこっちだった。
天都と月子に付いていくと、実際行動を起こしている幼馴染。
彼女は、どう説得するべきか。

春菜

どんなことが、あろうとね
わたしは一緒って決めてるから

月子

じゃあ、私が春菜さんの敵になります
邪魔するなら、最悪殺しますよ?

月子は自ら離れることを選んだようだ。
春菜は首を振って否定する。
挑発するように、言った。

春菜

月ちゃんがわたしのこと、疑うのはいつものことでしょ?
そんなの、もう慣れっこだよ

月子

それを言いますか
兄さんの居るまで
今此処で、それを出しますか
意図的に、私の逆鱗に触れましたね?

――月子の声色が、一気に冷えた。
天都がやばいと本能的に感じて、後ろにいた神無に逃げろと目配せしたほどだ。
了解と頷いた、神無は音も無くベッドの端っこに体育座りでくっついて空気と化す。
ピリピリする女同士の睨み合い。
何時にも増して、不機嫌な二人の喧嘩が始まった。

春菜

事実でしょう?
何時だってわたしが天ちゃんに一緒にいるの、嫌がるくせに

月子

ええ、そうですよ嫌ですよ
死ぬほど生理的に嫌ですよそれがなんですか
近づくな、と長年言い続けているのに擦り寄る春菜さんに言われたくないです

なんかヒートアップしてきている。
なぜ天都達のようにすんなりと終わらないのか。
時雨が、どんまいと苦笑して肩を叩く。
これが日常の天都にとっても、頭が痛い。

春菜

天ちゃんは月ちゃんだけのモノじゃないよ
何度も言わせないで欲しいな

月子

春菜さんのモノでもありませんよ
それに兄さんは私の兄さんです
勝手に所有権を言い張るのはやめてもらえますか
そこは既に完売しているので

春菜

それは悪いことだよって言って、止まるような月ちゃんじゃないよね
だったら、いっそ白黒つけてもいいよ?
渡さないけどね

月子

渡さない?
それはこちらのセリフですけど?
何度でも繰り返します
完売済みなので手を出すのは筋違いです

春菜

そもそもが、完売してないから
天ちゃんまだフリーだから
誰のせいでこんな風になってるか、わかってるの?

月子

私は害虫を追い払ってるだけじゃないですか

春菜

なら、自分が追い払われても文句はないよね?
自業自得だもの

月子

追い払う?
兄さんと血を分けた妹を追い払うと?
どんな権限をもってそんな蛮行を行うのか見ものですね?

春菜

蛮行って言うなら、月ちゃんそのものが蛮行だから
あんまり常識のないことを言うと、痛い目に合わせるよ?
好きでしょ、チカラで屈服させるの

月子

上等ですねぇ……
今夜の薬は飲んでいます
少しぐらい暴れても、負担にはなりません
やりたくありませんが、これも兄さんの為

春菜

自分の為、でしょ?
一々引き合いに天ちゃん使うのはやめようか
見苦しいから

月子

訂正します、私の為に春菜さんとは決着付けます
ルールに反さないように、こちらもゲームで決めましょうか?

……修羅場だ。
妹と幼馴染が何かモメテル。
天都に出る幕はなく、異常なのは妹の方だ。
もう言っても叩いても殴っても無駄なので諦める。
だから女は嫌なんだ……と天都は頭を抱えて苦しんでいる。

神無

どんまい……

そんな彼に、神無が端っこで励ましてくれた。
ちょっとだけ救われた気がした。
そんな夜だった。

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