仲間を助けに行くんだろ? 手伝ってやンよ

 と、女子中学生は不敵な笑みで言った。

 俺たちは、ツバを大きくのみこんだ。

あんたらが、どんなヤツなのかは分からねえ。何をしたいのかも興味ねえ。ただ、あんたは『仲間を見捨てない』と言った。その言葉に、あたしは『あんたの正義』を見た。あんたは、あたしの心をふるわせた

………………

だから手伝ってやる。あんたが正義に属しているから、手伝ってやる。あたしの行動原理はシンプルだ

そんなっ

今どき流行らないか? 古くさい考えか?

………………

おかしいと思ったら笑いなよ。でも、これがあたし。あたしだ

いやっ

 おかしいどころの話ではない。

 彼女は『正義に心をふるわせた』と言うけれど、よく考えれば、俺たちはさっきまで留置所にいたのである。しかも、警察官を殴り倒したばかりである。

 それにそもそもの話をすれば、俺は留置所から抜け出して署長室に忍びこもうとしている。そんな俺を捕まえて、『正義を見た』もないだろう。

 しかし――。

 このときの俺たちは、鳴り響くベルと警察官を倒した高揚感によって、すでに冷静な判断力を失っていた。

よろしくな

ああ

 かたく握手を交わしたのである。

俺は、鰭ヶ崎。署長室から汚職の証拠を盗み出すために潜入した

私は、あん子

あたしは、まこと。まあ、ここは家みたいなもんだ

俺は署長室に行く。その前に、仲間を救う

私も行くわよ

だったら、あたしにまかせな

 まことは、ニコッと笑ってそう言った。

 それからつけ加えた。

全員、ぶっ飛ばしてやンよ

 見事な決意と言えた。

 無謀とも言えた。

 しかし彼女には、言い切るだけの実力があった。

せいやあ!

ぐあッ!

めちゃくちゃ強いな

 何のひねりもないそのまんまな感想だったが、別にひねる必要もないのだろう。

 それくらい、まことは強かった。――

 一階におりた。

 階段やトイレの周辺には、白煙がたちこめていた。

 警察官や職員が、しゅくしゅくと避難していた。

 そのなかに敦子はいた。

 警官に囲まれていた。

あれだ

まかせなっ

しかし5人はいるぞ

全部、あたしがぶっ飛ばす

まさかっ

仲間を助けたら、署長室に行きなよ

いやっ

片付いたら、あたしも行くからさ

 まことは、敦子のところに向かった。

 両手をだらりとさげて、ズカズカと歩いている。

 まるでチンピラのようだった。

おい

 まことは警官に声をかけた。

なんだ貴様

 警官が振り向いた。

せい!

 まことは、いきなり鼻を殴った。

うぅぅ

 警官失神。

 まことは、倒れる警官の横をするりとすり抜けた。

 すぐそばの警官に、今度は派手な回し蹴りを放った。

せいやあ!

ぐあぁ!?

 警官は大きく仰け反った。

 と。

 ここでようやく、他の警官が異常事態に気がついた。

 バッと飛び退いた。

 腰を落として身構えた。

ふふんっ

 まことは、ぐるりと警官を見まわした。

 両足を肩幅に開いた。

 背筋を伸ばした。

 すっと左手を差しだした。

 それから、不敵な笑みでこう言った。

かかってこいやあ!

なっ!?

んんっ!?

なにを!?

 警官は動揺した。

 俺とあん子も動揺した。

行くぞコラァ

 まことは、警官のなかに飛びこんでいった。

 警官は、すぐに倒された。

 しかし、騒ぎが大きかった。

 警官がどんどん集まってきた。

 署内は、たちまち大乱闘となった。

………………

 俺とあん子は、うーんと唸ったまま、しばらくその場に立ちつくした。


 たしかに、まことは手助けをしてくれると言った。

 俺たちはそれを喜んだ。

 だけど、まさかこんな派手なことをするとは思いもしなかった。

あっ

うん

 俺と敦子の目と目が逢った。

 敦子は、うなずいた。

 そっと、こっちにやってきた。

本気でかかってこい!

ぐあぁぁあああ!!!!

 警官は、暴れまわるまことの相手で精一杯だった。

 というより、次々と倒されていた。

 敦子は苦もなく、俺たちのところに到着した。

あれは?

留置所で一緒になった

仲間なの?

今のところは

悪い子じゃないのよ

 俺とあん子は苦笑いでそう言った。

 敦子は、まことの暴れっぷりを見て、だいたいのところを理解した。

強いのね

めちゃくちゃだよ

警官がゴミのようだわ

 俺たちは、あきれたのか感心したのかよく分からないため息をついた。

かかってきな

貴様ァ!

せいやあ!

 まるで大砲のような、まことの正拳突き。

まことさん!

"さん"をつけンじゃねえ。市民は平等に扱えってンだろコラァ

では、覚悟!

 警官が渾身の力を込めて、警棒を振りおろす。

 まことがそれをするりと抜ける。

 後ろにまわりこむ。

 警官の背中に、力いっぱい背中をぶつける。

 そして、

十年早いんだよ!

 などと十代前半の女子中学生が言うのである。

まこと "さん" ?

知り合いか親戚かしら

親戚にしては、まったく似てないわね

 俺たちは、いっせいに首をかしげた。

まあ、それはともかく問題なさそうだ

負けそうにないわね

今のうちに署長室に行こう

えっ、ええ

そういう約束なのよ

 あん子はそう言って、敦子の背中を押した。

 俺たちは、もと来た道を戻った。

 そこから署長室を目指した。

 階段を上るときに、振り返ってみた。

あっ

 まことが、大男と2メートルの距離で相対していた。

………………

 大男は、吐き捨てるようになにか言った。

………………

 まことは、一歩前に出た。

 それから、


 くいっくいっ。

 手招きをした。

 逆の手は後ろに、両足を閉じている。

 すうっと背筋を伸ばしている。

………………

 大男は、すっと頭をさげた。

 袋から木刀を出した。

 それを左手で持ち、横腹につけた。


 大男は右手をぐるりと左にまわした。

 木刀のつかをつかんだ。

 そのまま腰を深く落として、顔を上げた。

抜刀術か?

 俺たちは、目が離せなくなった。

………………

 大男はその姿勢から、すうっと右足を前に滑らせた。

 と同時に、右手を前に出す。

 木刀を抜こうとする。

 この時、木刀を握る左手を、刃を外に向けるようにひねる。


 ぐぐぐっ!

 剣先が外に下に延びようとする。

 それを左手がおさえつける。

 大男は、構わず木刀をひねり出す。

 そしてその緊張が最高潮に高まったとき、


 びゅっ!

 木刀は左手から飛び出して、美しい弧を描いた。

 が。

 しかし、まことはそれを足の裏で受けた。

 そして、そのまま大男を、

せいやあ!

 蹴り飛ばした。

ぐあぁぁあああ!!!!

 大男は吹っ飛んだ。

 あわてて跳ね起きた。

 木刀をまことに向けた。

 その剣先は明らかにふるえていた。

 それを見た俺たちは、まことの勝利を確信した。

行こう

 俺たちは階段を上った。

 それから留置所のわきを通り、4階の署長室に向かったのである。――

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