アサヒが途方に暮れた頃であった。先ほどから遠巻きにちょこちょことアサヒを追いかけていた小さな魔物たちが一斉に近づいてくる。

近づいてきた魔物がよく見え、それらが小さな老人の顔をした小人だと気づくと途端に恐怖が浮かぶ。

アサヒの声から悲鳴が漏れた。小人たちはアサヒの足を掴んでひっくり返したのだ。中にはその反動で転がっていく小人もいる。丸々とした彼らの動きはそれでも統率が取れており、アサヒの身体を囲んだ。

恐ろしくなってアサヒが叫ぶ。しかし、小人たちはぺちゃくちゃと何やらアサヒには分からない言葉で話していた。そしてアサヒの身体を持ち上げはじめた。

アサヒが慌てて叫んでも森の中、誰にも聞かれずにその声は木霊した。

…*…

暫くアサヒが運ばれて辿りついたのは森の奥深くを抜けた先にある、切り立った崖であった。小人たちは崖につくとアサヒを放り捨てて自らはまた森の木のある場所まで下がっていってしまう。

混乱したアサヒの目の前に真っ白な人がいた。

まず目についたのはその髪。珍しい程に純白の髪は前髪と襟足だけが長く、風になびいている。
服も全て白で統一され、その人物の立つ空間だけがこの世の物とは思えない光景になっていた。
地面に放られたアサヒに気づかないのか、その人はゆっくりと切り立った崖の方へと導かれるように歩いていた。伏せられた睫毛も白く、その瞳が何色なのかは分からなかったが恐らく崖を見ていないのだろう。どこか宙を浮くようにふらふらとしている。

アサヒは気づくが早いか、その白い人の元へと走り出していた。森の方で小人たちがきゅーきゅーと音を立て、何故かアサヒには応援のように聞こえていた。

走り出したスピードのまま真横から突進し、二人は大きく横へ倒れ込む。

必然的に、突進したアサヒがその人物の上に覆いかぶさるようになり、その時ようやく目が合う。

髪も睫毛も肌も光そのもののような白さを持つ中で一点だけ、金色と朱色の交じった不思議な色をした瞳。ぱちぱちと瞬きをしてアサヒを見ていた。

天使のような声とはこういう声のことなのだろうか。高いけれど性別のわかる、少年の声。アサヒはここでようやく、目の前の人物の生物が男であることに気が付く。アサヒは少年から飛び退くと言い訳をするように口を開く。

アサヒはその後の言葉が上手く出ず、息を飲むだけで終わる。少年は緩やかに起き上がると、大きく溜息を吐いた。

その言葉にアサヒは耳を疑った。天使のような少年から出てきたのは自殺を表す感情。

淡々と少年の言うことが理解できず、それでも直感的にアサヒは感じた。

少年の背丈はアサヒと変わらないくらいで、目線が交差する。とても無感情な瞳で少年はアサヒに言った。

大きく開いた少年の瞳はきらりと金色の面積が広がったように感じた。アサヒはそれを間近で見て息を飲む。

思案気に少年は呟くと、アサヒへと音もなく近づいた。美少年の接近にどきまぎしたがそれどころではない。

つい目の前で身投げしようとしていたから反射的に止めてしまったが、見た目の異様さも全て魔族なら理解が出来る。現実のものとは思えない美貌も魔族の特徴だ。

少年はここで初めて微笑を見せた。間近で見るその美しさと、同時に湧き上がる恐ろしさを感じアサヒの背筋が凍る。次に何を言うのか、全ての神経が張りつめていた。

その時、少年はゆっくりアサヒの額（ひたい）へと口付けた。

小さな悲鳴を上げたアサヒへ、少年は静かに宣告した。

その言葉にアサヒの周囲の気温が氷点下へと下がったように感じられた。
アサヒの額には、目に見えない魔王の力が封印されたのだった。