私たちは教室の一室に案内された。
ロープ。
頭から被せられたズタ袋。
後ろ手にかけられた手錠。
そこには捕虜スタイルで拘束された白瀬乃恵瑠がいた。

武藤亜矢心の声

犯罪のニオイがする……

剣持悠人

いえね、嫌がって来ようとしねえんで、ふん縛って持ってました

馬淵修一

……お、おう。

これには修ちゃんもドン引きだ。
顔が引きつっている。
正直言って私もドン引きだ。
もう笑うしかない。

武藤亜矢

えーっと、白瀬さん。沙羅ちゃんのことで話しに来たと言えばわかりますわね?

白瀬乃恵瑠

もご、もご、もごごもごぉ!

なにを言っているかわからない。
猿ぐつわまで装着させられているのだろう。

武藤亜矢心の声

怖すぎるわ!!!

武藤亜矢

えっと、剣持さん。
外してあげてください。

剣持悠人

ういーっス。

そう言うと剣持さんはズタ袋を取り、暴れる白瀬を一発殴って大人しくさせてから猿ぐつわを取った。

武藤亜矢心の声

なにこの流れるような手際の良さ。
明らかに手慣れている。
お前はどこのCIAだ。

私は頭が痛くなった。
複数の意味で。

白瀬乃恵瑠

て、テメエら!
なにすんだコノヤロウ!

しばらくすると殴られたことはすでに忘却の彼方なのか、白瀬は暴れはじめた。

武藤亜矢心の声

数秒で記憶が維持できなくなるに違いない。
うちの金魚と同じだわ……

白瀬の外見はこざっぱりとした清潔感のある服装をしている。

武藤亜矢心の声

髪の毛の色は別として。

それに比べて剣持はズボンの腰ばきやら金髪やら、ヒゲのそり残しやらでで小汚い。

馬淵修一

おい剣持。白瀬はこの学校の生徒にしては小綺麗だな。

剣持悠人

へい。
うちの学校の連中も就職活動のときはこんな感じっス。

なにその生々しい話。

馬淵修一

お前は?

剣持悠人

まずは卒業できる見込みがないと……

馬淵修一

お前、それじゃダメだろ。少しは真面目に生きろよ。

武藤亜矢

修ちゃんらめえ!
それ以上追い込まないで!

私はなぜか涙目で叫んだ。
学校を追い出されてどん底を見てきた私はなぜか自分が言われてるような気がしたのだ。

武藤亜矢心の声

あのね、剣持ちゃんは修ちゃんと違うの!
ダメな子はがんばってもダメなの!
上から目線ダメ絶対!

私のツッコミが追いつかなくなると、白瀬が意識を取り戻す。
おっと存在を忘れてた。

白瀬乃恵瑠

俺を無視するな!!!

白瀬は殴られたことより無視されたことを怒っているようだ。
でもそれは私にはどうでもいい。

武藤亜矢

なぜ沙羅ちゃんを捨てたの?

私がそう言うと白瀬の顔が真っ青になった。
てっきり開き直ると思っていた私の予想は大きく外れた。

武藤亜矢

なにか……理由があるの?

白瀬乃恵瑠

うるせえ!
てめえになにがわかるんだよ!

ああ、この気持ちはわかる。
なにがわかる。
この台詞は孤独から出てくる言葉だ。
彼は孤独なのだ。
私も同じだった。
社会に放り出されたとき、あまりの孤独に押しつぶされそうになった。
その時私も同じことを沙羅ちゃんに言った憶えがある。

白瀬乃恵瑠

だいたいテメエら金持ちになにがわかるんだよ!
沙羅もテメエらも俺をバカにしてるんだろ!
クソッあのバカ女!

馬淵修一

おい、無礼な口をきくな!

と、たしなめる修ちゃんの声と同時だった。

武藤亜矢

うるせええええええええ!

私は飛び上がると白瀬の顔面に蹴りを入れた。
ガタガタと泣き言をほざく白瀬にムカついたのだ。
椅子ごと白瀬が倒れ込む。
私はそのまま白瀬の顔を踏むと怒鳴った。

武藤亜矢

おいこらテメエ。
沙羅ちゃんを妊娠させてどう落とし前取るんだって聞いてるんだ!
てめえあんま舐めてっと痛い目あわせるぞオラァッ!

馬淵修一

汚嬢様。地が出ています

修ちゃんが身も蓋もないことを言った。
だがそれでも白瀬は折れなかった。
そして剣持さんはそんな私たちを見てオロオロしていた。
使えねえ!

白瀬乃恵瑠

ああ!やってみろ!
クソッ俺だって沙羅を守ってやりたかった……
でも、テメエらに別れさせられたんだよ!

武藤亜矢

どういう意味?

白瀬乃恵瑠

別れねえと家の工場の仕事を切るって脅されたんだよ!
汚え手を使いやがって!
俺は沙羅と一緒になるために努力してたのに……

武藤亜矢

誰がそんなことを!?

白瀬乃恵瑠

武藤マテリアルだよ!

ちょっと待て。
マジか?

馬淵修一

……お嬢様。沙羅さんのご実家が圧力をかけたのかもしれません。

武藤亜矢

……わかった

私は白瀬を見下ろした。
家族を人質に取られているのだ。
でも彼は沙羅ちゃんを一番にできなかった。
それだけは気に入らない。

武藤亜矢

おいバカ。
私が話つけてやる。
テメエは落とし前つける用意しとけ!

私は胸を張った。
摩郷島工業を出ると修ちゃんが私に話しかけてくる。

馬淵修一

で、汚嬢様。どうなされるんですか?

どうするか?
それが問題だった。
白瀬を殴れば四方丸く収まるってわけじゃない。
だから私は別の手を使うことにした。

武藤亜矢

今さ、本社で会議やってるじゃん

馬淵修一

はい?

武藤亜矢

直接乗り込む。

馬淵修一

はいいいいいいいいッ!?
お、お前なにを考えて……

武藤亜矢

いいから。
んでさ、修ちゃん、揃えて欲しい資料があるんだ。

馬淵修一

は、はい。
それは構いませんが……

武藤亜矢心の声

おーほっほっほ!!!
私を怒らせた報いを思い知るがいいわ!!!

優秀な執事がいればできないことはない。
それが真の汚嬢様ってやつだ。
間違えたお嬢様。
さて、着替え着替えっと。

5話 汚嬢様、捕獲する。

facebook twitter
pagetop