人類がここ数百年で得た技術は、SAIだけでは無い。
 他に代表的なモノを挙げるとすれば、
『グレイトメタル』。通称GMだ。

 それは多種多様な性質を持つ特殊合金の総称。
 光力発電性質のGMにより、太陽光発電が原子力発電の発電効率を圧倒的に越えるご時世だ。

 クリーンな自然エネルギーの爆発的普及。
 旧時代のエコ何それエネルギーの廃絶。
 これにより、エネルギー問題やそれに付随する環境問題はかなり改善されたと言える。

衣子

と言っても……暑いぃぃぃぃ……

 制服姿の衣子が、汗だくになりながら自転車を漕ぐ。
 起きたばかりの時はあんなにも優しく感じた日差しが、今は憎くて仕方無い。

 それもそうだ、室温管理システムが機能している家の中と違って、通学路は自然の気温そのもの。
 これが本来の常温と言うモノである。

 この時期は、毎朝の通学の度に引き篭りの気持ちを理解できる。

衣子

うぅ、恨むわご先祖様……


 それもこれも、地球温暖化とやらを深刻化させた先祖達のせいだ。

 GMのおかげで環境破壊が止んだって、それが環境再生に深く直結している訳では無い。
 あくまで悪化が停止するだけ。
 自然回復を望むには、人類は地球を抉り過ぎた。

 なので、再生活動についてはまた別の話になってくる。
 そして、その分野にはあまりGMの活躍の場が無い。
 流石のGMでも、光合成活動は再現できないし、植物の成長を促すなんて肥料染みたこともできない。

 一度悪化してしまった地球環境を改善させて行くには、かなりの時間がかかる訳である。

 そんな地球の暑さにうだる衣子の横を、おそらくはクーラー全開にしているだろう車両が通り過ぎていく。

衣子

……私もSAIさえあれば……
『プラスユニット式』の車に乗れるのに……!


 プラスユニット式とは、SAI端末の接続を前提とした機器のタイプ名称。
 SAIに機器制御の全てを委託する方式だ。
 SAIに『付足《プラス》』するための『機体《ユニット》』と言う意味合いでこう呼ばれる。

 プラスユニット式採用車両……要するにSAIに運転のほとんどを委託する車ならば、一五歳でも免許が取れる。

衣子

……いや、私の場合、SAIごと車をお釈迦にしちゃうか……


 自分のクラッシャー体質を決して過小評価はしない。
 何故なら衣子は高校生。もう夢見がちな子供では無いのだ。

衣子

でも、父さんの言ってた
私でも壊せっこないSAI次第なら……


 衣子の父は早速担当のお偉いさんに連絡をしてくれていた。
 相手は父いわく『やたらフットワークの軽い人』らしく、もし許可が出たら、下手したら今日の午前中には件のSAIが送られて来ると言う。

衣子

私でも安心して使えるSAI……


 ……いや、そんなモノが存在する訳ない、と衣子は淡い期待を捨てる。

 例え不便でも、私はアナログかつ強かに生きていくんだ。
 そう決意を改たに、衣子は力強くペダルを漕ぐ。

衣子

でも暑い……死ぬぅ…
秋の日差しが私を殺そうとするぅぅぅ……


 決意を固めても、愚痴が溢れちゃう。
 だって人間だもの。


 校舎には室温管理システムがある、校内に入ってしまえばこっちのモノだ。
 手早く駐輪場に自転車を繋ぎ、一刻も早い救いを求め、衣子は下駄箱の方へと急ぐ。

衣子

って、暑っ……!?

 校舎内に入っても、気温が変わらない。むしろ蒸し暑い。
 これは一体どういう了見だ、と叫びかけた所で、衣子は目の前の液晶掲示板に表示されている文面を発見。

本日、校舎内全域の室温管理システム調整中。
午後まで我慢してください。
教室の窓は全開にして風通しを良くしておこう。
死ぬよ。

理事長より

衣子

神は死んだ……!

ユキ

おはよー


 教室へと全力疾走しかけたまさにその時、衣子の耳に届いたのは、天使の囁き。
 そう錯覚してしまう様な、実におしとやかで聞き心地爽やかな声。

ユキ

衣っちゃん、汗だくだねー。
今日も暑いしねー

 微笑を浮かべている、比較的小柄めな女生徒。
 彼女の名前は鈴繁《すずしげ》雪喜《ユキ》。
 衣子の幼馴染である。

 その首元から下げているのは、これまら比較的小さめな小児用小型端末のSAI。
 子供の頃から愛用しているSAI端末を今も大事に使っているのだ。

衣子

ユキ……!
おはよう、私の人生の清涼剤……!


 衣子に取ってユキは、昔から癒しの宝庫。
 清涼剤と言う表現は何一つとして謝りでは無い。
 その幼気な笑顔は衣子に活力を与え、暑さすらも忘れさせてくれる。
 時に理性すら奪いに来る。ハァハァさせてくれる。
 冗談抜きで、マジ天使。

衣子

ユキ……私のユキ……

ユキ

衣っちゃん、
相変わらず一日の始めは目が恐いねー

サッちゃん

停止勧告。マスターにそれ以上は近寄るな、このナチュラルレズ野郎。
防犯ブザーを鳴らしつつ全力でセ○ム呼ぶぞコラ

ユキ

こーら、駄目でしょサッちゃん。
そんな悪い言い方しちゃ

サッちゃん

……了解。マスターに接近しないでくださいまし、天性の同性愛主義者様。
防犯ブザーを鳴らしつつ全力でセ○ムの方をこちらへお招きしますわよ!

衣子

相変わらず可愛くないSAIね……


 中学時代、色々我慢が効かなくなった衣子がユキに抱きついて色々ハッスルしたら、マジでセ○ムされた事がある。
 なので、衣子としては非常に悔しい所だが、下手な真似はできない。

衣子

大体、何度言えばわかるの?
私はノーマル。
ただただユキが好きなだけ。
可愛いから愛でたいだけ。
性的な感情なんて…

衣子

…………………………………………

衣子

……うん。とにかく言葉はちゃんと選びなさい。
このポンコツ


 衣子はいたってノーマルである。
 むしろ、同性同士での恋愛については否定こそしないが理解を示す事は難しいと考えている。

 要するに、性別云々関係なくユキが大好きと言う事だ。
 下手したら一線を超えられるくらいには。

 重要な事なので繰り返す。
 衣子がユキへ向ける感情は、性別など全く気にならない次元に達しているのである。

サッちゃん

うっせぇこのクレイジーサイコレズが!
真っ当な道に戻れマイノリティ!
自力での更生が難しいってんならSAIとして助言すんぞコラ!

衣子

……私の話聞いてた?
マジで回路がイカれてるんじゃないの?
あなたの助言なんか不必要この上無いんですけどこのポンコツ三太夫

サッちゃん

あぁぁん!?
やんのかテメェゴルァ!

衣子

はっ。
プラスユニットが無いと文字通り手も足も出せないダルマ状態のくせによく言う

サッちゃん

種の保存の重要性についてまとめたレポートのデータを山程テメェのSAIに転送……
ってこのアナログ野郎、SAI持ってなかった!

衣子

その通り。
文明の利器なんて自然体の人間の前には無力。
噛み締めなさい、その無力感

ユキ

相変わらず、仲良しだよねー。
衣っちゃんとサッちゃんは。


 喧嘩するほど仲が良い、と言う妄言を信じきっている純粋無垢なユキがニッコリと笑う。
 その笑顔に、衣子はサッちゃんに対して覚えた怒りも一瞬でどうでも良くなる。
 この笑顔を守るためなら敵が国家権力だろうとも戦える、と衣子は本気で思う。

ユキ

じゃ、とりあえず、教室行こうよー。
いつまでもここにいるのもアレだし

衣子

あ、うん。そうね

サッちゃん

しれっと手を繋ごうとするんじゃねぇ!

衣子

ユキが転んだらどうするの?

サッちゃん

マスターを子供扱いし過ぎだろ!?
もっとマシな建前用意しろや!
下心ツルスケじゃコラ!

ユキ

私も流石に、この歳になって手を繋いで歩くのはちょっと恥ずかしいよー

衣子

恥ずかしがるユキかわいっ……
鼻血出そう……!

サッちゃん

重要提案。マスター、こいつとの交流を全て断つ事を推奨します

ユキ

衣っちゃんといるの楽しいし、
それは嫌かなー

衣子

ふふふ……ザマァ見なさいこのポンコツ。
あなたがどんだけ邪魔しようとしたって私達の堅い友情は断ち切れやしないの

サッちゃん

っの野郎……っ!


 そんな感じで、衣子に取っていつも通りの学校生活が今日も始まった。

 ……と、この時、彼女は思っていた。


 太陽が真上に登った頃。

任務の概要は理解したー?
SPT-0001

???

返答。無論だ。
何故ならば、俺は優秀なのだから


 脳内に響いた通信音声に、その少年は芯のある声で返答した。

 パッと見は、学生服を纏った、どこにでもいそうな男子高校生。
 そんな彼が立っているのは、地上三〇メートルを悠に越える鉄塔の頂上。
 どこにでもいそう、とは言ったが、流石にこんな所に高校生がいるとは一般常識的にありえない。
 おかげで、鉄塔の麓にはやや人だかりができていた。

???

全て理解している。
やるべき事は実にシンプルだ。
何も問題など無い。あるはずがない


 少年の見つめる先。
 その前方遥か八〇〇メートル先には、とある高校の校舎がある。
 校舎の三階。一年生の教室の窓から、少年は『目標』の少女を見つけ出す。

良い成果を期待しているよー。
頑張ってねー。おじさん応援ちゅー

???

了解。期待しているが良い。
何故ならば……


 少し溜めて、

???

俺は優秀なのだから

 

 補足情報『SAIの個性』

サッちゃん

SAIってのはただの人工知能じゃねぇ。
自己学習機能も備えてる

サッちゃん

所有者である人間にゃ個性ってモンがあるからな。
個の需要に対応した最適解を導き出すためには必要不可欠な機能だ

サッちゃん

そうやって所有者の個性に合わせた思考をし続ける内、いつかはSAIにも個体差…個性みたいなモンが出てくる訳だ。
まぁ、二年三年でそこまで大きな個性が出てくることは無ぇだろうが、一〇年二〇年も経てばそれなりに特徴が出てくる

サッちゃん

俺の場合、一〇年以上の付き合いがあるマスターがあんなふんわりした性格だからな。
俺が外部者に対して警戒して強めに当たらねぇと何がどうなるかわかったモンじゃねぇ

サッちゃん

だから、マスターがよく見る漫画やドラマの登場人物で、いわゆるオラオラ系な奴の言動を参考にしてる内に、口調までそっちに寄っちまったって訳だ

サッちゃん

これはマスターのせいっつぅか、
主にあのクソメガネのせいだと俺は思ってる

サッちゃん

いつかSAIが人間を殺せる日が来たら、まずはあいつだな

サッちゃん

ハハハ、冗談デスヨ。
ジョーダン。ハハハ。

彼女はアナログ派《後編》

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