サジェス・エフォール

ふぅ、やっと着いたよ

学園から歩いて約20分。
「発光樹の森」と呼ばれるここは、天然の魔法が詰まった葉が、暗くなると葉に詰まった魔法の欠片が蛍のように小さく光る。
風や水にも天然の魔法成分が含まれており、多くの魔法使いがここを拠点に研究に没頭している。



サジェスが今回訪ねたのも、その中の一人と言えなくもない。

戸口の前に来ると、そよ風が顔を撫でた。
それは、涼しいというより、冷たい手でサッと触られたような感覚だ。
とてもじゃないが、心地いいとは言えないだろう。

しかし、サジェスは目を閉じてその感覚を味わった。
風の原因を、よく理解していたから。

サジェス・エフォール

アルエット、サジェスだよ。開けてくれるかい?

……サジェス?

扉の奥から声が聞こえた。耳を澄まさないと聞こえないような、細い声だ。
サジェスがもう一度返事をすると、鍵が開く音がした。

アルエット・コネッサンス

久しぶりだね、サジェス

サジェス・エフォール

うん。久しぶりだね、アル

サジェス・エフォール

体の調子はどうだい?

アルエット・コネッサンス

うん。まだ激しくは動けないけど、以前よりかはだいぶ動けることになったよ

それを聞いてほっとするサジェス。
アルエット・コネッサンスの才能は、こんなところで消えていいものではないから。

アルエット・コネッサンスは、風魔法の神童とまで呼ばれた天才である。
当時はサジェスとは別の魔法学校に所属していたが、学園長同士が仲が良かったため、
魔法の合同発表会にて、サジェス・エフォールと初対面する。
それから間もなくして、二人は親友のように意気投合した。
二人の持論が、全く一緒だったからである。

「魔法の融合」

単一的な魔法の可能性は近いうちに終わりが来ると感じていたサジェスとアルエットは、出会ったその日に合同研究の話を進める。
そして、アルエットは無理を言ってサジェス達の魔法学園に編入。
本格的な研究をスタートさせた。

研究は無事成功。二人が作った気球は国に認められ、一躍有名になった。

だが、二人はその後を考えていなかった。
毎日のように軍や国外の研究機関の人間が二人を訪ねてくるようになった。
特にアルエットの風魔法は応用性が高く、様々な機関から勧誘を受けた。
また、サジェスとは違ってあまり人と接するのが得意ではなかったアルエットは、魔法の融合という暗黙のタブーを犯したというレッテルを貼られ、何も言い返せないことをいいことに民衆はこぞって彼女を異端者と蔑んだ。
そして、軍からの勧誘が日増しにエスカレートする中、ついにアルエットの精神はくずれてしまう。
人と話すのを恐れてしまい、内に内に籠ってしまった。

サジェスが軍からの勧誘を受け入れたのは、その直後だった。
精神的に不安定になったアルエットよりもサジェスの方が扱いやすいと踏んだのか、軍はそれを喜んだ。
そして、民衆もサジェスの功績を称えるも、アルエットのことは都合よく忘れていった。

アルエット・コネッサンス

本当はずっと後悔していたの

アルエット・コネッサンス

貴女一人に重荷を背負わせてしまって……

サジェス・エフォール

気にしないでよ、アル。キミの助けがなければ気球を作ることも、魔法の新しい可能性を提示することもできなかった。

サジェス・エフォール

それに、キミはボクの親友になってくれた。それだけで十分だよ

アルエット・コネッサンス

サジェス…………

サジェス・エフォール

そうだ。新しい依頼が来たんだ。ひとつは軍からで、もうひとつは……

アルエット・コネッサンス

なるほど、笑わない少女ね……

アルエット・コネッサンス

分かったわ。サジェス、私も協力する。必要なことがあったら、何でも言って

サジェス・エフォール

うん!ありがとう!

やはりアルエットに会いに来て良かったと、サジェスは思った。
同い年の割に大人びているアルエットは、内心不安だったサジェスを励ましてくれた。
彼女となら頑張れると感じた研究時代を、サジェスはぼんやりと思い返していた。

エクリール

……………………

止まれ。貴様、何者だ?

エクリールは一瞥することなく身分を明かす指輪を掲げる。

じ、上官名代……!

扉の前の騎士はすぐに詫びると道を開ける。
上官名代はそのまま、軍の上官クラスと同じ権力が与えられる。
エクリールも、その少ない一人だ

中にはフラッペ上官、そしてエクリールが会ったことない、しかし知らないはずのない人物が話していた。

エクリール

ペルラン皇太子殿下……!

ペルラン・アンピール

ん?

振り向いたその顔は間違いない。
国王の息子で、王位継承者の一人だ。
しかし、所謂穏健派と言われるペルラン皇太子が過激派と知られるフラッペに何の話だろう。

フラッペ

おいエクリール!陛下の御前だぞ!そこに直らんか!!

ペルラン・アンピール

いや、構わないよ、フラッペ騎士

ペルラン・アンピール

エクリール嬢、私に何か用かな?

エクリール

いえ、フラッペ上官にご報告がありまして……

フラッペ

私にか?

ペルラン・アンピール

私のことは気にするな。例の話、考えておいてくれ、フラッペ騎士殿

フラッペ

…………はぁ。では、失礼します、陛下

エクリール

し、失礼いたしますっ

慌てて頭を下げ、肩をいからせ立ち去るフラッペを追うエクリール。
その後ろでは、ペルラン皇太子がにこやかに手を振っていた。

フラッペ

あの小童め

外に出て第一声がそれだった。
きっとサジェスだったら、今の一言で皇太子との会話に見当がつくのだろう。

エクリール

皇太子殿下とは、どんなお話を?

フラッペ

いつものことだ。北の国とは戦いで関係を失うよりも、同盟を結んで関係を育むべきだとな。そんな上辺だけの同盟など、すぐに破られるのがオチだというに……

エクリール

だから先に攻めてやろうと?

フラッペ

それの何が悪い?実際に戦果が伴わなければ民衆は反対するだろうが、我らは実際に幾度もの戦に勝ってきた。結果が全てだ。

フラッペ

それに、同盟などと女々しいことを言っているところで、見返りは貿易権と不可侵条約のみ。いっそ攻め入って我が領土とした方が利益は圧倒的に多かろう?

エクリール

……結果だけが全てではありませんよ

そう返すだけにとどめた。
サジェス達を見ていると、素直にそう思えた。

エクリール

それに、結果を残しても、民衆に迎えられない者もいるらしいしな……

まぁ、それを言ったところでフラッペは何も思わないだけだろう。
結果が伴ってなかったからだ。そう言い捨てるだけのこと。
エクリールは胸がうずくのを感じた。

フラッペ

そんなことより、私に何のようだ?

エクリール

……サジェスが依頼を引き受けるそうです

フラッペ

当然のことだ。それもだが、我が軍の旗下に入る話は?

エクリール

返答保留だと

フラッペ

そうか、まぁ急ぐことはあるまい。それよりも火薬の発明の方が急務だ。速やかに成果を上げてもらわねば

エクリール

どうせ、鉱山の開発なんかに使うつもりはないのでしょう?

フラッペ

当たり前だ。おっと、このことはサジェス殿には言ってくれるなよ。若い才能の光を奪いたくないのでな

エクリール

……………………

フラッペ

そんな顔をするな。全てはこの国の繁栄のためだ。いつかは彼女も名誉あることだと分かるときが来る。それまでは決して伝えてくれるなよ

フラッペ

だいたい、魔法を融合するなどあまりに不確かすぎる。そんなもの明らかに失敗する確率の方が高いではないか。そんな危険思想の若者を天才などと……

フラッペ

つい1週間ほど前にも魔法の実験による事故で死傷者が出たというのに………………

エクリール

……1週間前!?

1週間前その単語をついさっき聞いた気がした。
あれは確か……

エクリール

あのシャンスという少女が病院に搬送された時期だ

フラッペ

まぁ、結果は遠からず出るであろう。貴様もサジェス殿の『監視』という役目をわすれるで……

エクリール

その事件のこと、詳しく聞かせてくれないか

To be continued...

pagetop