一意専心、初志貫徹、敢為邁往、猪突猛進。
人が何事かに夢中になる言葉は、古今東西を問わなければいろんな言葉がある。
つまりそれは、自分のやりたいこと、目的へ向って一直線になる人がそれだけ多いということだ。
そしてそれは、今僕の目の前で精力的に動き回っている少女――相月奈緒にも当てはまる。
一意専心、初志貫徹、敢為邁往、猪突猛進。
人が何事かに夢中になる言葉は、古今東西を問わなければいろんな言葉がある。
つまりそれは、自分のやりたいこと、目的へ向って一直線になる人がそれだけ多いということだ。
そしてそれは、今僕の目の前で精力的に動き回っている少女――相月奈緒にも当てはまる。
どうやら彼女は先日の事件以降、完全に僕を『名探偵』と勘違いしてしまったらしく、探偵部なるものを立ちて僕をそこの部長に祭り上げた挙句、どこそこかまわずに僕を『先生』と呼び慕い、さらには探偵部の部員確保のためのチラシを作ったりと忙しく立ち回るようになった。
当然、僕は推理なんてできないし、この間の事件も偶然に偶然が重なった挙句、犯人――先生が勝手に自滅しただけなんだけど、僕がいくら奈緒にそう言ったところで、彼女の僕へ対する勘違いはほどけなかった。
ちなみに、家族でも恋人でもないこの少女を僕が下の名前で呼ぶようになったのは、部活を立ち上げた直後に彼女が放った一言に理由がある。
さぁ、先生!
今日から探偵部始動です!
張り切って事件を解決しましょう!
あ~……あのさ、相月……
意気揚々と部室へ向かおうとする彼女におずおずと声をかけると、相月は頬を膨らませながら僕を振り返った。
先生!
は、はいっ!?
今日から私は先生の弟子で、助手なんです!
いわば、ホームズでいうところのワトソン博士!
あるいは、明智小五郎でいうところの小林少年なんです!
そんな助手であり弟子である私に、そんな他人行儀な呼び方はやめてください!
今日から先生は私を名前で……、それも呼び捨てで呼んでください!
いや……
小林少年は『小林君』って呼ばれてたような……
ともかく!
今後、先生が私を下の名前で呼び捨てにしてくれるまで、私は返事をしませんからね!
僕のツッコミを無視して、しまいには僕が名前で呼び捨てないと返事すらしなくなってしまった。
こうして僕はほぼ強制的に相月を奈緒と呼ばなくてはならなくなり、さらに僕を『先生』と呼ぶのを止める機会を逸してしまった。
とまぁ、そんなことがあって僕は彼女を『奈緒』と呼び捨てるようになったのだけど、そんなものは慣れの問題で大したことではない。
問題なのは……、
お願いします!
俺もこの探偵部に入れてください!
そんで先生に弟子入りさせてください!
部室となった空き教室で、一人の男子生徒が僕に向かって全力で土下座をしていることだ。
人に土下座された経験なんて一度もない僕が完全に戸惑っていると、僕の隣でふんぞり返っていた奈緒が偉そうに口を開いた。
あなたの先生に弟子入りしたいと思う熱意は素晴らしいと思うわ……
けど、私も先生もあなたたちのことは知らないの
だから、まずは自己紹介をしてほしいのだけれど?
っ!?
すんませんした!!
俺の名は漢数字の一と正しく広いと書いて「にのまえまさひろ」っす!
いっちゃんとか、はじめとか言われますけど、俺も先生たちと同じ一年っすから気軽にマサヒロと呼んでください!
あなた……
初対面にしてはいきなりなれなれしいわね……
マジですんません!!
奈緒に向かって深々と腰を折るマサヒロ。
うん、どうでもいいけど、何でいちいちノリが体育会系なんだろうか……?
あと、何で奈緒はそんなに上から目線なんだろう……?
目の前で繰り広げられる二人のやり取りに、どこか置いてきぼりな空気を味わいつつ、ぼんやりとそんなことを考えていると、奈緒が顔をしかめながら僕に耳打ちしてきた。
先生……どうします?
こいつ、入部希望者みたいですけど……
ぶっちゃけ、私としてはこういう体育会系のノリって苦手なんですよねぇ……
何なら、入部テストとか言って無理難題を押し付けて、無理矢理断っちゃいますか?
奈緒が今まで見たことないようなゲスい顔をして、ゲスい提案をしてくるのを押しとどめて、とりあえず入部希望の理由を聞こうと僕が口を開いたときのことだった。
からからと部室の扉が開かれ、おずおずといった様子で一人の女生徒が顔を覗かせた。
あのぅ……
探偵部ってここ……ですか?
ええ……
そうだけど……あなたは?
だからなんで奈緒は初対面の人に対してもいきなりタメ口で応対するんだよ……。
もしかしたら先輩かもしれないじゃないか……。
そんな僕の内心のツッコミを無視して、二人の会話は続いていく。
えと……
私は曾我鏡花(そがきょうか)といいます……。
二年生です……
やっぱり先輩だったと、慌てて僕が謝ろうとするよりも早く、上下関係など気にしないとばかりに奈緒が訊ねた。
そういえばこいつ……、この間の事件でも先生にタメぐちだったっけ。
それで?
うちに何か用?
依頼でもしたいの?
えと……
実は私……
ストーカーされてるみたいなんです……
一瞬言いにくそうに口ごもった曾我先輩は、けれどすぐに意を決したように話し始めた。
最初は何だか視線を感じるかな?って程度だったんです……
でもそれは私の気のせいかもしれなくて……
それで……気にしないようにしてたら、今度は私が自分の部屋で着替えてるときの写真とか、宿題してるときの写真とか……
そういうのが下駄箱に入れられるようになって……
私……怖くなって友達に相談して、部屋のカーテンをいつも閉めるようにしたんです……
それから少しの間は写真とかなくなったんですけど……
また写真が入れられるようになったと?
こくり、と曾我先輩は頷き、かばんから数枚の写真を取り出した。
受け取った奈緒の横から覗き込むと、そこには雌伏姿の先輩の姿が、大写しになっていた。
今までは遠くから私の部屋を写す感じだったんですけど……
最近はまるで部屋の中に入って撮ったようになってて……
私……もうどうしたらいいか……!
涙を流す先輩の肩を、奈緒が優しく抱きとめる中、まだ部屋にとどまっていたマサヒロが至極当然のことを口にした。
警察に相談はしたんすか?
はい……
だけど、警察は取り合ってくれなくて……
部屋の中に家族以外の誰かが入った証拠もないですし……
相当辛い思いをしているのだろう、先輩はさっきから肩を震わせている。
そんなつらそうな顔を見せられると、正直にいえば何とかしてあげたいと思う。
けれど、素人探偵の奈緒と勘違いで探偵部部長にされた僕とでどうにかできる問題でもないような気がする。
だから、先輩には申し訳ないと思いながら頭を下げて断ろうとした矢先だった。
よっしゃ、先生!
ここは俺たち探偵部の出番ですね!
え……っ!?
ちょっ……!
確かに私たちの出番だけど、あなたはまだ探偵部ではないのよ、マサヒロ?
勝手に仕切らないでちょうだい?
仕切るのは先生よ!
あの……引き受けてくれるんですか!?
驚きに満ちた顔をする先輩に、奈緒が任せとけとばかりに胸を叩いて、期待に満ちた顔で僕を見る。
しまった……完全に退路を断たれてしまった……。
内心で盛大にため息をついた僕は、半ばやけになりながらも頷くしかなかった。