翌日。

 俺たちは、さっそく計画を実行に移した。

 俺とあん子は、学校をサボった。

 酒とタバコを手に持ち、街をうろついた。

これで留置所に入れられるはずだ

学生証は偽造しておいたわよ

ありがとう

鰭ヶ崎クンのそれって中学の制服?

うん。あまり変わらないけどね

あはは。しかし、留置所とは思い切ったわね

警察署に侵入するのは、まず無理だ。それでも、中に入りさえすれば後はなんとかなる

署長室に行くんだっけ?

そこで、鷹司との癒着(ゆちゃく)をあばく。賄賂(わいろ)を受け取った証拠があるはずだ

本当にあるかしら?

なかったら別の手段を探すよ

 俺は缶ビールをもてあそびながら、そう言った。

 そのとき、巡回中の警察官と目があった。

こらっ

 俺たちは、留置所に入れられた。

 学校や親に連絡する間、そこで待つことになったのである。――

 留置所は、白い壁と鉄格子でできていた。

 正確には『保護室』というようだが、そんなことは俺たちにはどうでもいいことだった。俺たちに重要なことは、荷物をすべて取り上げられたことと、それが入口のトレーに入れてあること。そして、先客がひとり居たことだけである。

よお

ああ、どうも

こんにちは

あんたら、悪いことをやるようには見えねえな

いえ

ごめんなさい、すぐに出るからそれまで居させてくれる?

ああん、悪い悪い。もう話しかけないよ

 女はそう言って、顔を背けた。

 ヒザを抱いて、ぼんやりと壁を見た。

………………

 おそらく中学生だと思うが、妙に気づかいのできる子だった。

 世故に長けているというか、世間ズレしているというか。

 とにかく俺たちは、彼女の好意に甘えることにした。

 準備に取りかかったのである。

鰭ヶ崎クン。さっそくだけど

ああ、そうだ

骨伝導イヤホンよ

 あん子はそう言って、自らの下着に手を突っ込んだ。

えぇ!?

 俺が戸惑っていると、あん子は下着からイヤホンを取り出した。

 それを自身の耳に入れた。

 それから、もうひとつのイヤホンを俺に押しつけた。

はやく付けて

いや、ちょっと

なによ、嫌がらないでよ

そんなこと言ったって

 下着のなかに入っていたイヤホンを耳に入れるとか、ちょっと難易度が高すぎる。

そんなこと言ったって、ココしか隠すとこないでしょ?

まあ、その通りなんだけど

早くしなさいよ

あっ、ああ

ちょっと! においをかがないでよっ

かいでないよ

私だって恥ずかしいのよ。こんなことするの初めてなんだからねっ

俺だって初めてだよっ

 などと、わけの分からないやりとりをしていたら。

ふふっ

 女子中学生が壁を見たまま笑った。

うふふ

 それと同時に、イヤホンから敦子の笑い声がした。

………………

……すんません

 俺とあん子は、肩をすぼめた。

 大きく息を吸った。

 それで気持ちを切り替えた。


 俺はイヤホンを通じて敦子と話した。

 もちろん、女子中学生には聞こえないようにしている。

今、留置所に入ったところだ。場所は2階の奥。署長室につながる階段は、すぐ先にある

了解。じゃあ、これから行くけど大丈夫?

うん。警察から電話あった?

ええ。学校用の番号にかかってきたわよ。ご両親用の番号には、まだね

了解

 ちなみに、偽造した生徒手帳の番号は、敦子のスマホにつながるようになっている。

 両親の番号は、俺とあん子のスマホの番号だ。

 俺たちは、敦子にスマホをあずけている。

じゃあ、10分後くらいかな。着いたら知らせるわ

よろしく

 その後、俺とあん子は留置所ですごした。

 女子中学生は、おとなしかった。

 俺たちが気にならないよう、さりげなく気づかっていた。――

 十分が過ぎたころだった。

 敦子は警察署に到着した。

 しばらくすると、署内にけたたましいベルが鳴り響いた。

 敦子がトイレなど数カ所で煙をたいて、火災報知器を鳴らしたのである。

よし、これで出られる

避難のどさくさに紛れて署長室に――って、作戦だったわね

計画通りだ

……うん、目的達成までに障害はないけれど

ん? どうした敦子?

ちょっと、ドジったみたい

えっ?

捕まっちゃうと思う

まさか!?

そんなっ

えへへ。これで私も『前科持ち』かあ

 敦子は、すこしおどけてそう言った。

 そして沈黙した。

……助けに行くぞ

ちょっと!?

そろそろ鉄格子を開けに来るはずだ。そいつを気絶させる。が、署長室に行く前に、敦子を助けに行く

待ちなさいよ

見捨てることなどできないよ

もちろんよ。でも、署長室を優先すべきだわ

冷たいこと言うなよ

私だって助けに行きたいわ。でも、救出なんかできるわけない。警察官を何人も倒して助けるとか、無理に決まってる

でも

せいぜい不意打ちで1人。それは散々話しあったでしょう?

 あん子はそう言って、ため息をついた。

 俺は腕を組み、顔を背けた。

 その拍子に、女子中学生と目が逢った。

………………

 女子中学生は、俺たちをじっと見ていた。

 どうやら話を聞いていたようだ。

 しかし、彼女は目が逢うと顔を背けた。

じゃあ、俺ひとりで助けに行くよ。あん子は署長室に向かってくれ

はあ!?

すぐに追いかける

ちょっと、いい加減にしなさいよ!

 あん子はそう言って、俺につめよった。

 俺は彼女を押しのけ、きっぱりと言った。

絶対に、仲間は見捨てない。これは俺が俺に課したルールだ

 俺たちピカレスクは、目的のためには手段を選ばない。

 場合によっては犯罪をおかすこともある。

 だからこそ、尊厳を保つためにルールが必要なのである。

分かったわよ。もう勝手にしなさいよ

 あん子は、あきれて言った。

 と、ちょうどそのときだった。

署内でボヤ騒ぎだ。駐車場に避難するぞ

 警察官がやってきた。

 鉄格子を開けて、俺たちを出した。


 俺は、トレーの私物を受け取った。

 そのなかにある、電子手帳に模したスタンガンを手に取った。

 警察官を気絶させようとしたのである。

 が。

 警察官は、俺の目の前で勝手に倒れた。

 白目をむいてヒザをつき、どさりと床に崩れおちたのだ。

えっ?

 警察官の立っていたところには、女子中学生がいた。

 美しい、空手のような構えだった。

あっ?

 俺たちは、口をぽっかり開けたままでいた。

 女子中学生は、そんな俺たちにバチっとウインクをキメた。

 それから不敵な笑みでこう言った。

仲間を助けに行くんだろ? 手伝ってやンよ

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