理事長が解任されて数日が経った。

 結論から先に言うと、学園は今までとあまり変わらなかった。

 しかし、そのことは俺の計画通りであった。――

 放課後。俺たちは、流山さんの家に集まった。

 俺が到着したときには、五十殿(おむか)さんは、すでにいた。

新しい理事長は、鷹司の関連企業の役員みたいね

うん、美由梨が言ってたよ

ねえ、あの女は元気にしてる?

元気だよ。相変わらず偉そうに女子を引き連れている

父親があんなことになったのに?

それがさ……

 俺は苦笑いをした。

 ふたりに事情を説明した。

五十殿(おむか)さんに作ってもらった淫行写真なんだけど。あの写真って1000枚以上あって、そこに映る淫行相手が1000人以上いたんだよ

ええ、それくらい作ったわ

で、写真のタイムスタンプが鷹司が理事長に就任してからの日付だったんだけど、それが問題というか、なんというか……

どうして?

あの写真が事実だとすると――。鷹司は365日×3年もの間、毎日違う女性と関係をもっていたことになるんだよ。巨大企業のCEOと学園理事長を兼任しながら、家族と暮らしながらね

ああー

ここまでくると、もう、怒りとか呆れとかを通り越してしまうんだ。笑えてくるというか、箔(はく)がつくというかさ、とにかくクラスでは、鷹司を高く評価する声が結構あるんだよ。笑い混じりだけどね

はあ

決定的だったのは、写真に写ってる女の子がみんな喜んでたことなんだ。淫行相手がすごく嬉しそうな顔をしていたから、彼女たちに同情する人がいないんだよ

 俺は困り顔でそう言った。

 流山さんが五十殿さんをチラリと見た。

 クスリと笑った。


 すると五十殿さんは、開き直ってこう言った。

なによ。手持ちのエロ画像を使っただけよ

あらっ。じゃあ五十殿さんは、ああいうのが趣味なのね

ええ。悲鳴を上げる女を観て興奮するほどヘンタイじゃないわよ

ふうん?

 なにやら話があやしくなってきた。

 俺はあわてて元に戻した。

というわけで! 美由梨はクラスのみんなに軽蔑されるというより、むしろ、精豪の娘……英雄の娘みたいな目で視られるようになったんだ

はあ、英雄の娘ねえ

関係を持った女性の人数が神話レベルだからね

3年間で1000人以上だもんね

そのことを美由梨が誇りに思うのは如何なものかと思うけど――。とにかく、美由梨には父親の不祥事をものともしない面の皮の厚さがあるんだよ

 俺は、ため息混じりにそう言った。

 それから不敵な笑みで、こうつけ加えた。

まあ、この程度で落ちこまれては困る。つぶし甲斐がない

ということは、鰭ヶ崎クン。続きがあるのね?

もちろん

 俺は、これからのことを伝えようとした。

 すると流山さんがイタズラな笑みでこう言った。

ところで鰭ヶ崎くんってさ。鷹司さんのことを『美由梨』って呼ぶのね?

えっ?

あー、そういえばそうだ

なんだか彼女みたい。妬けてくるわ

ちょっ、待ってよ。そういうのじゃないよ

あはぁん?

ふうん?

 五十殿さんと流山さんが、スケベな笑みで俺を見た。

 俺はあわてて弁明をした。

だって、あいつの父親も鷹司でしょ。どっちも鷹司って呼んだら混乱するし、美由梨 "さん" って呼ぶのも、美由梨 "ちゃん" って呼ぶのも変だから

呼び捨てにするんだ?

まあ、学校では『鷹司さん』か『キミ』って呼んでるけど

でもなんだか呼び慣れてるわ

 ちくりと、流山さんは言った。

 その横で五十殿さんがニヤリと笑った。


 俺は眉をひそめた。

 非難の目で、ふたりを見た。

 すると流山さんは、俺の肩をぺちんと叩いてこう言った。

冗談よ、冗談。ただ、羨ましいのは本心よ

はあ

ねえ、私たちも同じように呼んでほしいわ

えっ?

私は『敦子』。五十殿さんは『あん子』

アツコに、アンコ……似てるわね

『あっこ』でもいいわよ

じゃあ、私は『あん子』のままで

 ふたりがヒザをつめてきた。

 俺はしばらく考えた後、うなずいた。

敦子(あっこ)に、あん子。これからはそう呼ぶよ

じゃあ、次は鰭ヶ崎クンの番だけど

うーん

……鰭ヶ崎クンは、鰭ヶ崎クンのままで良いか

そうね

えっ? なんで?

うーん

だって、鰭ヶ崎クンって、どことなくキラキラネームじゃん?

まあ、そうだけど?

呼ばれるの嫌じゃない?

別に

 というより慣れた。

 気にしないことにしてから、しばらく経っている。

でもなんか、こっちが気をつかっちゃうんだよね

そんな気にしないでよ

うーん。でも、ここで下の名前で呼ぶことにしたら、五十殿さんまで鰭ヶ崎くんのことを下の名前で呼ぶことになっちゃうからなあ。やっぱり私は、鰭ヶ崎くんのままでいいわっ

 敦子はそう言って、ソファーに深く沈みこんだ。

 するとあん子が即座にツッコミをキメた。

なんですかそれ。というか、前々から言おうと思ってたんだけど、そういうの止めてもらえます?

えっ?

そうやってソファーに飛びこんで、鰭ヶ崎クンにパンツを見せるの止めてください

えっ?

そういうあからさまな誘惑は止めてください。見ているこっちが恥ずかしいですよ

うーん、ダメ?

ダメじゃないけど、でも、私のいないところでやってください

そんなこと言ったって、なかなかふたりきりになれないしぃ

だからそうやって色目を使うの止めてもらえます? というか、敬語使わないでいいですよね?

えっ? ええ

じゃあ、私の前で鰭ヶ崎クンを誘惑するのは、もう止めて

わっ、分かったわ

 敦子は、しぶしぶといった感じでうなずいた。

私もできるだけ、ふたりの時間を持てるようにするわ

 あん子はそう言って、まるでお母さんのようなため息をついた。

なっ

 何を勝手なことを言っているんだよ! ――と、俺は思わずツッコミを入れそうになった。


 だけど、ツッコミを入れると話が余計ややこしくなりそうだし、なにより、突っ込むとふたりとも喜びそうな気がしたから、俺はそのままツッコミを入れずにおいた。

 眉をひそめただけで、これからのことを伝えたのである。

じゃあ、あん子と敦子。あらためて言うけれど――。俺たちの最終的な目的は、近藤さんの尊厳を取り戻すこと、慰謝料を奪い返すことだ。そのために、次は警察署長に辞めてもらう

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