16│もしもの話

雨音 光

レインに訊いてみるよ、今どこにいるのって

川越 晴華

……訊いてみる?

雨音 光

うん、テレパシーで

先輩が、頭をとんとん、と叩いてみせた。

川越 晴華

テレパシー! 

そんなことできるんですか?

雨音 光

うん、実はね。

方法は……ひ、み、つ、だけどね

いたずらっ子のように笑う先輩に、私はもう、と顔をしかめる。

川越 晴華

何でですか!

雨音 光

使いすぎると、人間側が疲れちゃうから……母みたいに

先輩が静かに私から視線をそらす。

雨音 光

守り猫の能力はいろいろあるんだ。

守り猫って、見えてなくても、人間のこと助けてくれてるんだよ

川越 晴華

そうなんですか?

雨音 光

うん。

でも、能力はあくまでついてる人間を守ることに使われてる。

怪我をしたときにあと数センチずれてたら、とかたまにない? 

それって、猫ががんばったおかげなんだ。

人間側は気がつかないほどささいなことだけどね。

もちろん何でもかんでもうまくいくわけじゃないし

川越 晴華

そうだったんですね……さすが、守り猫

雨音 光

そう、だから、ただの猫じゃなくて、守り猫って呼ばれてるんだ。


でも、猫を見ることができるようになった人間の猫は、レインみたいにある程度自由になる。

今回みたいに、俺を守るためじゃなくても、能力を使うこともできる。

ただ、その力を使った反動は、俺に返ってくるようになってる

川越 晴華

え、じゃあ先輩、今気分悪かったりするんですか?

雨音 光

立ち上がったら貧血起こして倒れるかも

川越 晴華

えー!

雨音 光

嘘だよ。今回のは大したことない

小さく笑う先輩。うう、ずるい。

雨音 光

でも、使うだけで倒れちゃうくらい、大きな反動がくる能力もある。

だから、クロニャにも能力があるけれど、使いすぎないようにね。
川越さんが倒れちゃうから。


クロニャにはレインが説明するだろうけど……俺の両親の話も交えて、川越さんからも伝えておいてもらえるかな

少しだけ、寂しそうな笑顔。

先輩をこれ以上、寂しい気持ちにさせるわけにはいかない。

川越 晴華

クロニャにしっかり伝えます! 

私は倒れません、約束します!

雨音 光

はは、うん、よろしくね。

なんか、倒れませんって約束、おもしろいね

今度は、楽しそうな笑顔。


やっぱり、同じ笑顔でも、こっちの方が何倍もいい。

雨音 光

あ……噂をすれば、レインから。

もう家の前にいるって

川越 晴華

テレパシーですか?

雨音 光

そうそう。さ、行こうか

先輩が立ち上がる。

続いて私も立ち上がった、そのとき。

雨音 光

わっ

先輩がふらつく。

川越 晴華

先輩っ!

とっさに手を伸ばして、先輩を受け止める。

私の両腕を、先輩がつかむ。

川越 晴華

大丈夫ですか?!

雨音 光

ごめん、ふらついた

川越 晴華

反動ですか?

雨音 光

うん……

先輩はぎゅっと目をつむり、首を横に何度かふる。

雨音 光

急にふらついて焦った……

川越 晴華

座りますか?

雨音 光

いや……もう大丈夫

目を開けて、ぱちぱち、と何度かまばたきをする先輩。


覗きこむ私。




その距離、が、近すぎて。

川越 晴華

だ、いじょうぶなら、よかった、です!

不自然! 変な声が出てしまった!


先輩が、ぱっと私の腕を握っていた手を離す。

雨音 光

うん、ごめん、ありがとう

心なしか早口の先輩は、くるりと私に背を向けて歩き出す。

私もあわてて、先輩のあとをついていった。

家に帰り、先輩から聞いたことをクロニャに話した。


ベッドのはしにちょこんと座りながら、クロニャは寂しそうな表情を浮かべている。

クロニャ

そんなことがあったんですにゃあ

川越 晴華

ね、私も知らなくって、いろいろとショックだった

クロニャ

ご両親のこと、大変だった……というより、今でも大変にゃのでしょうにゃあ

川越 晴華

そうだろうね……私にも何かできればって考えたけど、何もできそうになくて……寂しいや

クロニャ

にゃー……そうですにゃあ。でも

クロニャが静かに微笑む。

クロニャ

晴華にゃんと一緒にいるときの先輩は、とっても楽しそうですにゃ

川越 晴華

……ほんと?

クロニャ

にゃあ、きっと舞にゃんや牧野先生に訊いても、おんなじ答えが返ってくるはずですにゃ。


何もできないなんてことは、にゃいと思いますけどにゃあ

川越 晴華

そっか……そうだったらいいな

少しでも先輩の助けになれているのなら、そんなに嬉しいことはないと思った。


それにしても、とクロニャが体を伸ばす。

クロニャ

猫の能力についても、にゃーんだか難しいですにゃあ。


人を助けようとして使えば使うほど、晴華にゃんに反動がいってしまう……うまくいきませんにゃあ

川越 晴華

そうだねえ。でも、クロニャ

私が言いたいことを察したように、クロニャがこくりとうなずく。

クロニャ

でも、能力を使わずに今までも人助けできた、ですにゃ

川越 晴華

そう。今回は無理しすぎちゃったけど、でも、能力を使わなくても人助けはできるはず。


私は、猫見だけで十分。
まだまだ、人助けしたいって、思うよ

クロニャ

私もですにゃ

川越 晴華

よかった、一緒の気持ちで

クロニャをなでなで。

ごろごろ、とクロニャが嬉しそうにのどを鳴らした。

川越 晴華

ねえ、クロニャ。

私さ、考えていたことがあるの

クロニャ

……にゃんですかにゃ?

川越 晴華

くだらないことだから、笑ってね

ベッドに横になって、天井を見上げる。

無機質で、寂しい天井。

川越 晴華

もしさあ……もし、もっと早くに猫見の能力を分けてもらっていたらさあ

クロニャ

……にゃあ

川越 晴華

お母さんとお父さんの猫が、見えてたら

クロニャが、耳元によってきて、くるんとまるくなる。


小さな目が、私を静かに見つめている。

川越 晴華

そしたら、何か変わったかなあ

クロニャ

……にゃあ

イエスともノーともとれない返事が、部屋に響く。

なんてね、と笑った私の声は、かすれていた。

川越 晴華

バカだよねえ……もし、なんて、ありえないのに。

でも、考えちゃうんだ……たまにね

クロニャは答えなかった。


無機質な天井にぶつかった言葉は、どこかに消えていく。




意味のないことだけれど、それでも考えてしまう。

川越 晴華

だって、いまだにわかんないんだもん、なーんにも……

何も、わからない。
わからないまま、私は一人。




一人でぐるぐると、考え続けるのだ。
今までも、これからも。




ぐるぐるぐるぐる、出口のない迷路なのに、それでもぐるぐる……って。

川越 晴華

ぬあー!

クロニャ

にゃー?!

川越 晴華

やめましょう! 

暗い話はおしまい、ごめんね! 

明るい話をしよう! 

クロニャ、レインと何を話してたの?

クロニャ

にゃ?! 

と、突然にゃんですかにゃ

川越 晴華

気になってたの、何話してたの? 

二人きりで!

クロニャ

にゃにゃにゃ、にゃんで二人きり、を強調するんですか! 

別に、にゃんか、どうでもいい話ですにゃ!

川越 晴華

へー、そうなの、へー

クロニャ

にゃんですかにゃあ!

川越 晴華

えーだって、なんか二人、最近仲良しだからさ。

レインも何だかんだ優しいし

クロニャが小さい体をさらに小さくして、ふにゃ、と顔をしかめる。




かわいいー!

クロニャ

にゃ、確かに優しいですにゃ……でも、多分、あいつはもともとそういうやつなんですにゃ。

誰にでも優しいんですにゃ! 
絶対そうですにゃ!

クロニャの口調が強くなる。思わず口をはさめなくなるほどの、すごい迫力だ。


そして、クロニャは叫んだ。

クロニャ

だから、きっと彼女の一人や二人いますにゃ! 


だから期待なんてしませんにゃ!

川越 晴華

か、のじょ

確かに。




確かに。

川越 晴華

確かにそうだねえ!

レインにも、先輩にも、彼女がいるかもしれない!


そうだ、その通りだ、どうしてそのことを今まで考えなかったんだろう?

川越 晴華

彼女、いそうだなあ……

クロニャ

彼女、いそうだにゃあ……

同時にぽつりとつぶやいて、同時に頭を抱える、私達。






もしも、と想像する。

私の知らない先輩。
私の知らない誰かを、大切にする先輩。




それだけで、胸が苦しくて、ぎゅっと締め付けられるようだった。

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