エクリールは鎧を着けた男をじっと見ていたが、やがて目をそらした。
幸いにも、サジェスには気づかれなかったようだ。
おぉ、ようやく来たか
っ!
なるほど、お客さんは1人だけとは言ってなかったね
本当に、朝ごはんかきこんで正解だったよ
…………
エクリールは鎧を着けた男をじっと見ていたが、やがて目をそらした。
幸いにも、サジェスには気づかれなかったようだ。
朝早くにすまぬな。私は国王軍上官のフラッペだ
へえ、美味しそうな名前だね!
失礼だろう。というより、まだ腹が減っているのか
はっはっは!天才殿は面白い冗談を言う
フラッペは豪快に笑うと、サジェスの手を力強く握った。
サジェスも、少し顔をしかめながらも握手に応じる。
あの……私は……
実は君によい話があるのだ。国王陛下は君の研究にとても関心を寄せている。よければ、我が軍の専属魔導士として迎えたいそうだ
へえ、とても光栄な話だ。ボクのようないち学生には身に余る賛辞だよ
けど、少し考える時間をくれないかい。どうせ緊急の用事ではないのだろう?
……そうだな
ほんの一瞬、フラッペの顔がかすかに歪んだ。
しかし、すぐに何事もなかったかのように話し始める。
食えない男だと、エクリールは思った。
もうひとつ話がある。これも軍からだ。君は発火魔法のエキスパートと学園長から聞いている。そこで、鉱山の発掘のために強力な発火薬を作ってほしいのだが
うん、それはかまわないよ。他の属性と調合する必要があるかもな。じゃあ早速……
余計なことはしなくていい。成果だけあげてくれれば良いのだ
ピリッ
部屋の中の空気が一気に重くなる。
サジェスの目が細くなる。
エクリールにも緊張が走る。
相手は国軍だ。サジェスの態度次第で牢屋に入れることも、捕まえて処刑することもできるのだ。
とりわけ、フラッペは過激派と聞いている。
最悪、自分が間に入らなければ……。
その時、学園長がまあまあと慌てて飛び出してきた。
フラッペ騎士様、そろそろ朝の業務の時間では?サジェスには私からもお願いしておきますから
む、もうそんな時間か。礼を言うぞ、学園長殿
ではな、サジェス・エフォール殿。先の話も併せてよい結果を期待している!
フラッペはまた豪快に笑うと、マントを翻して出て行った。
はあ、とサジェスが大きく息を吐く。
ありがとう。助かったよ、学園長
礼を言うのは後でいいんじゃない?もうひとりお客さんいるんだから
……………………
部屋の隅で沈んでいる少女を見て、エクリールはもう一人の客の存在を思い出した。
フラッペの存在感があまりに大きくて、完璧に忘れていた。
いいんです……気にしないで。どうせ皆私のことなんて見向きもしないんだから……
しかも、筋金入りにナイーブな少女だった。
待たせてごめんね。改めてお話聞かせてくれるかな?
はいっ!喜んで!
話を振られた途端に目に見えて元気になった。
私、この近くの病院で働いていますフェイールといいます。実は、サジェスさんにお願いがあって来ました
うん、フェイールさんだね。それで、ボクにお願いって何かな?
サジェスが聞くと、フェイールはまたうつむいてしまう。
すみません。本来ならこんなこと、サジェスさんみたいな有名人に頼むようなことではないと思ったんですが……
そんなの気にしないで。逆に有名人扱いされる方が、ボクは嫌だな
ご、ごめんなさい!
私のお願いは……
ある女の子に、会ってほしいんです
やあ。キミがシャンス・スーリールさんだね
……………………
紹介されたのは、個人病棟の少女だった。
表情は険しく、とてもサジェスを歓迎しているようには見えない。
サジェスの傍にはフェイールがついている。
エクリールは表情が怖いからという理由で、病室の前までの付き添いになった。
ボクはサジェス・エフォール。フェイールさんから頼まれてね。キミに会いに来たんだ
……………………
シャンスという少女はサジェスのことをじっと睨んでいたが、突然隣に立っていたフェイールに言った。
ボソボソと小さく、だけど明らかに不快だと分かる声で。
……………………先生
う、うん。何かな?
シャンスは緩慢な動きでサジェスを指さす。
まるで、いじめっ子を先生に教える子供のように、強い敵意を持って。
どうして、こんな人を呼んだんですか
えっ…………!
待ってシャンスさん。フェイールさんは何も悪くないんだ。ボクは自分から…………
帰って
サジェスの動きが止まった。
シャンスから発せられた言葉は、拒絶以外の何物でもなかったのだから。
帰って、ください
……分かった。今日のところは帰るよ
サジェスさん!?
じゃあシャンスさん。また来るね!
……………………
シャンスの厳しい視線に見送られながら、サジェスは病室を後にした。
To be continued...