17│彼女はいるの?

次の日、学校に着くとすぐに、私は舞に泣きついた。

川越 晴華

まいまいー! 
先輩、彼女いると思う!?

幸谷 舞

……あのさ、先輩のこと、やっぱり好きなんだよね? 

認めなよ、いい加減

おでこを指で弾かれる。

川越 晴華

痛い!

にゃーん! にゃー!

クロニャ

やっぱり好きなんだー! 
やったー! だそうですよ

川越 晴華

ぬうう……

舞の猫の言葉を聞かなくてもわかる。

舞がにやにやと笑っているからだ……楽しまれている。

幸谷 舞

好きなんだ?

川越 晴華

……知りません

じゃあ私も知らなーい、先輩なら彼女の一人や二人いるんじゃない?

川越 晴華

わー! やっぱりそうかなあ

まあ……実際、わかんないよねえ。

そういう噂もあんまり聞かないし

川越 晴華

先輩の噂って、ミステリアスなのばっかりだから……

私の言葉に、舞がきょとんとしている。

川越 晴華

ん? 何、まいまい

いや……噂の中心にいる人って、自分が噂されてるってことに気がつかないもんなのかなあって

川越 晴華

……どういうこと?

先輩と晴華、わりと噂になってるけど?

脳裏に浮かぶのは、先輩からのにゃいんのメッセージだ。

川越 晴華

だー! 
そうだ、そんなこと先輩も言ってたー!

先輩本人から聞いたの?

ふむ、と舞は名探偵のように眼鏡をくいっとあげてみせる。

どういうことか、詳しくお聞かせ願えるかな、晴華さん

川越 晴華

かしこまりました……!

私は悪ノリして、証言者のように手をきちんと膝の上に乗せ、背筋を伸ばす。

川越 晴華

にゃいんで言われたんです。

噂になってるみたいだね、ごめんね、会うのひかえよっか、みたいな

先輩のにゃいんID知ってるんだ、さすがですな……でも、結局会ってるんだよね?

川越 晴華

はい、まいまいが怒っていたときだったので、先輩それどころじゃないんです、相談のってください、って流れで会って、結局うやむやです。

なんなら今日も屋上で会います。

まいまいも来ますか

私は本日部活です。

そして、あのときのことは重ね重ね申し訳ない……でも、私が奇跡的に繋ぎ止める役になっていたんだね

結果オーライ、と苦笑して、舞は腕を組む。

名探偵ごっこは終わりのようなので、私も姿勢を崩して、あー、とため息。

川越 晴華

彼女いたら、こんなに優しくしてくれます? 私に?

お、優しくされてる自覚があるのか、なかなかやるな、晴華

川越 晴華

誰にでも優しい気もするー!

彼女が遠くにいたら、ある程度好き勝手できるしねー

ひえー、まいまいが恐ろしいことを!

川越 晴華

先輩はそんなことしないって信じたい!

訊いちゃえ訊いちゃえ

川越 晴華

無理、訊けない! 
いっそまいまいが訊いて!

え、いいけど、私が意識してるみたいにとられちゃうかもよ、いいの?

川越 晴華

それはだめ、だめだ、私が訊かないとだめだ、でも、あー!

けらけらと笑う舞を横目に、私は頭を抱える。

川越 晴華

どうすればいいの、どうすれば正解なのー!

まあ、機会があれば訊こう、くらいでいいんじゃない

それにしても、と舞がにやり、と笑った。

恋を自覚すると、こんなにかわいくなるんですなあ

川越 晴華

うー……

恋の自覚。心の中で何度も言ってみる。
先輩のこと、好きなのかな。




たぶん、好きなのだろう。

たぶん、がついてしまうのは、まだ色んなことに自信がないからで。




そんなもやもやした気持ちのまま、それでも屋上に向かってしまう私が、なんだかもう、自分でもおかしい。


放課後、屋上のドアを開けると、フェンスに捕まっていた先輩が見えた。


振りかえって、私を見つけて微笑む。


昨日の今日なのに、何もなかったみたいなのが、ずるい。

雨音 光

川越さん

クロニャ

にっ

歩み寄ってくる先輩を見て、私の肩に乗っていたクロニャが私の後ろに隠れた。


なぜ?

雨音 光

手はどう? もう痛くない?

川越 晴華

はい、もうすっかり、痛くもかゆくもないですよ!

雨音 光

はは、それはよかった

レイン

クロニャ、何で隠れてるの

先輩の肩に乗っていたレインが、不満そうに身を乗り出す。

クロニャ

にゃ?! 

か、隠れてなんかいないけど、にゃー

言いながら、いそいそと私の背中をつたい、降りていくクロニャ。


なるほど、レインを意識しすぎての行動だったようだ。

明らかにレインを避けている。

レイン

言いながらその態度……なんなんだよ、もう!

先輩の肩から勢いよく飛び降りるレイン。

私の足元に着地したクロニャに向かっていく。

クロニャ

にゃあー! 

来るんじゃにゃいにゃあー!!!

レイン

な、ん、で、だ、よ! 

待て、逃げるにゃ、にゃー!

全力で逃げるクロニャと、全力で追いかけるレイン。

遠目に見たら、ただじゃれているようにしか見えない。


とんとん、と先輩が私の肩を小さく叩く。


どうしたのかな、と先輩を見ると、先輩は微笑みながら、駆け回る二人を眺めていた。

そして、視線はそのまま、少し私に近づいて、顔を近づけてくる。

川越 晴華

……せ、んぱい?

近い! 近い近い!

先輩は口元を手で隠すと、硬直する私にそっと耳打ちをしてきた。

雨音 光

あの二人さ、なんかあったのかな、この前。


レインとクロニャ、二人きりで何話してたのって、俺訊いたんだよ。

そしたらレイン、なんでもない話だよって。

でも、さっきのクロニャの反応でしょ。

怪しいよね

楽しそうにささやく先輩は、私の目が泳いでいることに気がついていないようだ。

近すぎて、先輩の言葉を理解するのに数秒かかる。


えっと、怪しい、あの二人が、怪しい。

川越 晴華

怪しいっていうのは、えっと……恋愛的なことだよね?

それを先輩は楽しそうに言っている……ってことは、レインに彼女はいない?


となると、先輩にも彼女はいない?


でも、レインに彼女がいなくても、先輩には彼女がいるかもしれない。


気になるけれど、今それを先輩に訊くと、あまりに露骨だ、分かりやすすぎる。

川越 晴華

怪しい……ですかねー

結局こんな返事しかできなかったけれど、先輩はどうだろうね、と満足そうに微笑んで、私からすっと離れる。

川越 晴華

あっ

逃げ回っていたクロニャが、とうとうレインに捕まった。

レインがクロニャに飛びかかって、二人でごろごろと回転している。

クロニャ

にゃあああああああ

クロニャの絶叫が響く。

二人でもつれながら、ごろんごろん転がっている。


猫のスキンシップはド派手だなあ。


一度捕まえてしまえば、体格差から圧倒的にレインの方が有利のようだ。

観念したクロニャは、回転が止まった後、レインの前にちょこんと座って、レインの言葉にこくこくとうなずくだけだ。

何を言われているのだろう?

雨音 光

行ってみようか

先輩も同じことを思っていたようだ。

私達は二人のところまで駆けていった。

レイン

光、クロニャに意識を飛ばす方法、教えてあげてもいい?

川越 晴華

意識を飛ばす?

レイン

晴華さんの部屋に僕が現れた、あれですよ。

二人ともすごく怖がっていた

ああ、あのホラー現象。

雨音 光

もちろんいいけど、やりすぎないようにね。

クロニャとは仲直りしたの?

レイン

仲直りっていうか、クロニャが変だっただけだし。

気分転換になると思うから、してみないって誘った。

クロニャも乗り気だよ

クロニャ

やってみたいにゃあ

クロニャの目がきらきらと輝いている。

レインに追いかけ回されたことで、レインを意識しすぎのクロニャはどこかに消えたようだ。

レイン

場所は、僕の家がいいな。

そこなら、クロニャも場所、わかるでしょ

クロニャ

わかるにゃあ

レイン

じゃあ、目をつむって、ここに意識を集中させて

レインがクロニャのおでこをむにゅ、と押す。

レイン

ここから、自分のからだが飛んでいくイメージを描くんだ。

暗い中に映像が見えてきたら、いい感じ

クロニャ

にゃ、レインの家が、見えてきたにゃ……

レイン

お、すごいじゃん。

そのまま中に入ってみなよ

クロニャ

わかったにゃ……入ったにゃ

レイン

上出来、上出来

レインがクロニャのおでこをぐりぐりとなでている。

クロニャ

にゃ、痛いにゃレイン、やめる……

クロニャ

にゃああああああ!!!?

突如叫びだしたクロニャは、目をばちっと開いて、ぷるぷると震えはじめた。

レイン

な、何だよ

クロニャ

家の中に! 

女の人と! 

猫、が!

クロニャの目に涙がたまる。

クロニャ

にゃ、にゃ、彼女にゃああああ! 

レインの彼女が家の中にいるにゃ! 

にゃんにゃの、にゃああああ!

ぽかんとする先輩とレインをよそに、目にも止まらぬ早さで駆け抜けるクロニャ。

川越 晴華

ちょっと……クロニャ!!

目にも止まらぬ速さで駆けていくクロニャを、私は慌てて追いかけた。

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