百手

それじゃ話の続きをしようか

ゆかり

えっと、店長が南極に落ちた隕石の影響で世紀末化した世界で肩パットをつけたモヒカン相手に巨大ロボに乗って女の子を立ち上がらせたんだっけ?

百手

もうめちゃくちゃ過ぎて私にもわけがわからないよ

 スクウェアM百夜街道沿い店は、要の急病によって閑散としていた。

 百手がレジに立ったところで客が寄り付くわけもなく、ゆかりが真面目に働くわけもなく、秋乃がデータ入力でビジー状態が続いていることもあって、百手は早々に店を諦め昔話に興じていた。

百手

それで、私は彼らにお願いをしたわけだよ

ゆかり

あー、そうだった。それでどこに飛ばしてもらおうとしたの?

百手

今の私の状況をわかって言ってるのかい?

 百手は新しい紅茶とお茶うけのクッキー缶をちゃぶ台に乗せて、またぽつりと話し始める。

勇者

ここではないどこかってことは

百手

時空の狭間を超えて、できることなら争いのない世界がいいな

魔法使い

いいんじゃない?

 百手の提案にあっさりとした口調で答えたのは魔法使いだった。

勇者

ちょっと待ってよ。もしそれでこいつがその世界で暴れたりしたら

魔法使い

暴れるならここでやればいいじゃない。魔王より強くて、私たちよりも強い。文字通り世界最強の魔族よ?

勇者

そりゃそうだけど

魔法使い

嫌な言い方をするけど、彼がこの世界からいなくなるのなら私たちにとっては好都合だわ。他の世界がどうなるかは彼次第だけれど

百手

話はまとまったかい?

騎士

しかし、良いのか? 魔王を裏切ることになるのではないのか?

百手

別に構わないさ。彼にだって信じるものがあるんだろうしね

賢者

それじゃ始めるわよ

 百手の大きな体を挟むように魔法使いと賢者とがそれぞれに杖を掲げて呪文を詠唱し始める。

百手

そうだ、裏切りついでにいいことを教えてあげよう。君たちの探している伝説の剣はこの牢の隠し扉の先にあるよ。彼は私が倒されることなんて想像していなかったようだからね

勇者

え?

百手

私は新しい世界で幸せを探すことにするよ。君たちも自分の幸せとは何かを考えながら行動して勝ち取るといい

 光に包まれて消える直前、百手の目に映ったのは勇者たちの驚いた表情だった。

鬼頭

よう、お疲れさん。異界転送ってことは結構な魔法技術のある世界から来たんだろう。目的はなんだ?

 百手を覆っていた光が消えて、はっきりした視界に最初に見えたのは顔に傷を持つ初老の男だった。

百手

せっかくなら可愛い女の子に出迎えてほしかったものだよ

鬼頭

すまねぇな。こいつも仕事でよぉ

 鬼頭(きとう)と名乗った男は百手を品定めするように見て、あごひげを撫でる。

鬼頭

こいつぁ、大物が来たもんだな。世界征服しにきたにしちゃあ、ちょっと冴えないが

百手

そんな大仰なことはやらないさ。私は平穏無事に暮らしたくてここに来たんだから

鬼頭

平穏無事? その魔力をもってか。そいつぁおもしれぇ

 鬼頭は百手に敵意がないことを知ると豪快に笑って護衛についていた黒服を片付けた。

鬼頭

ちょいとついてきな。ここじゃ俺がカツアゲしてるみてぇだからな

 ガタイのいいヤクザのような風貌の鬼頭と太った腹が目立つ気弱そうな百手では一見すると対等な話には思えそうもない。

 鬼頭の案内に従って百手が連れてこられたのはオフィス街のビルの一室だった。

百手

百鬼派遣株式会社?

 ネームプレートに並んだ文字を百手が読み上げる。

鬼頭

そうさ、それが俺の会社だ

百手

会社?

鬼頭

仕事やるやつの集まりみてぇなもんだな

 応接間に通され百手は柔らかく沈むソファに体を大きく沈みこませる。石の床とは比べものにならない。差し出されたお茶をすぐさま手に取り飲み干した。

百手

ん? これはなんというお茶で?

鬼頭

ありゃ、うちのもんが間違えて出したみてぇだな。そいつぁ中国茶だ

百手

ほう。おいしいですね

鬼頭

わかってくれるか? 俺の好みなんだが、若いのは少しもわかってくれなくてな

 機嫌を良くした鬼頭はもう一度お茶を持ってくるように言いつけると、背もたれに体を預けて話し始めた。

鬼頭

あんさんが狙ってここに来たのか、それとも飛ばされてきたのかは知らんが、先に言っておくとこの世界じゃ俺たち魔族は存在しないものになっている。
もちろん知っている奴もいるが多くはそんなものは空想の中の産物だと思ってやがる

百手

敵対していないだけいいと思えるけどね

鬼頭

そういう世界の出身か。まぁ、あんさんは見かけは頼りないが、人間のようだしそういう輩に仕事を紹介してやるのが俺の仕事ってわけよ。
ついでに悪さしてないか調べる役割もやってどうにか認めてもらってるわけだ

百手

つまり私にも仕事が始められるのかな?

鬼頭

あんさんのやる気次第やねぇ。何かしたくてここに来たんやろ?

百手

さっきも言ったが、私は平穏無事ならそれで構わないよ

鬼頭

そうか、そいつはいい。ちょうどいい仕事が入ってきててな。空き店舗が一個ある。そこでちょっと店でも始めてみないか?

百手

店? 野菜、肉? それとも服飾や金物かな?

鬼頭

コンビニだ

百手

コンビニ?

鬼頭

あぁ、この世界で人間の大半が突然に必要になるものを一日中提供するバカみたいな仕事さ。でもあんさんならそのくらいが面白いだろ?

百手

そうだね。それじゃさっそくそのお店とやらを見せてもらうよ

 百夜街道沿いを車で進み、割れたポリカーボネイトの看板が物悲しい大きなコンビニ跡地に連れて行かれた。

百手

これが、コンビニ。屋根が四角だね

鬼頭

機能性重視ってやつだな。今は寂れているが、あんさんがやるってんならこっちで片付けておく。仕入れだの経理だのもこっちから出来るやつを出してやるさ

百手

ずいぶんと手厚いね

鬼頭

魔族ってのは強すぎるんだ。まっとうに生きたくてもその強さが邪魔をする。俺たちは強すぎるが故にあまりにも脆い。だからこうして手助けしてやらなきゃいかんのさ

百手

私はそれに甘えることにするよ

 百手はほこりで向こう側が見えなくなったガラス窓を見つめて、地下牢では感じなかった初めての感情に少年のように目を輝かせた。

百手

とまぁ、こんなことがあったんだよ

ゆかり

へー。で、そのライトノベルはいつ出るの?

百手

だから私の昔話! 本当の話だってば

秋乃

にわかには信じがたいです

 データの入力がようやく終わった秋乃がちゃぶ台の中央に置かれたクッキー缶から数枚を続けて口に入れる。

 アンドロイドも疲れると甘いものを食べたくなるらしい。

ゆかり

クッキー食べても大丈夫なの?

秋乃

はい。体内機構で分解しエネルギーに変換できます。変換効率は悪いですが

百手

食物分解できるロボットが私の存在を疑うというのも悲しいものだよ

ゆかり

でも確かに鬼頭さんって優しいよねー。あたしもここのバイト紹介してもらったし

百手

厳しい人だけどね

ゆかり

でもさー、実際いけると思うんだけど

百手

何がさ?

ゆかり

『チート過ぎて魔王城でニートをしていた俺は異世界に転生してコンビニ店長を始めました』とか最近の流行っぽいじゃん

百手

本当にそう思うかい? 主役は私だよ?

 やれやれ、と百手は手元のクッキー缶を探って空を掴む。

百手

あれ? もうない! 私まだ食べてないのに!

ゆかり

あ、もうこんな時間だ。あたしそろそろ上がるね

 白々しく目を泳がせたゆかりが普段見せない俊敏さで立ち上がる。

秋乃

私もデータ入力が終わりましたので失礼しようと思います

 それに続くように秋乃もいそいそと帰り支度を始めた。

百手

ちょっと君たち!

ゆかり

それじゃ、失礼しまーす

秋乃

お疲れ様でした

小木曽

お疲れっす

百手

まったくもう

 みんなが帰って自分ひとりになった休憩室をぐるりと見回した。

百手

やっぱり彼がいないと話がうまくまとまらないなぁ

 すっかり店の中心になった要のことを思い浮かべながら、百手は畳に転がった。

はっくしゅん!

うーん。なんだかくしゃみだけ止まらないな。早く治さないと

五話 チート過ぎて魔王城でニートをしていた俺は異世界に転生してコンビニ店長をはじめました(後編)

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