社は一息吐くと、眼鏡を外し、足を組んで話し始める。
社は一息吐くと、眼鏡を外し、足を組んで話し始める。
オマエが上げたリストの中に、武澤(たけざわ)高の奴いなかったか?
あ、いましたいました!
武高だと……えー……一人だけですけど!
委員長席のカリスマ君候補一位の彼ですね!
向陽はスクールバックから分厚いA4ファイルを取り出すと、大量の付箋の中から一つをつまんであるページを開いた。
そこには一人の少年の顔写真と、出身から身長体重、好き嫌いや性格、癖、一日の大まかな活動時刻表等がびっしりと書かれている。
候補一位か……
と言ってもあたしの中の順位なので、先生は気にせずに!
……見た感じも悪くねーし、性格の欄に『真面目』とか書いてあるけどよ。その『真面目』って、違う方だろ?
そうですね。でも成績優秀ですし、二年生にして強豪空手部主将、生徒会会長っていうのも加味して、です!
へぇ……ま、この顔なら『真面目』って言われるとそっちの気もするけどな
この顔ですとね!
事細かに書かれたプロフィールを読み、社はうーんと腕組みをして唸る。
向陽がじっと彼からの返事を待っていると、
よし
と声が聞こえた。
今度の土日、武澤高の文化祭あるよな
はい!
土曜は雨時々曇り、日曜は曇りのち晴れの予報です!
雨はめんどくせーけど……その分客足も減るだろうし……初日でダメなら次も行くしかないか
二日も行くんですか?
先生が?
大丈夫ですか?
だるくなったら途中で帰るさ。……収穫の見込みも無かったら早々にずらかる
わかりました!
じゃあ彼はキープにしておきますね!
新たな付箋をページに貼り、携帯で武澤高校の文化祭の日時を検索してそれをメモに書いて社へ渡すと、彼はすぐに立ち上がり会議室を出て行った。
そしてきちんと、外から鍵を閉める。
これで、遂に〝裏風紀委員会〟の本格的なメンバー集めが始まった。
が、先のやり取りで社は向陽に
先生が行くんですか?
という質問に対し、
オマエも行くんだよ
とは一言も言わなかったし、
どうしてオレが
とも文句を言わなかった。
社自身がその目で判断したいという要望もあっての行動なのだが……向陽に直接来いと言わなかった理由。
考えずともわかるだろう。
社の向かう先に、
向陽という少女は必ず現れるのだから。
迎えた土曜日、午前十時。
都立武澤高等学校の正門からは長蛇の列が伸びており、先頭にいる少女に尋ねると朝の六時から並んでいるとのことだった。
スゴいですね~噂は聞いてましたけど、あたし初めて来ました!
まぁこの地域じゃ一番だろうな。規模も人気も
そうぼやきながら社は列の途中に加わる。
彼としてはこの混雑は覚悟していたし、待ちぼうけは食らうものの……たかが高校の文化祭の為に朝早くから動くのが面倒だった。
本来なら彼は最後尾、入場まで二時間以上待たされる位置に入るはずである。
だが彼は列をどんどん追い越して、先頭から三番目に何食わぬ顔をして入った。
割り込みではない。
きちんと正当な理由の上で、列に加わったのだ。
朝六時半から並んでいた向陽に合流しただけであって。
はい、コーヒーどうぞ!
おー……
朝に弱い社はコーヒーをちびちびと飲みながら目をこするが、メガネは掛けておらず持ってもいなかった。
先日生徒に誘われたこともあり、文化祭中に遭遇してしまう可能性を考慮して外してきたのだ。
先生、コンタクトつけますか?
あ、あー……忘れてたな
ワンデイ用ですから帰ったら外してくださいね!
用意周到すぎるストーカーも、場合によっては便利なものである。
正門の向こうから武澤高校の生徒が二人やって来て、時計を確認してから門を開く。
校舎の前に展開されているテントで入場券を受け取ったら、ようやく文化祭の始まりだ。
武澤高校は五十年の歴史がある男子校である。
文化祭・体育祭は共に一般入場が許可されており、その規模と宣伝、熱量は地域最大とされ大変賑わう催し物となっている。
だが、それだけ賑わい、来場者が多いとなると近隣からの苦情の問題が懸念されるのではと思う人も少なくないだろう。
しかしこの問題に関しては心配いらない。
騒ぎに乗じて羽目を外す輩が現れれば取り締まり、行事一週間前から行われる持ち物検査や近隣への呼び掛けによって苦情はほぼ全く来ないのだ。
これも全て、武澤高校の伝統とされている〝実行委員〟の活躍によるものである。
で、その実行委員なんだな?
今回見る奴は
はい!
友達のつてで知り合ったここの生徒に聞いた所、とにかく一目見ればわかるとのことです
一目って……バッチか何か付けてくれりゃあ委員かどうかもわかるだろうけどさ
腕章してるらしいですよ。あ、ああいうのです!
すれ違った生徒の左腕には赤い腕章があり、黒学ランとのコントラストが目立っている。
これなら目印として最適……ではあるものの。
この人の群れから探すってのもなぁ……
二年生の模擬店、焼うどん屋で腹ごしらえをしながら社はだるそうに言った。
それにしても女子が多いですねー
そりゃ男子校になんで男が来なきゃなんねーんだよ
ダメですか?
そこら中にいる女共はどーせ、男探しに来てんだからな。目ぇギラギラさせてまぁ……よくやるわ
へぇ~
色恋に疎い、ではなく。
社以外へ疎い向陽はジュースを飲みながら改めて辺りを見回すが、確かにおめかしをした女性が沢山いるようだ。
誰もかれも声のトーンがやたらと高い。
一応武澤も進学校だし、部活動は強制。文武両道させてエリート育ててんだ、女子高生だけじゃなく、大学生までいるだろ
んー……でも、そんなにカッコイイ人沢山いますかね?
オマエはどうなんだよ、向陽
あたしですか?
あたしは先生がカッコイイと思います!
つまり、その他は皆同じ。
……ということだ。
食事を終えた社を見て向陽がジュースを飲み干し、ゴミをまとめて捨てに行こうとした時。
人の群れであるものを……、 お目当ての人物を発見した。
先生! いました!
でかい声で先生はやめろ
えっ……じ、じゃあ何と呼べば……
今日だけは『社さん』だの『優仁(まさひと)さん』だのにしとけ
そっ……そんな!
あ、あた……あたしがそんな先生のこと『さん』付けで……
と一人であわあわしている内に社は向陽に合流し、彼もまたすぐに見つけた。
人の群れより明らかに頭一つ飛び出ている高身長。彼こそが、〝裏風紀委員会〟にスカウトしたい。
綾女剛孟(あやめ たけはる)
という少年である。
行くぞ向陽
え、あ、はいっ!!
向陽の鞄の紐を引っ張り社は人混みをスルスルとかわして前へ進む。
綾女は他生徒と何か話をしていたようで、幸いにもその場から動くことは無かった。
すいません
?
そして辿り着き、社が声を掛けると……彼はコチラへ振り返った。
続く...
次回更新予定日:02月14日
追記
今回は休日の活動と言う事で私服verアイコンとなりましたが、
本来はオフの日の社は“髪を結んでいます”。
アイコン作成が間に合わなかったので、髪結いverは本書挿絵できちんと描こうと思います。
ご興味ありましたら、本書の方も是非宜しくお願いします~。