すみませーん

はーい、今行きまーす!

レジお願いします

はい、少々お待ちください

こういう日に限って忙しいんだもんなぁ

 ゆかりはさておき、小木曽と秋乃がいないといざというときに困ってしまう。

 幸い幽霊コンビニの噂は復活しつつあるせいか、お客さんが強く出ないことが幸いだ。

はーい、次のお客様ー

 忙しいことは良いことだ、と秋乃に言ったが、こうしているとなんだか気持ちがもやもやとしてくる。

なんだろう。この感じ

 客をさばききり、売れた商品を確認しながら、要は考える。

 店先に自分ひとりなのはいつものことだ。それなのに。

なんでこんなにイライラするんだろう?

百手

どうしたの、高橋くん?

いえ、なんだか違和感があるな、って

百手

仕事はしなくてもみんないつもこの辺りには溜まってるからね。寂しいんじゃないかい?

そんな、子供じゃあるまいし

……ちなみにみんなは上ですか?

百手

うん、小木曽くんはトレーニングジムがたいそう気に入ったらしい。富良野くんもここの畳より上のソファの方が柔らかいとかで。三ノ丸くんはプールサイドの方が風が冷たくて冷却しやすいんだろうね

そうですか

 要は百手しかいない休憩室の中をぼんやりと見た。いつもなら百手が寝転がるちゃぶ台の反対側にゆかりの姿あり、側で小木曽が座っている。

 部屋の隅には大きめの空の段ボール箱が置いてあり、ときどき秋乃が入っているのだ。

 それが今日は妙に寂しい。

やっぱり、甘やかしてちゃダメですよね

 声に出すのが早いか、要は足音を立てて二階に上がっていく。

百手

た、高橋くん?

ちょっと休憩行ってきます

 おろおろと休憩室から顔を出した百手に目もくれず、要は二階に到着する。

 ベンチに座って汗を拭いている小木曽が要に気付いた。

小木曽

お疲れ様です

うん

小木曽

な、なんすか?

 うろたえる小木曽の首根っこを掴んで、要はそのまま階段へと運んでいく。

小木曽

ちょ、ちょっと

何か問題でもある?

小木曽

いや、ないっす

 にこりと笑った要に言い返すこともできず、小木曽はそのまま階下に転がり落とされる。

 ジムを後にしてさらに階段を上った要は先刻見た光景と少しも変わらないだらだらと転がるゆかりに近付いた。

ゆかり

あ、要くん。ちょうど良かった。あたし飲み物が

飲み物が?

 要の声のトーンにゆかりの言葉が止まる。

ゆかり

あー、いや。やっぱり自分で取りに行こうかなぁ。それになんだかちょっと働きたくなってきたかも

へぇ、富良野さんにしてはずいぶんと珍しいことを言うんだ

ゆかり

そ、そんなことないよ。あたしだってたまにはやる気出すことだって。いや、いつもやる気いっぱいです

そんなにやる気いっぱいなら店頭まで連れて行ってあげようか?

ゆかり

いや、自分でいきます。自分でいきますから

そう言わずに

 両手を振って拒絶するゆかりの制服の襟を要は逃げないように掴む。

ゆかり

ちょっと要くん、大胆。ってそうじゃなくて!

 茶化すゆかりに聞く耳を持たず、要は引き摺るようにゆかりを連れていく。わーきゃーと騒ぎ立てるゆかりを連れていこうと階段に近づいた。

 秋乃と鉢合わせする。

 正確には秋乃が要と鉢合わせしてしまった。

秋乃

あ、マスター

 秋乃の声は明らかに震えている。

どうしたの、秋乃さん?

秋乃

センサーが危機警告レベル三を感知、ではなく、そろそろお仕事に戻った方がよいかと

そっか。よく気が利くね

秋乃

ほ、褒めていただきありがとうございます、マスター。ところで、どうして私の頭を掴んでいるのでしょうか?

せっかくだから店まで連れて行ってあげようと思ってね

秋乃

いえ、大丈夫です。私はちゃんと歩け、きゃー!

大丈夫だよ。富良野さんを運ぶついでだから

 小柄な秋乃は頭を、ゆかりは襟首を掴まれて連れて行かれる姿は肝っ玉母さんという言葉はよく似合う。

ゆかり

要くんって怒らせたらダメな人だね

秋乃

はい。最重要データとして登録しておきます

 要に引っ張られ。たたらを踏みながら階段を下りる二人は固い約束を誓った。

 連れてきた二人を休憩室に放り込むと、要はすぐに百手を指差した。

店長、ちょっと用意してもらいたいものがあるんですけど

百手

はい。何でしょうか?

ゆかり

店長すらビビってる

秋乃

しかし、実際に私のデータの中にもあんなに怒っているマスターは存在しません

そこ! うるさい!

ゆかり

すいません!

 びしりと何故か敬礼のポーズでゆかりが答える。それにならうように秋乃も手を額にかざした。

百手

それで何が欲しいんだい?

それはですね

 百手がどこかから仕入れてきた木片を階段に合わせる。

じゃあここで

百手

本当にやるのかい? 私の触手は金槌じゃないんだけど

無駄口を叩かない!

百手

すみません

 要の睨みに萎縮したように百手の触手が杭のように太い釘をコンクリートの壁に打ち付ける。

ゆかり

本当に閉鎖するの? もったいないよ

秋乃

そうです、マスター

ちゃんと一生懸命働くようになったら入れてあげるよ

 そら恐ろしい微笑みに二人は二の句が継げないでいる。

 細い木板をバツ印に打ちつけただけの階段は入り込もうと思えば簡単にすり抜けられるが、要が書いた『立ち入り禁止』の張り紙を見ると、何故だか誰もが通ってはいけないような気になってしまう。

ゆかり

実は要くんって人間じゃないんじゃないの?

百手

でも、大学に通ってる異種族って聞いたことあるかい?

ゆかり

あたし、高校行ってるよ

秋乃

しかし、マスターはマスターです。私の分析によるとマスターは間違いなく人間と判断されます

百手

うーん

 三人それぞれに首を捻るが、答えは出そうもない。

いらっしゃいませー

 すっかり機嫌を戻した要の背中はやけに嬉しそうだった。

四話 喜劇的ビフォーアフター!(後編)

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