それぞれは自分の部屋に戻っていった。
殺し合いは、明日からだ。正確に言えば今夜から。
だが……ゲームは既に始まっている。

天都

…………

さて、自分はどうするべきなのだろうか?
これは相手の出方を推理するゲームだ。
言葉で戦い、言葉で殺す。ペンは剣よりも強し。
頭のよくない、そしてゲームの素人である天都には分が悪い。
腕っ節も病人である故、強くもない。
今の彼は武器となる『何か』もない。

天都

俺は……勝ち残れるのか……?

脳裏を過ぎる不安。
実際、いきなり仲間は自滅するし幸先は最悪。
本当に、勝てるのだろうか?
ここには……妹と共に生きるために来た。
でも勝てなければ意味がない。
あのままいても意味もなかった。
どっちを選んでも、有効な手段なんてどの道見つかっていなかっただろう。

天都

俺にゃ地獄なのは変わらないか……

『談話室』と書かれたドアの前で、壁に寄りかかり、一人呟く。
本当に世界は、弱者が生きていくには辛すぎる。
非情で、過酷で、無慈悲。
生きるために生命を代価に差し出さないといけない現実。
『地獄』という言葉は、きっと何処の世界でも弱者にとっては変わらない。

神無

……そうでも……ないよ……?

ふと、気が付くと隣にさり気無く神無が立っていた。
この顔に、天都は覚えがあった。
向こうも、慣れない笑顔で対応してくれていた。
まさか、こんなところで再会なんて思ってもみなかった。
三年も会ってなかったし、随分と雰囲気が変わって、儚げになっているが……何となくだが、覚えていた。
名前を聞いたときに記憶の片隅で、何かが弾けた。
そこからは連鎖的に思い出した。
動じることもなく、彼は片手を上げて挨拶した。

天都

さっきはドタバタしてたが、改めて
久しぶりだな……神無
最後が卒業のときだから三年ぶりか?

神無

うん……久しぶり、天君

一条神無。
天都や時雨、春菜と月子と同じ中学出身の同級生。
でも、春菜も、時雨も、月子も顔すら知らない。
事情あって別の教室に通っていた、クラスでは空席が当たり前だった、幽霊少女。
天都とは不思議な縁で知り合った仲間。
振り返った過去で、もしかしたら春奈に頼らず出来た
、数少ない友達かもしれない。
彼女も天都に対しては、それなりに信頼していたふうに見えていた。
中学卒業のときに分かれてからは顔を合わせていなかった。

天都

何してんの、神無
こんなところで

神無

…………色々あって…………

天都

そうか
まあ、いいけど……

深くは語りたがらない神無。
天都も問わずに、目の前の現実だけ言う。

天都

互いに参加者なら、俺はお前を殺すこともありえるぜ?

神無

……私を殺せるの、天君……?

天都を試すかのように、神無は問う。
天都は首肯する。

天都

必要ならな
俺がここにきてる理由
お前なら大体想像つくだろ?

神無

……そう……
……再発したんだね……

彼女は天都と違って聡い。と天都は思っている。
彼女は察しろというとまだ居なかったのに、数年来だというのに、簡単に理解してくれた。

神無

……妹さんも……?

天都

あいつの方が俺よりひでえ
最悪、生命関わってるのはあいつの方だ
俺はまだ軽い

神無

……そう……

表情を変えない神無。
決して無表情というわけでもない。
先ほど死人が出たときにまっ先に悲鳴を上げてパニックに陥ったのは彼女だし、恐怖などには特に強い反応を示すはずだ。
それは、あの頃となんら変わらない。

神無

……友達……増えた……?

天都

高校じゃ空気そのものだよ
いても居なくても変わらねえ
俺は友達出来ねえ人間だからなぁ……

神無

……そう……

その問いに意味があったのか。
神無は一人納得していた。
天都は一応と思いながら、神無に問う。

天都

神無
お前は『狼』なのか?

神無

ううん、違う……
私は『狂人』……
狼陣営ではあるけど……

そしてあっさりと、彼女は自分の役職を明かす。
独特のテンポで会話する神無にしては、即答に近かった。
それは予想外過ぎて、天都は目を見開いた。

神無

……ルール上、自分のカードを他人に見せたら妨害行為で殺される……
……流石にそれは……嫌だし……
……まだ始まってすらいないこの状況では、犬死だもの……

その言葉には、特に死に急ぐ真似はしなが、生きる努力も務める気はない、というニュアンスだった。
問われたら、応える。
押し問答をする気もなく、素直に彼女はただ進めるという。
それは言わばグレーであり、まだルールに反してはいないから。
聞かれたから返答をする。
それは会話が基本のゲームでは当たり前の行為。
彼女は裏をとって、嘘をつくゲームで『素直さ』を武器に戦っていくのだという。

神無

……当然『狼』からすれば裏切り行為…………
…………私は早々に噛まれ退場すると思う…………
……何もしない『狂人』は村人と同じだし……
……そう言っても、『村人』達も私を許さないだろうし、追放されたら、それはそれで……

……神無はとても、悲しい目をしていた。
生きることに諦めている眼。
これは、小さい頃に何度も、見飽きるくらい目にしている。
病院というところは日常に近い別世界だと天都は思う。
生にすがる人間と、生を諦めた人間の正反対が存在する世界。
清濁混じり合ったというか、希望と絶望が同じ空間にあるのだ。

その空間にいると、諦めた人間は黒い色、諦めない人間は白い色という風にある程度、判別できるようになった。
目の色をみれば分かる。物理的な意味はなく。
目は口ほどに物を言うというのは真実で、そういう諦めの目をした奴は、言動もそうだが一目瞭然で、澱んだ目をしているのだ。
黒い穴のような、虚ろな瞳というとわかりやすいか。
今の神無は、そんな色であった。

天都

お前、死にに来たのか?

神無

……間違ってはいないよ……

天都

やれやれ……
生きたいって思ってる俺に対する当て付けか?

神無

……そう思いたいなら、それでもいい……

神無は神無の目的があって、ここに来たらしい。
そして、天都が自分の為に神無を殺しても、恨まないと彼女は言う。

神無

……私は別に……もう疲れたし……

大きな溜息をついて、彼女は言った。
疲れきった、今にも死にそうな顔で。

天都

率先して殺したいとは思わねえけどな
死にたい奴を殺しても、望みを叶えてやるだけだし
悪いけど、俺はそんな義理ねえんだ

神無

…………

天都

お前が『狂人』だって事は黙っとく
まだ、真実かどうかもわかんねえし

神無

……そう……

神無はお礼も言わずに、ただ突っ立っている。
このまま立ち去れば、それで終わりだ。
天都は気配の薄い、幽霊のように色のない少女に問う。

天都

まだ、ゲームは始まってねえだろ?
読み合いは始まっているが……
お前、どうせ関係ないだろうし
俺の部屋でも着て、駄弁るか?

そう、何気無く誘った。
部屋で一人でいると気が滅入りそうだ。
喋る相手が欲しかった天都は、神無を誘う。

神無

……うん……

神無は特に異論もなく、足音をさせずに天都についていった。

天都

っつうか、ここ何処だろうな?
樹海の中にあるみてーなんだが

神無

……富士山の麓じゃないことだけは確実……

天都に与えられた部屋は、日当たりの良い部屋だった。
窓際のベッドが印象的だった。
窓から見えるのは、一面の大森林。
まるで以前、誰かがこの部屋に滞在したかのように、綺麗に保たれていた。
部屋のドアにはプレートらしきモノがついていた痕跡もあった。
天都が常備している薬も大量に備蓄されていた。

天都

この手際の良さ……
前に俺と似たような人間でもいたんかねぇ

神無

…………

見つけた薬を、ワンルームのように纏められているキッチンから持ってきた水で飲み干す。
そういえば、朝の薬は飲んだが昼の薬は飲んでなかった。
神無はベッドに腰掛け、外を見つめている。

天都

ちょうどいいし、飯でも食うか……
神無、お前も暇だろ?
だったら付き合えよ

神無

……分かった……

神無は適当に返事をして、ずっと外を眺めている。
何も面白いものもないだろうに。
そう思いながら冷蔵庫を開けて、レトルト食品を見つけて、器に入れてレンジへ突っ込む。

神無

空が綺麗ね

テキパキと食事の準備をする天都の背後で、神無はそう呟いた。

天都

空?

神無

……ええ
……こういう晴れやかな空を蒼穹というの……

振り返れば外を見上げて、眩しそうに目を細める神無。
影が無ければ、幽霊のように見えてしまう。
儚いを通り越して、存在しているのかも不安になる姿。
一体この三年間の間に、何があったのか……。
天都には知る由もない。

天都

俺は某アニメしか出てこねーな
死人が沢山出るやつ

神無

…………どうせみんながいなくなるっていう?

天都

そうそう

それだけで通じたらしい神無は、そのフレーズを口にした。
どうせみんながいなくなる。
天都はその運命を認めない。
そんなことはさせない。自分と月子は必ず帰る。
……春菜と、時雨も……出来れば、一緒に。
でも自分と彼らの生命を天秤にかけたら……。
きっと愚かにも、裏切り行為でも、自分を選ぶだろう。
ここで彼らを選べば最高だろう。
共に生きられれば尚更。
でも自分は弱い。弱い奴は、余裕がない。
弱くて無力で、どうすることもできない。
二つに一つ、選ぶなら。自分だ。
彼らは彼らで何とかすればいい。
助けられておきながら助けない外道。
否、助けられない。弱いから。
助ける余裕がないのに助けようとすれば諸共死ぬだけ。
だったら、賢い選択を……するしかないのだ。

神無

ねえ、天君
世の中ってさ……
弱くても、生きていていいのかな?

天都

ん?

ふと、視線を戻した神無が天都に聞いた。
出来上がったレトルトを二人分持ってきた天都に、問う。

神無

天君、生きたいんだよね?
自分が弱くて嫌になった私と違って

天都

あぁ

神無は真剣な表情で、続ける。
天都は何も言わずに促した。

神無

全てが嫌になって、逃げ出して
終わりたくて、ここにきて
なのに、久々にキミの顔を見たら……
生きたいっていう君を見たら……
なんでかな……?
もう少し頑張ってみようと思うようになったんだ……

神無

変な話だよね
私、嫌だったはずなのに……
正反対の人に生きろって言われても、何とも思わなかったのに……
キミの形振り構わず足掻いているのを見たら、生きてるのもいいかなって思えて……

神無

ねえ、天君
弱くても、生きていていいのかな?

神無が答えを求めているように、天都に問う。
知りたがっているように、欲している。
天都は、そんな彼女に自分の返答を聞かせた。

天都

生きたきゃ、生きろ
死にたきゃ、死ねよ
それは自由だ
自分で決めろ

天都

生きる為なら、我武者羅になるしかない
そういう時だってあるんだ
お前に何があったかは聞かない
だが、自分の終焉を他人に頼るな
俺が知るかよ
俺は自分だけで手一杯だ

怒ったように、というか事実怒って天都が言う。
ちょっと困ったように、神無は笑う。

神無

……あー、うん
……そうだよね……

神無は乱暴に置かれたマグを見下ろして、湯気の立つコーヒーの水面に映る自分の顔を見る。
やがて、こう言った。

神無

でも、それがキミの答えなんだね……

それだけいうと、親子丼を頂きますと言って食べ始める神無。
なんだったのかは分からないが、彼女の中で答えが見つかったらしい。
天都は意図を問わずに文句だけ言う。

天都

自分で決めろよ
頼られても俺も余裕はない

神無

……そうだよね……
……でもいいの……
……スッキリしたから……
……私も、適当にやってみる……

天都の逆切れも意味があったのか、神無は笑う。
久々に見た、無理のない笑顔だった。

神無

…………そういえば、一緒にご飯食べるの、初めてだよね……

天都

そーいや、そーだな

神無

……天君も変わんないね……
……周りの話だけど……
……相変わらず酷い目見てるんでしょ?

彼女は大変だね、と慰めるように言ってくれる。
春菜に続いて、邪気のないごく普通の態度だった。
それが、何より嬉しい。

天都

そいえば、お前も例外的にまともな女だったな……
忘れてたぜ……

神無

……呪われてるんじゃない?

天都

誰に?

神無

……妹さんと、あのストーカーに

そう言うと、天都は戦慄して頭を抱えて、悶え苦しんだ。
だとしたら最悪だ。
むしろありえる組み合わせだった。
初日の昼は、旧友と懐かしい話をしながら、平和な時間を過ごしたのだった……。

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