覚悟を決めたことと、解決できることはまた話が別問題だ。
具体的には、どうすれば良いの？
覚悟を決めたことと、解決できることはまた話が別問題だ。
何もする必要は無いよ
けれど、チーシャはあっけらかんと、前提を覆すようなことを言い放った。
……は？
風船から空気が抜けるように、覚悟がしぼんでいくのを感じる。
まず、前提として、ここは夢の中だ
歩き始めた子供を窘めるように、チーシャはゆっくりと言い聞かせた。
そんなことはわかっている。
けれど、それでも許せないと思って、チーシャはそれを肯定したのではないのか。
悪夢を見たところで、影響があるとすれば、その日の気分ぐらいだ
よく、わからない。
それではなんのために、チーシャは私の前に姿を現したのか。
僕は夢の中の住人、自分の住む世界くらいは綺麗に保ちたいだろ？
チーシャは高慢な口調でそう言い、口とは裏腹に困ったようにため息をつく。
けれど、僕たちは所詮、夢の中の住人。人間たちの生み出した物語の残滓が、夢という集合無意識の庭に住み着いただけ。夢の主が居る以上、雑草を刈ることすら許されない立場だ
つまり、悪夢を倒すのは自分たちの都合であると言い切った。
けれど、佐藤くんは今、実際に泣いてる
人影たちに、或いは自分の持つ何かの負い目に責められる彼は、確かに居る。
それを経験で知っている。
夢なんて物は余程の事が無い限り、現実には影響しない。ここで彼の悪夢を終わらせても、寝覚めがよくなるに過ぎない
あくまで無意味だとチーシャは言ってのける。
そこで、ようやく気付いた。
なんだ。チーシャって皮肉っぽいだけなんだ
……なんだって？
無意味だって、そう言ってやらない選択肢を私にくれてる
多分、チーシャは私が昔、夢が原因で避けられていたのを知っているのだろう。
だから、どうにかする事が出来るということと、やっても意味が無いということを並べた。
…………
けれど、私は決めたんだ。夢はもっと希望があった方が良いって。だって、私が昔見たみんなの夢はもっとキラキラしてた
そんな夢を見るのが楽しくて、人の夢を盗み見ていたのだから。
そうだね。君たちは殊更そうだ。自身の夢を見られないからこそ、他人の夢に理想を求める
言われてみれば、そうなのかもしれない。
うん、それにさ。たとえ、 寝覚めがよくなる程度でも、悪いよりは良いと思うし
チーシャはその言葉を聞いて、笑った。
うん。そこまで言ってくれるなら。もう何も言わないよ
私はどうすればいい？
ここは夢の中、彼の夢は彼の認識の中以外、未確定の情報の海だ
どういう意味？
チーシャの言葉は難しくてわかりにくい。
君たちには理解しにくいことかもしれないけれど、ここには地面がない、空がない、つまり空間はない
器用に指を……指、といって良いのかは微妙なところだが、指を立ててチーシャは説明を始めた。
ん、私はここに居るよ？
夢の中とはいえ、私はここに立っている。
それは君の認識の中だからだ。彼が君を認識すれば、落ちる
落ちる？
彼が認識しているのは、自分と悪夢、それ以外は、足場も何も彼は創造していない、そしてこれは彼の世界だ
ごめん、もうリタイア。頭がショートしそうだ。
降参と両手を挙げて、説明を求める。
言っていることは理解できるが、そこから導かれる結論を推測できない。
うん、まぁ、とにかく。君は確定しなければいけない。じゃないとどうしようもないって思ってくれれば良いよ
そもそも、確定って
それも、やり方は教える。前に出て
言われるがまま、少し前に進む。
目を閉じて
瞳を閉じる。夢の中だというのに光を認識しているように世界が暗闇に閉じる。
不思議だ。目を閉じれば当然のように見えていたものはなくなる。
創造して、空を
暗闇に青空を想像する。
晴れ晴れとした青、太陽の日差し。
それは私の憧れる空。
想像が波紋を広げるように、手を叩いて、音の波に乗せるように空を広げて
想像する。
脳裏に抱く空を手に乗せて。
柏手が鳴る。
波紋が宙に染み渡る。
そのまま、目を閉じたまま。次は地面を設定する
想像する。
遙かなる草原、それは自由の象徴。
何者にも阻まれない、孤独の世界。
水面の波紋が広がるように、つま先から草原が暗夜の視界に、波に乗って投影されていく。
目を開けて
チーシャに請われるまま瞳の中に描いていた幻想を解放する。
そうして瞳が映したのは私の想像通りの世界。
広がる青空に、見渡す限りの青い草原。
想像した世界が創造されていた。
って服が変わってるぅ――――！？
全体的に猫のような、というか、チーシャを被っているようなコスプレ衣装になっている。
うん。それは僕が君をサポートしやすくする為の衣装だ
自身で見える範囲ではあるが、自分の姿を確認して思う。
――――これは流石に恥ずかしい。
チェンジで
悪いね。メモリを使い切っちゃった
始める前に心が折れそう。
このドＳ猫どうしてくれよう。
準備完了だね
よくない。主に私の心が準備中だ。
平常通りじゃないか
それもそうだが、悔しい。
というか、心を読むのはヤメロ。
君は分かり易すぎる。まぁ、君たちは大体似たり寄ったりだし、夢の中だから読みやすくなってるっていうのもある
プライバシーは死んだ。
ついでにプライドもね
酷すぎる。
まぁ、ここまで顕著に心を読めるのは僕が君の衣装を顕現させているときだけだ。体動かすの得意じゃないでしょ？
ぐぬぬ、否定できない。というか、体動かすって、もしかして……
うん？ あぁ、まぁそういうことだよ。はい、じゃあ戦おうか
まるで、近所のスーパーに買い物に行こうというように気軽に告げる。
戦う……って
視線を佐藤くんの方に向けると、人影は風景を除けば、相変わらずだ。
改めてよく見ると人影は学生服を着込んでいるように見える。
あれと？
背丈は２メートルほどだろうか、体格のいいマッチョな西洋人があのくらいの大きさなイメージがあるが。
そう、悪夢と戦う。それが君たちの能力の正しい使い方だ
おう、そこじゃないのだ。
こんな普通の女子中学生が戦えるとでも思っているのだろうか？
夢と現実を混同しちゃいけない。君が戦うのは夢の中だ。なら、やりようはあるだろう？
含みのある笑いでチーシャは人影を見据える。
運動苦手かどうか関係あるんだよね？
体を動かす感覚は今まで通りだ。
手を握ったり開いたりして確かめるも現実と変わらず。
そのための衣装です。パワーアシストスーツならぬ、アクションアシスト…………ぐ、もうひとつAを揃えたかったのだけれど……！
名前が出てこないらしい。
ともかく、理屈はわからないが。どうやら運動が苦手でもどうにかなるらしい。
彼の意識の隙間を縫って夢の支配率も上がった。君が背景を確定できたのはその証拠。次は、悪夢だ。思いっきり鮮烈に、苛烈に、激烈に、彼自身に敗北を連想させるくらい派手にうち倒せば、悪夢は消える
……だから、デザインがこんな派手なの？
印象づけるのなら、コスプレ衣装は効果覿面であろう。
こちらの精神にも効果覿面ではあるが。
まぁ、伝統芸能って側面もあるけどね
チーシャの言葉に頷く。
変身して、悪夢と戦う。
それは少女向けアニメの伝統芸能に近いモノだ。
じゃあ、行きますか！
んー、まぁ、一回行ってきなよ
なにか、含みを感じる言葉ではあるが。
最近の魔法少女っていったらこういうモノでしょう！！
チーシャを置き去りに、人影に向かう。
地を蹴ると現実とは違い風を斬る音が聞こえる。
速い――――！
視界の端で流れる草原が高速で流れる。
大凡（おおよそ）、その速度は現実ではあり得ない。
というか、速すぎて怖い！！
大丈夫、体はイメージ通りに動くよ
近くには居ないはずの、チーシャの声が耳元に響いた。
原理はわからないし、少し驚きはしたモノの……けれど、チーシャを信じる。
普段、体を動かす感覚から思考を乖離させる。
ゲームのキャラクターを操作するように体を動かし、人影に拳をぶつける。
物理的っ！？
チーシャのツッコミは、どうやらこちらの予想外の行為に対してのものであるようだ。
私の拳にかかる質量は人影の大きさから推測するより軽かった。
感触は特大の水風船を殴りつけるようなもので、あまりにあっけなく人影は吹き飛んでいく。
なんだ……？
当然、その音に反応して佐藤くんが顔を上げてこちらを見た。
その瞬間、夢の主に認識されたことによって、その僕である人影が静止した。
とりあえず、話さないと。
え、と。わ、わた、私は
情けないことに、先ほどの勢いとは真逆に言葉がつっかえる。
視線は宙を彷徨うし、頭の中はグルグル、グルグル。
スロットが回るかの如く。思考は空回りし、何を言うつもりなのかすら忘れてしまった、
だから、視線を外してしまった私の隙を、人影は突いてきた。
吹き飛んだ個体とは違う。左右に一体ずつ、鏡あわせのように人影は拳を突き出してくる。
命中。巨体から繰り出された拳はそれなりの速度で私という小さな存在に当たる。
衝撃は軽い、けれど。痛い、痛覚的に、神経は、脳は、ナンの痛みも訴えかけていないクセに。
認めない。ありきたり。つまらない。くだらない。面白くない。気持ち悪い――――
脳が焼け付く――！
しっかりして。その痛みは、気のせいだ！
気のせい？
ザクリ、ザクリ、ザクリ。そう、刃を突き立てられるようなこの痛みが気のせい？
また、愚か者が出てきた
佐藤くんはそう呟き。幽鬼のように、ゆらりと立ち上がる。
不思議なことに、人影はそんな佐藤くんを護るように私の前に立ち塞がった。
一度、退くよ！
首根っこを掴まれて引きずられるように、あるいは釣り上げられた魚のように後ろへ飛ぶように引き寄せられる。
どうやら、チーシャの仕業らしい。
そういえば、サポートをしやすいように。とも言っていたか。
後方に置いてきたチーシャの隣まで引きずられると、呆れた顔でチーシャは苦言を呈してくる。
うん、一回戦ってとは言ったけれど。まさか殴りかかるとは
どうやらこちらの脳筋プレイに不満のようだ。
解せぬ。
殴り倒せるとは思わなかったよ。本当なら、イイユメツールを使って悪夢を倒すものなんだけれど
イイユメツール……？
悪夢を倒すための道具だよ
そんなものがあるのにどうして最初から出さなかったんですかねー
疑問はどうやら置いておくしかないらしい。
近づいてきた佐藤くんはこちらを見ると邪悪な笑みを浮かべて、口を大きく開いた。
はっはー！ 魔法少女だぁ！！ 魔法少女は焼き討ちじゃあ！！
人影を侍らせながら、佐藤くんはよくわからないテンションでこちらに向かってくる。
というか、塞ぎ込んでいた時との前後の不一致がひどい。
うーん、あのテンションは僕も初めて見るタイプだなぁ……
そんなチーシャの呟きが、夢の空に溶けていった。
【くそねみ補完計画（コンテスト）開催中】
「くそねみまじかる」の世界観を踏まえた
ストーリーを作って投稿しよう。
【投稿のルール】
「くそねみまじかる」のあらすじ、
下記の条件を踏まえたストーリーであること。
１．主人公眠井朝華のアイコンを使用すること
２.悪夢を抱える人に出会う
３.夢の中に入る
４.イイユメツール（秘密道具）を使って悪夢を解決する
５.何かしらのオチがある
御伽ねこむ「くそねみ補完計画」コンテスト詳細については、こちらのバナーからご覧ください。
