一体、これはどういう事よ?!


本日何度目になるのかも分からない、混乱したアサヒは目の前の元魔王と名乗る少年に突っかかった。

だから……、今から君は魔王になったんだよ


あくびをしながら少年はとても眠そうに答える。そしてアサヒが襟をつかんでいるというのに目を閉じてしまった。手を離すとだらりと少年はその場に倒れる。

えっ、何?!

怪我でもしていたのかと見ると、すやすやと寝息が聞こえた。

本当に寝てるよこの人!何なの本当?!

そこで狙ったかのように、アサヒの周りに森に引っ込んだはずの小人たちが集まり始めた。少年とアサヒを取り囲むように並んでいる。一人だけ長い髭を生やした一回りだけ大きい小人が前に出てきて転びそうになるのを堪えて居住まいを正した。

新たな魔王様、おめでとうございます


小人たちの声が鮮明に“ヒトの言葉”としてアサヒの耳に聞こえる。

え……?!なんで、なんでヒトの言葉を喋っているの?


アサヒの顔色を見て小人が説明した。

私たちが喋っている言葉は魔物や魔族の言葉。けれど、魔王になった暁には人間でもその言葉を理解することが出来ます。私たち魔物は、死にたいと仰り私たちを振り払い自殺を図る魔王様を守るためにここまで貴女を連れて来、こうして晴れて貴女が魔王となったので、今度は貴女様を守ります


言葉は理解できても、言っていることが分からずアサヒは目を白黒とさせる。先ほど、この白い少年が言っていた言葉、そして小人の長が言った言葉、全て一致させるとつまり――――

わ、私が魔王なの?!?!?!


アサヒの声は山々を木霊して消えていった。
自分をこんな目に合わせた張本人、白皙の少年は傍らで眠り続けている。
…*…

あなたたちの言いたいことは大体分かってきたわ。今の魔王が死にたがりやで、魔物であるあなたたちは魔王を守らないといけなくて、でも止められなかったから止められそうな私を連れてきた。でも魔王が気紛れに私に力を譲ったから、今度は私も守らないといけないわけね


ふーっと大きな息を吐いてアサヒは言う。ここは畑近くの森の中。あの後、白い少年は眠ったまま起きず、とりあえず少年を小人の大半に運ばせながら案内をしてもらった。あれだけ森に迷ったのは小人の魔法か何かだったらしく、小人たちの案内で数分とかからず畑が見える場所まで来ていた。

でも、それにしたって何で私が魔王なんかをやらなくちゃいけないのよ

切株に座ってアサヒは二回目の溜息をついた。先ほどの興奮から、今は少し冷静になっている。

勇者登録したばかりの私が魔王だなんて、笑い話にしかならないじゃない。

しかし、魔王の仕事は誰かがやらなくてはなりませぬ!こう言っては何ですが、元魔王のこのお方は、魔王の地位に憂いて憂いてまともに仕事をなさらなかったのです


確かにそうだろう。今もこうしてぐっすり眠る少年が魔王だなんて信じがたい。それでなくても、純白に彩られたこの人物がどんな魔王の仕事をするのか想像がつかないのだ。頬に手をつき、暗い気持ちでアサヒは地面を見る

とは言ってもね……私は完全にとばっちり食らってるだけじゃない。私に魔王の仕事をしてなんて期待しないでよね

しかし、私たちがこうして畑に出没するのを監視していた勇者様でしたが、今回の仕事は関係なくないのではないでしょうか?



小人の一言にアサヒは顔を上げる。

それってどういうこと?

元々私たちはヒトの暮らす畑で食糧など取りたくはないのです

じゃあ、何で……

それは、私たちが暮らしていた土地が別の魔物の侵入によって暮らせなくなってしまったからです。食糧も全部その魔物に横取りされてしまい、こうして仕方なくヒトの畑から拝借を……

それじゃあ、その魔物とやってること一緒じゃない!

ですが……私たちも生きるために仕方がないことで……。こうした弱い魔物は魔王様が救ってくださらなければずっと泣き寝入りするだけなのです



ようやくアサヒは引っかかっていたことが理解した。

魔王を守る……とか言いながら、結局は魔王が魔物を守らないといけないんじゃない。確かに、こんなひ弱そうな男じゃねえ……しかも自殺願望がすごくあるみたいだし

地面でぐっすりと眠る白い人は寝返りを打って近くの小人を巻き込んでいた。

なんだかまだよく分かってないけど、この小人たちの話が本当なら今回私が請け負った仕事にも関係あるし、一応その“侵入してきた魔物”の様子でも見てみようかな


アサヒは一旦、小人と少年を森に待たせて雇い主の農家へと帰る。
小屋へと帰ると心配した奥さんが待っていた

アサヒちゃん、昼休みから森へ行ったまま帰ってこないから本当に心配したのよ?!

あ、奥さん……。すみません、ちょっと小人たちと話しをしてて

え?!

いけない、普通の人は魔物と喋ったり出来ないし!

いや、話っていうか何で最近になって畑に来るようになったんだろうーって調べてたんです

仕事熱心なのねえ、でも危ないことはしちゃいけないわ

バレてない、良かったー。でも勇者業って危ないのが普通だと思うんだけどね……

大丈夫です。あと、原因も分かりそうなので暫く別のところに出かけています。その間は小人も畑に入らないので安心してください

そうなの?


奥さんは首を傾げていたが、アサヒは無理にでも納得させた。
…*…

で、これからその魔物に会いに行くんだけど、小人たちも一緒に来て案内してくれるよね?


ここで小人たちを好き勝手にさせたら、アサヒが居ない間に畑に行ってしまう可能性も考え提案する。しかし小人の一部は寝ている少年から離れられない――否、寝返りの拍子に小人を巻き込んだまま動かなくなったようで、少年に掴まれたり挟まれて動けない小人が数人いた。

コレ、は、いつまで寝てるの?


小人たちに聞くと首を横に振るばかりである。アサヒは少年の耳元で大声を出したり揺さぶったりしてみた。が、起きない。面倒になって置いていこうと思ったが、いくら自分を勝手に魔王にした元魔王だとしてもこの森の中に置いていくのはアサヒの人間的な罪悪感が許さなかった。

もー……そろそろ起きてよ

……ん?


白い睫毛がぴくりと動いて少年が目を覚ます。ゆっくりと開いたその瞳は朱色一色になっていた。

あ、起きた


アサヒが見ていると、白い少年は上半身を起こしてぐるりと辺りの様子を見、小人とアサヒの顔を見、再び横になろうとした。

ちょ、ちょ、ちょっと!また寝ないでよ!!小人たちに説明してもらったとはいえ、あなたのせいで私酷い目にあってるんだから!!!

ああ……、誰かと思ったら新しい魔王だったか


あくびをかみ殺す仕草をしながら、少年はその瞳をまたアサヒに向ける。

何、自分でやったこと忘れかけてるのよ!

うーん……でも本当に魔王続けるなら死にたかったし、君が死ぬの止めたんだから君がその代わりに魔王になっても良いと思うんだよね


先程よりも少し砕けた口調、少年は真っ直ぐとアサヒを見て続ける。

それに、きっと君なら魔王になっても大丈夫だよ

な、な、何が大丈夫なのよ?! それに、今気づいたらあなたのこと何も知らないし! 突然魔王にされても困るっての!


アサヒが捲し立てるとその勢いに驚いたのか小人たちが少年の影に隠れる。その様子も少しアサヒの癇に障った。

知らないって言われても……僕は、魔王であるために生かされてた存在だし、名前も“魔王”以外に無かったよ

え、そうなの?

元々本当は違う奴が魔王になるはずだったんだ。でも、運命が変わって魔王になる人がいなくなった。代理で魔王としての器が必要になってね、僕が生かされた。それだけだよ

この人、魔王とかっていう以前に全然……無気力というか、これじゃあ死にたかったっていうのも、生きる意味が分からなくてっていうことだったのかな


アサヒは少年の頭からつま先までを眺める。全てが真っ白な少年は、その意思や存在さえも白く、何も無かった。

これが、今までの魔王だったなんて……

そしてアサヒはあることを決める。

分かった。じゃあ、魔王になるはずだった人の代理のあなたの代理として少しの間なら魔王の仕事やってあげる、でもその間にあなたはあなたの死なない理由を見つけて“誰かの代わりじゃない魔王”になって、マシロ

マシロ……?


アサヒの言葉の最後に引っかかり、少年は目を瞬かせた。

全身真っ白だから、マシロ。魔王になるまでのあなたの仮の名前よ

まさか人生で、元魔王に名前を付ける日がくるとは思わなかったけど、名前が無いんじゃ呼びにくいし、魔王の仕事も少しの間だけだったら何とかなるかもしれない



アサヒの楽観主義と悩むより実行の考えは就職難で仕事がなくても勇者になれば良いと決めた時と同じように鋼のように強いものであった。

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