ゆかり

おはようございまーす

百手

おはよう

ゆかり

って、なんで店長がレジにいるの?

 ゆかりがバイトにやってくると、すっかりと店の顔になった要の姿はなく、百手がレジ前に立っていた。

 幽霊コンビニの噂の元である小太りの男が立っていては当然のように客は入ってきようもない。

百手

高橋くん、この間の一件で体調崩したみたいでね

ゆかり

あー。珍しく怒ってたもんね

百手

もっと彼を大事にしてあげないとなぁ

ゆかり

じゃあ今日は働かなくていいかな

百手

私の話、聞いてくれてたかい?

ゆかり

でも要くんがいないとどうしようもないじゃん。裕一もお客さん呼べる顔してないし

小木曽

すんませんっす

 小木曽がゆかりの後ろから顔を出して頭を下げる。

百手

まぁね。ここのところずっと彼頼みだからなぁ

ゆかり

でも店長ってさ、どうしてコンビニなんてやろうと思ったの?

百手

おかしいかい?

ゆかり

見た目的に絶対無理じゃん。キモいし

百手

辛辣だなぁ。まぁいいや。どうせお客さんは来ないだろうし、今日は私の昔話でもしようか

 休憩室に引き上げてくると、秋乃が段ボール箱を見つめたままじっとしゃがみこんでいた。

ゆかり

秋乃ちゃん、おっつかれ

秋乃

はい、お疲れ様です

ゆかり

何してるの?

秋乃

入れ替え商品の確認とデータ入力を

ゆかり

ここなんで売れないのにそんなにすぐ商品変わるわけ?

百手

私が他の店舗で売れない在庫を積極的に回してもらっているからね。仕入れが安くなるんだよ

秋乃

しかし、マスターがいないと混乱してしまって。なかなかはかどりません

ゆかり

ここでも要くんがいないと困るんだね

百手

さて、それじゃ、どこから始めようかな

 ちゃぶ台に紅茶の入った湯飲みを置いて、百手が座る。

ゆかり

またその変な味の紅茶?

百手

いいでしょ。好きなんだから

 ラプサンスーチョンの香りを手で払って、ゆかりが畳の上に転がった。

ゆかり

店長って違う世界から来た、って噂があるらしいけど、本当?

百手

そんな噂があるのかい? でも本当だね

ゆかり

えー、嘘くさい。そんな技術なんてあるの?

百手

だから君が言うかい。それじゃ、私をこちらの世界に送ってくれた人たちとの話をしようか

 そう言って、百手は湯飲みに口をつけた。

 地面に染みこんだ雨水が天井の割れ目から滴り落ちた。

 魔王城の地下牢。既に人質の姿はなく、どの牢もねずみが這っているばかりだった。

 世界を支配しようと猛威を振るっている魔王の首筋までようやく勇者一行は辿り着いた。

勇者

なぁ、こんなところに何があるって言うんだ?

賢者

話聞いてなかったの? この魔王城にはその圧倒的な力を恐れて魔王自ら封印したという伝説の剣があると言われているのよ

魔法使い

禍々しい妖気。ただの地下牢のはずなのに

騎士

待て、何かいる

 地下牢の最奥。他とは格の違う堅牢な檻が三重並んでいる。

百手

お客さんかい?

騎士

誰だ?

勇者

もしかして人質の人ですか?

魔法使い

バカ! この魔力に気付かないわけ? 下手に近付かないで

賢者

ものすごく濃い。これは本当にただの魔力なの?

百手

これはこれは、勇者ご一行。こんなところにまで勇者が来るようになったということは彼もずいぶんと苦労しているらしいね

騎士

来るか?

 大きな体を床につけたままの百手に勇者たちはそれぞれの武器を構える。

百手

まぁ、そんなに熱くならないで

 百手の背から黒い触手が二本伸びる。

 三重の鉄格子を紙くずのように弾き飛ばし、勇者たちの武器が床に落ちて物悲しい音を立てた。

勇者

え?

騎士

見えなかった。いや、攻撃を認識することさえ

百手

まったくケンカは相手を選んで売れ、と教えてもらわなかったかい? いや、それは魔族の考えか。
なんにせよ血気盛んだからこそこうして魔王城に乗り込んできたんだろうけども

魔法使い

どうして?

百手

なんだい?

魔法使い

どうしてトドメを刺さないの? 今の一瞬でもそれがあなたにはできたはず

百手

そんな必要がないからさ

勇者

くっ、バカにしやがって!

賢者

待って

 落ちた剣を拾い上げ、百手に飛びかかろうとした勇者を賢者が止める。

賢者

私、聞いたことがあるの

騎士

知っているのか、賢者!?

賢者

数万いると言われる魔王軍の魔族の中で、唯一人間から英雄と呼ばれる者

勇者

英雄? 魔族が?

賢者

そう。圧倒的な魔力で練られた触手を幾本も操りながら一人の人間も殺したことがない魔族。百の腕を持つ英雄とは、まさか

百手

そんな呼び名も聞いたことがあるね

 百手は賢者の質問に笑って答える。その様子には最強の魔族と謳われる恐ろしさは微塵もない。

賢者

噂じゃ魔王より強いっていうけど、本当なの?

百手

試してみるかい?

 百手の言葉に勇者たちの体に震えが走る。それでも落とされた武器を拾い直し、それぞれに構える姿を見て、百手は感心したように顎を撫でた。

百手

冗談さ。さすがに君たち相手に手加減も出来そうにないからね

騎士

しかし、何故魔王軍最強と呼ばれる者がこんな地下牢なぞに

百手

戦わない仲間というのは時に敵より恐ろしいものさ

騎士

心変わりを恐れて。獅子身中の虫と言うことか

勇者

どういう意味?

魔法使い

バカは少し黙ってなさい

百手

はは、そんないいものじゃないさ。ただのものぐさだよ

勇者

でも本当に強いならすぐにこんなところ抜け出せばよかったのに。今だって魔力で強化した鉄格子三枚抜きしちゃったじゃないか

百手

どうせ抜け出したところで待っているのは人間と魔族が争う世界さ。ここなら時々ねずみがエサの取り合いをやっているくらいで平和なものだよ。君たちが来る前に誰かがここを訪れたのはいつだったかな?

 百手の言葉に勇者は言葉を失った。

 自分の振るう正義に少しの疑問が過ぎったからだ。

百手

魔王城にたった四人で乗り込んでくるということはきっと腕が立つんだろう? 一つ私のお願いを聞いてはくれないかな?

 百手はようやく冷たい石造りの床から立ち上がる。

百手

私を、ここではないどこかに飛ばして欲しいんだ

百手

とまぁ、こんな感じで

 そこまで言って百手は冷めかけの紅茶を一気に飲み干した。

ゆかり

へー。で、その新作ゲームはいつ発売になるの?

百手

私の昔の話だってば

ゆかり

でもさ、店長が強いっていうのあんまり信じられないなぁ。確かに触手がすごいのは知ってるけど、こないだも店長、要くんに言い負けてたし

百手

あれは彼の気迫が尋常じゃなかったからだよ

ゆかり

まぁいいや。それで続きは?

百手

それじゃ、その後の話をしようかな

秋乃

男の激辛坦々麺、男の激辛坦々麺。これは私の知っている坦々麺といったい何が違うのでしょうか? やはりマスターがいないと理解がはかどりません……

 段ボール箱の中身とにらめっこしながら秋乃がぼんやりと呟いた。

五話 チート過ぎて魔王城でニートをしていた俺は異世界に転生してコンビニ店長をはじめました(前編)

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