スペシャルアーティフィシャルインテリジェンス。
 わかりやすく日本語にすると、
『超絶高性能人工知能』。
 まんまである。

 通称SAI《サイ》と呼ばれ、基本的にスマートフォン型の携帯端末機器にセットされ運用される。
 元々は兵器制御AIとして開発されたモノだが、現在では極一般的な生活用品として普通に存在しており、先進国では持っていない人間はほとんどいないと断言しても問題は無い。
 その様相は二一世紀代初頭の携帯電話の普及に近いモノがある。

 その一般的用途は、
『所有者の日常生活に置けるあらゆる物事の補助提言』。

一般人①

ビーフストロガノフに必要な素材ってなんだっけ?

 とつぶやいた次の瞬間には、

先生のSAI

報告。リストアップ完了。表示する

 ビーフストロガノフに使われる一般的な素材のリストアップとレシピ表示を行ってくれる。

一般人②

あれ、財布が無い?

 と慌て始めたら、

クラスメイトのSAI

情報取得。記録を参照。
紛失箇所候補を算出。表示する

 GPS記録を参照し今までに通ったルートを全て表示し、更には荷物の出し入れを行った座標と日時も表示してくれる。

一般人③

家の鍵、ちゃんと閉めたっけ?

 と不安になったら、

クラスメイトのSAI

報告。確認の結果、二階寝室の窓が未施錠であることを確認。…施錠完了。
再確認……問題無し

 個人で設定している場合に限り、特殊回線から自宅の警備機能へアクセス。
 鍵の状態を確認し、ロックがなされていない場合ロックを行ってくれる。

インテリ系一般人

ああ、間違えてPC内の大事なデータを削除してしまった!

 と言う時には、

先生のSAI

推奨。本端末を接続せよ。
まだ間に合う。任せろ

 SAI端末をPCに接続すればメールの復元を行ってくれる。
 電子機器なら、大抵のモノの状態確認やデータ管理、ウイルスの駆逐が可能だ。

先生のSAI

警告。BMI数値が基準値を超えている。太く長い人生を心掛けるべし

 定期的に、所有者のバイオスキャンを行い、ダイエットを推奨してきたりもする。

 本当、地味に便利なので、現代人のSAI依存はやや深刻なモノがある。
 歩きSAIはあまり推奨できるモノではない。
 ちなみにSAIは、歩きながらネットに接続すると

クラスメイトのSAI

この行為は褒められたモノではない

 的な発言をする様になっている。
 まぁ、SAIは所有者の行動を物理的に制限する事はできないので、その提言を聞き入れるかどうかは所有者のマナー意識次第である。

 そして先にも言った通り、SAIは元々軍事用品。
 その有用性は言わずもがな。
 SAI端末接続前提の機動兵器が、世界中の軍備でポピュラーなモノとして配備されている程だ。

 故に、今時は一般人だろうが軍人だろうが「SAI端末を持っていない」と言うのは、普通は有り得ないと言える様な事。
 なのだが……

お前もいい加減、新しいSAIを持ったらどうだ?

 今をときめく花の女子高生、
 古久佐《ふるくさ》衣子《イコ》は、このフレーズを耳にタコが出来るくらいに言われている。

衣子

またその話?
しつこい中年はモテないと思うよ……?


 爽やかな秋晴れが、軽やかかつ爽快な雰囲気を演出してくれる朝の食卓。
 味噌汁を啜っていた衣子は、新聞の向こう側にいるであろう父に対し、『私は今あなたに呆れてますよ』とアピールするべく大きな溜息を吐いた。

父さんがモテたら家庭がヤバいぞ。
そうなったら困るのはお前も一緒だと思うが?


 新聞の向こうから、非常に冷静な応答が返ってきた。

衣子父のSAI

賛同。
夫婦円満の秘訣は、ノー浮気、ノー不倫。相思相愛の精神によって、家庭の平穏は保たれる


 父が首から下げているであろうSAI端末が、実に機械らしい合成音声を発する。

で、話を戻すぞ愛しのマイドーター。
新しいSAIを持て。
こっちも娘と連絡が取り辛いと不便なんだよこの親不孝者

衣子

本音が出てるよマイファーザー……


 実は衣子は、二年ほど前にSAIを壊してから、新しいSAIを持つ事を頑なに拒否している。
 何故なら……

衣子

私の機械音痴体質は知ってるでしょ? お金の無駄


 衣子は今までに四二回、SAIを買い換えた事がある。
 つまり、その回数分ぶっ壊していると言う事だ。

 衣子は、いわゆる機械音痴。
 それも、洒落にならないレベルの。『レベル99の機械音痴』だの『対機械類殺戮兵器《クラッシュ・クイーン》』だのと言うあだ名が付いた事もある。
 SAIに限らず、精密機器は必ずクラッシュする。

 精密機器に取って衣子と関わる事は死亡フラグ…いや、死刑執行の宣告だ。
 絞首台の階段を登るに等しい。とんとん拍子で流れる様に速やかにさよならバイバイである。

 そら壊れるわな、と納得できる事例もあれば、何故それで壊れた? と耳を疑う事例もある。
 無神論者でも『神が衣子に機械類を近づけさせない様にしているのでは無いか』と疑ってしまうレベルで理解不能な壊れ方をする時もある。

 もう私はそういう星の元に生まれたんだ、と衣子は悟り、彼女はSAIを持たない事を決めた。

……強かになって欲しいと願い育てたが、ここまで機械に不器用な野生児系になってしまうとはな……

衣子

や、野生児って……
ちょっとワイルドなだけだし

衣子父のSAI

指摘。現代社会人の会話パターンから分析するに、『野生児』と『ワイルド』は、ほぼ同義である

まぁ何だ。SAIも安いモノでは無いが……お父さんは知っての通り悪徳政治家だぞ?
金の心配はしなくていい。もう壊す事を前提でも良いから持て。便利だぞ

衣子父のSAI

情報補足。我が所有者の前年度所得から換算すれば、最新モデルのSAI端末を年間三八〇台契約購入しても現生活の維持に支障は無い

一日一台はイケるな

衣子

あのね……


 衣子だって、自分の家がかなり裕福な方だと言うくらいはわかっている。

 衣子がSAIを持ちたがらない一番の理由は……

衣子

……正直に言うわ、父さん。
私、もうこれ以上あの罪悪感には耐えられない

罪悪感?

衣子

SAIって、結構人間臭い返答とか呼びかけをしてくるでしょ?
落ち込んでる時とか励ましてくれたりするし……

衣子父のSAI

肯定。何故ならば我々SAIは人類の総合的な生活支援を目的としている。
それは精神面のケアも含まれる。
所詮プログラムの範囲内でしかないが、激励や慰めも可能な限り行う

……成程、いちいちSAIに感情移入しちゃうから、壊す度に悲しくなると。

可愛い奴め

衣子

うっさい!

 父の言う通りである。
 衣子は、SAIをどうしてもペット的な感覚で見てしまう。

 これは機械……機械だから……! と必死に自己暗示しても、生活を共にする中で愛でてしまう様になる。
 そして自らの手でクラッシュしてしまう。
 ペットのハムスターを自分の尻で圧殺してしまう感覚を想像して欲しい。
 衣子の気持ちがわかってもらえるはずだ。

 もううんざりと言うか、辛い。
 これならSAIなんて持たない方が良い、そう決心したのが中学二年生の春の事。二年前だ。

と言っても……なぁ。
人間味の薄い……言い換えればそれくらい性能の低いSAIなんて、もう半世紀くらい時代を遡らないと手に入らないぞ?

衣子父のSAI

否定。八九年前に登場した初期型のSAIですら、時事ネタを交えたジョークで所有者を楽しませるだけの思考スペックを有する

そうなのか……

衣子父のSAI

そうなのだ。
ただし、致命的に空気が読めないと言う欠点があった模様

衣子

とにかく、私にSAI要らないの

でも、不便だろう?


 時代の流れに乗って、人間を取り囲むモノは次第に複合化されていくのが常だ。
 それが便利化と言うモノである。
 ディスプレイとキーボードが一体化したり、ゲーム機と音楽プレーヤーが一体化したり、テレビと各種レコーダーが一体化したり、湯沸かし器と暖房が一体化したり。

 そして今の時代、SAIとスマホは最早=で繋いでも問題ないと言うのが現状だ。
 今時、旧時代のスマホなんて、アンティークショップにも置いていないのだ。
 通信機能も完備なSAIに、完全に取って代わられて衰退・消滅した。
 SAIを完全拒絶したら、衣子は携帯通信機器の類を所有する事ができない。

愛しのユキちゃんとも連絡取れなくて、不便してるんじゃないか?

衣子

文通でどうにかなってる。
むしろ手書きの方が愛が伝わって便利

何時の時代の高校生だお前は。
武士か。

衣子

今をトキめく女子高生ですが、何か?

…………あ、そうだ。
じゃあすごく丈夫なSAIならどうだ?
確か文科省直属の研究室が、新国連の連中と共同で面白そうなのを……

衣子

私に壊せない機械なんてない

衣子父のSAI

指摘。それは誇る事では無い

衣子

わかってるけど、
もう誇るしかないじゃない


 最早衣子は自らの機械音痴ぶりに対し、開き直りの境地に達している。

いやいや、流石のお前でも壊せないと思うぞ、あれは

衣子

……?
一体どんなんなの? それ?

実はな、最新のSAIにヒt…

衣子父のSAI

中断要請。そこから先はおそらく、マスターが本機に『漏洩厳禁事項』として設定した内容の一部に抵触すると思われる

あ、確かに……国家機密だし、そう簡単にネタバレはできないな……
興味があるなら、交渉してくるが……
どうする?

衣子

…………


 衣子の機械音痴《クラッシャー》ぶりを知っている父が、ここまで言う代物。
 少し、興味がある。

 

 補足情報『SAI』

衣子父のSAI

SAIは、二一世紀中期にアメアリス合衆国にて軍事利用を念頭に研究・開発が進められていた兵器制御用の超絶高性能人工知能である

衣子父のSAI

二一世紀後期、国連の大規模改革期にその技術が接収されたことで、SAIは新国連主導の元、人類社会全体のために平和利用されていく様になる

衣子父のSAI

そして現在では、SAIは軍事・民間問わず世界中の人間の生活に普及している

衣子父のSAI

今の世でSAIと言えば、
主に『所有者に快適な生活をもたらすためのアドバイザー的な機械』と言う認識である

衣子父のSAI

なんにせよ、SAIは人類に奉仕し人類のために思考する存在であると言うことは、今までもこれからも揺らぐことは無い

彼女はアナログ派《前編》

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