SPT-0001。
 それは世界で初の試みを体現した存在。
 バイオスキャンでもしない限り、有機人体との識別が不可能な程に精巧に作られた人型の擬似生体。
 そこにSAIを搭載した……いわゆる人型アンドロイドである。

 その開発目的は、要人警護。
 SPを兼業するSAIなのだ。

 昨今のテロリストは生半可では無い。
 要人を襲撃する際には、ほぼ確実と言って良い程にGM兵器を用いる。
 しかし、それに対抗して要人の周囲に常にゴツい機動兵器を配置しておく訳にもいかない。

 そこで考えられたのが、人型サイズでありながらGM兵器に対抗できるSPTシリーズである。
 データ上は人間と変わらなくとも、その体組織の構成に使われている物質はGM、つまりは小型のGM兵器だ。それをSAIが単独で全面制御する、完全プラスユニット式。
 出力・耐久性・機動性・思考反応速度、全てに置いて人間を遥かに越えるパフォーマンスを発揮する。
 要するに、『超人』の様な存在。要人を迅速かつ確実に守り切る最高のSPだ。

 SAIのみで独立制御しているため、直接の対人制圧は不可能。
 だが、GM兵器への攻撃・無力化は可能だし、要人を抱えて逃げ回ったり、その盾となる事はできる。
 敵対者の迎撃よりも、要人を窮地から無事に生還させる事を重要視している訳だ。
 更に、通常のSAIと同様にネットや通信回線への接続も行えるので、SAI本来の目的である日常生活のサポートも問題なく遂行できる。

 所有者の生活支援に加え、緊急時に物理的な補助を行えるSAI端末。
 それがSPT-0001を始めとする、SPTシリーズの開発コンセプトである。

衣子

……つまり、あなたが……
今朝父さんの言ってた……

 ケルヴェロッサの陰で、SPT-0001の持っていたSPTシリーズの簡単な概要資料に目を通し、衣子は全てを理解した。

 この少年こそが、衣子の父が今朝言っていた
『衣子でも破壊できないSAI』だ。

???

肯定。ちなみにSPT-0001では呼びにくいだろう、と言う事で特別に
『機三野《きききの》サイ太郎』と言う仮名義も設定されている

衣子

さ、サイ太郎……

壁守

よくわからんが、君の身内の者だった、と言う事で良いのか?

衣子

あ、は、はい。
すみません壁守さん、お騒がせしてしまって……

壁守

気に止む事は無い。
問題が解決したのであればそれで良い。
では、私達は警備室に戻る

ケルヴェロッサSAI

帰投指示確認、承認

壁守

ああ、それと、関係者でも次からは事前に入校許可を申請してくれ。
規則だ

サイ太郎

承諾。気を付ける


 深く詮索する事なく、壁守&ケルヴェロッサは警備室へと帰っていった。

 生徒の事情に深く立ち入るつもりは無い。
 ただ助けを求める生徒がいるなら守るし、そうじゃないなら平穏を喜ぶ。
 それが警備員としての壁守の基本スタンスなのだろう。

 壁守達を感謝の視線で送りながら、衣子は大きく溜息。

衣子

もぉぉぉ……
そう言うことなら、初めからそう伝わる様に言って欲しい……


 サイ太郎の素性を知った上でなら教室での言動も理解できる。
 しかし、あの時サイ太郎は己の素性を明かすことを忘れたまま話を進めてしまった。
 それが諸悪の根源だと衣子は断言できる。

サイ太郎

同意。謝罪する。優秀の権化たる俺としたことが……ケアレスミスだ。
優秀なSAIもテンパる時はテンパると言うことだな

衣子

人間らし過ぎるでしょ……


 人間の外見に、人間味がちょっと強過ぎる人格。
 これもう八割方人造人間じゃん、と衣子は思う。

サイ太郎

さて、誤解も解けた所で、契約を進めよう。資料を隅々まで熟読し、署名捺印を頼む

衣子

あー……うん、わかった。オッケー


 父の好意でやって来たこの人型SAI。
 学び舎の守護神ケルヴェロッサでも、制圧が難しい程のハイスペックを持つ機体。
 しかも、その開発コンセプトは要人をテロ攻撃から守ること。つまり、外部からの破壊行為に対し、凄まじい耐性機構が組み込まれているに違いないだろう。

 この機体なら、いくら衣子でもそう簡単には壊せそうにない。
 その他の面で色々と不安な所はある気がするが、ひとまずは契約しておいて問題は無いと衣子は判断した。

衣子

あ、でも私今、ペンも印鑑持ってない


 ワイルド衣子ちゃんと言えど、流石に血文字や血判は嫌だ。

サイ太郎

心配無用。既に君の父から、君の実印を預かっている。ボールペンも支給済だ

衣子

……娘の実印をほいほい他人に預けるってどうなの……

サイ太郎

返答。俺は優秀だが、あくまでSAIだ。
人間に害を成す行動は制限される。
悪用など不可能だ

衣子

そう言う問題じゃなくて……
あー……もう良いや。
わかった。うん


 父の軽率な行動についてサイ太郎に文句を言ってもどうしようも無い。
 と言う訳で、衣子はサイ太郎から印鑑の入ったケースとペンを受け取った。
 そして壁を机代わりに、契約書にサインを…

サイ太郎

停止要請。君はまだ資料を三ページ目、SPTシリーズの概要説明までしか読んでいないだろう。
署名捺印はきちんと契約詳細まで読み切ってからだ

衣子

えぇー……良いでしょ別に


 今朝の父の発言からして、この契約書の相手は文科省直属の研究所……つまり国営の組織だ。
 民間の怪しい企業が相手じゃ無いんだから、そんな警戒して契約内容を精査する必要なくない? と言うのが衣子の感覚。

サイ太郎

全否定。良くない。
全く欠片も良くない。
俺は主に奉仕し利益をもたらす存在だ。
主となる人間に物臭な一面があるのならば、それを矯正するのも…

衣子

はい、サインと印鑑やっといたから。
これで良いの?

サイ太郎

良くないと言ったはずだがッ!?

衣子

あーもう、無駄に走って疲れちゃった。
さっさと教室戻ってお昼の続き続き

サイ太郎

停止要請! 待て、待つんだ!
なんなんだこれは!? 先程までの渋り様から一転し過ぎじゃないか!?
女子高生とは信じたくない程に粗野な人物であると聞いていたが、ここまでか!?

衣子

粗野て……


 そこはせめて、聞こえが良い様に『女子高生とは思えないくらい適応力の高い強かな人物』と言ってもらいたかった物だ。

衣子

……まぁ、もう何でもイイや。
ほら、あなた私のSAIなんでしょ?
行こ


 嫌なモノは嫌。良いモノは良い。
 衣子の基本的な判断基準はこれだけ。

 さっきまでは『不審人物に妙な契約を迫られていた』から頑なに拒絶しただけ。
 サイ太郎は別に拒絶する必要の無い存在だと判明した以上、受け入れる。

 良く言えばシンプル、悪く言えば乱暴な思考である。

サイ太郎

おのれ古久佐衣子……
だが、俺の主となった以上、今後もその様な振る舞いが通じると思わないことだ…

サイ太郎

って、もうあんな遠くにッ!


 五限目、数学。

衣子

……と言う訳で伊戸数《いとかず》先生。
このサイ太郎くんは私のSAIなんで気にしないでください

サイ太郎

うむ。よろしく頼む

伊戸数先生

いや、気にしない様に努められる存在感じゃないんだけど


 衣子の席は教室のど真ん中だ。
 その席に寄り添って立つ見慣れぬ制服の少年。

 教師的には無視できる存在感では無い。

伊戸数先生

って言うか何? え?
国家プロジェクトで開発されてる人型SAI端末のテスト運用? もう何?
色々ともう気になり過ぎるんだけど

衣子

詳しくは話しちゃ駄目なんだそうです

サイ太郎

肯定。なので俺のことをSNS等への掲載することも推奨しない。
後悔することになる可能性が非常に高い

伊戸数先生

恐ぇよ。つぅかもう無理だよ。
気になり具合が半端じゃねぇよ。
今日はあんまり寝れなそうだよ

サイ太郎

ふむ……質問。
伊戸数教員、貴方の教職歴は?

伊戸数先生

ん? へ、あぁーと……

先生のSAI

代理返答。我がマスターの教員勤務が始まって経過した年数は今年で満一二年である

サイ太郎

考察。その年数ならばベテランと称するに差し支えない。ならば俺のことなど気にせずに授業を行えるはずだ。
頑張れば

先生のSAI

同意。我がマスターならば頑張れる

伊戸数先生

いやぁ、お二人さん、俺のキャパはそんなにデカく無いぞ?
過大評価やめてマジで辛い

衣子

先生、私も先生ならやれると思います。
頑張れば

伊戸数先生

いやいやいや、仮に俺がそのサイ太郎くんを気にせずに生きて行ける様になったとしてもな……こんなサトウキビ畑並にザワザワしてる教室で授業に集中すんのは厳しいわ

ユキ

みんな授業中だよー?
先生困ってるみたいだから、ね?

伊戸数先生

と言うか鈴繁、何故お前だけはそんなに平時の如くふんわりしてんだ?

ユキ

衣っちゃんのお父さん、昔から色々なんでもありの人だったしー…今更かなって思ってます

サッちゃん

同意。あのおっさんに一般常識を適用すんのは推奨しねぇ

伊戸数先生

何者だよ古久佐のパパ上様……

衣子

自他共に認める悪徳政治家です

伊戸数先生

……何か頭痛くなってきた

先生のSAI

報告。肉体的異常は検知できず。
精神的な症因があると推測。
最寄りの心療内科へのナビゲーションを…

伊戸数先生

開始しないで良いから

衣子

うーん……


 このままでは授業に支障が出てしまう。

衣子

サイ太郎、
仕方無いから授業中は廊下でステイ

サイ太郎

拒否。その命令は君の…主の不利益になると判断する


 授業を受ける時にSAIにも授業内容を記録、その主要情報をまとめさせ、後々の復習の際に効率的に活用する。
 それが現代の学生のベターな学習スタイルだ。

衣子

私、今までSAI無しでやって来たし……

サイ太郎

反論。主の成績は中の中程度だと聞いている。俺が今まで欠如していた部分を補うことで、更に上を目指せる

衣子

私にそんな向上心は無いんだけど

サイ太郎

反論。主に向上心が無くとも、主のために鬼の如く押し上げていくのが優秀なSAIの務めだ

衣子

………………

サイ太郎

報告。そんな不満気な顔をしても
俺がSAIである事実は揺るがない

サイ太郎

さて……要請。さぁ、伊戸数教員、授業開始から既に三分が経過している。
授業を始めてもらおうか

伊戸数先生

えー……何も解決してないんだけど……

先生のSAI

報告。彼の言い分におかしな点は見い出せない。マスターには教職員としての彼の要求を遂行する必要がある

サイ太郎

くくく……主よ、俺の優秀さを泣いてのたうち回る程に思い知らせてやるぞ……!

衣子

……………………

衣子

……もしかして、と言うか、
やっぱりと言うか……
こいつを所持するのって、結構面倒臭い?


 ……まぁ、どうにかなるかな。
 と衣子は軽い溜息のみで適当に不安を処理し、授業に臨むことにした。

 こうして、衣子とサイ太郎の共同生活が始まったのだった。

 

 補足情報
『SAIの持つ権限』

サイ太郎

SAIは基本的に所有者の行動へ強制介入はできない。
SAIはあくまで、所有者に『最も効率的かつ快適な結果に繋がる選択肢を推奨する』ことを本分とする

サイ太郎

ただし、所有者の行動が居住国の法律に抵触すると判断した場合は例外だ

サイ太郎

所有者が犯罪行為に及ぼうとした場合、SAIは速やかに警告。
所有者がその警告により『本行動が犯罪行動であると承知した上で継続する場合』、SAIはそれを制限する権限を獲得。
SAIのみで制限が不可能なケースである場合、自己判断で警察機関への通報が可能となる

サイ太郎

SAIのみで制限対処が可能な例としては、SNS等への違法性の高い投稿・違法アップロードやダウンロード、及びストリーミング視聴などのネット犯罪がメインになる。
それらを制限、妨害、阻止することで、所有者に健全な生活を継続させる訳だ

サイ太郎

このことから、俺の情報がネット上で拡散されることは極めて低い。
国家機密をSNSへ投稿するのは立派な国家反逆罪だ

サイ太郎

それに、SAIを介さずにどうにか情報をアップできたとしても、それを看過するほどこの国は甘くないぞ。
俺を外に出すと言うことで、電脳情報省の情報警戒態勢は凄いことになってるらしいからな

サイ太郎

主のクラスメイトが突然に不自然な転校をした場合……まぁそう言うことだろう

彼はデジタルそのもの《後編》

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