夢から覚めるときはいつだってそうだ。
もう少し見ていたいとねだるか、もう嫌だと顔を背けて逃げ惑うか。
どちらにせよ、微睡(まどろみ)の時は終わり。
本日は晴天ナリ――――悪夢の続きを目覚めよう。
薄ピンクのカーテンから差し込む太陽(アンチクショウ)にオハヨウゴザイマス。
伸びを一つ眠気眼(ねむけまなこ)に活を入れる。
今日も元気に挨拶を。
夢から覚めるときはいつだってそうだ。
もう少し見ていたいとねだるか、もう嫌だと顔を背けて逃げ惑うか。
どちらにせよ、微睡(まどろみ)の時は終わり。
本日は晴天ナリ――――悪夢の続きを目覚めよう。
薄ピンクのカーテンから差し込む太陽(アンチクショウ)にオハヨウゴザイマス。
伸びを一つ眠気眼(ねむけまなこ)に活を入れる。
今日も元気に挨拶を。
ネムイ……もう朝か
言って1人 恥じらう花の乙女、そんな私の名前は眠井朝華(ねむいあさか)。
鬱だ、学校に行くのが。
身だしなみを整え、朝食を済まし、歯を磨いて静かに家を出る。
一連の流れに迷いはない、人生にも迷わなければいいのに。
そんな益体もない考えを責めるように注ぐ憎らしい晴天の陽ざしを、UVカットクリームが防いでくれる。
だから根暗なのか、許すまじUVカットクリーム。
通学路を歩いていると方々に主婦の皆々様、朝早くからご苦労様です。
あとこっち見ないで、UVカットは視線をカットできないの。
ひそひそと始まる井戸端会議に飛び込んでいった私という話題。
議題は多分、あの子また遅刻よ。多分これ、私が越してきてからのトレンドに違いない。
よく見るとお隣さんの鈴木夫人も混じっていらっしゃる。佐藤さんだったかしら?
こそこそと呟かれる会話と視線から逃げるように、目を合わせずに早歩きで道を急ぐ。
軽くトラウマを刺激されながら癒しを求めて学校に到着、富岡中学校と刻まれた高そうな表札の下に備えられたインターフォンをプッシュ。
だって、校門が閉まっているんだもの。
はい
聞こえてくるのは渋いおじさまの声、教師だろうか?
なんにせよ運がない。
ね、ね、ね、ねむ、ネムイです
どもりながらなんとか名字を告げる。
は?
カメラ越しに伝わる私の意思。
でも違うのそうじゃない、これじゃあ遅刻の原因を堂々とどもりながら告げているだけじゃないか。
に、2年生の眠井です
呆れが怒気に変わる前に訂正できた。
ドキドキするのは恋心?
いいえ、ただのコミュ障です。
あぁ、例の
そんな言葉に耳鼻を刺激される。
だって涙が出ちゃう。コミュ障なんだもん。
そんなこんなで施錠されていた校門脇の小さな扉が開錠された。
毎日使っているのだ。最早、開け慣れた。
校内は静かで、裏のグラウンドから響く体育授業の声が微かに聞こえるだけだ。
チクリと、胸が痛んだ気がする。
2階に私の所属する教室がある。
おそらく授業中、私は階段を上らず、そのまま直進。
道を間違えたわけではない、人生を間違えただけだ。
直進すると職員室、華麗にスル―。わずかに残る教職員から刺さる気がする視線を躱(かわ)しながらそのままイノシシのようにわき目もふらず歩いていく。
事務室を越え、目指すは癒し、つまり保健室だ。
お、おはようございますぅ
慣れた手つきで扉を開き、慣れない挨拶。
見慣れた部屋は、白を基調に今日も清潔感に溢れかえっている。こういうと寧ろ汚そう。
あら、おはよう眠井さん
白亜の神殿に住まうのは女神か天使か、白衣の天使とよく言うが、ナース服ではないしそもそも中身が普通のおばちゃんである。
きょ、今日もよろしくお願いします
えぇ、大丈夫よ。眠井さんは勉強ができるんだし、ゆっくりこの学校に慣れることから始めましょう
優しさが目に染みる。なんだ、天使か。
数時間の自主勉強、幸いなことに、教科書に書かれている内容は暇に感じる程度には理解できている。
んんー
ノルマを達成したからか、急な眠気が私を襲う。
教材をカバンに入れて、眠気の命ずるままに聖域に逃げ込む。
そこは仕切り用の白いカーテンに包まれた個室だ。
というより、ベッドだ。完膚なきまでにベッドだ。
転校してから、ほぼ毎日、自分が使っているベッドは一部では開かずの間ともうわさされているらしい。
決して覗いてはなりませぬ。
そんな馬鹿なことを考えながらベッドへダイブ、ついでに夢の中へゴー、ダイブ。
昔から、夢の中に入るのは得意なのだ。
食い違いは、些細なことだ。
もともと、眠井朝華という少女は活発で、悪戯が好きなどこにでもいる夢見がちな少女だった。
そんなことを理解できないまま、しないまま、気付かないまま友人に接しているうちに、先に他人が気付いてしまっただけだ。
誰かの夢、どこかの夢。それは本来、共通することのないもので、共用するものでもない。
そんな当たり前のことを知るのが遅すぎて、気付いた時には奇異の視線にさらされていた。
1人でいる私を見かねた両親が引っ越してまで新しい環境を用意してくれたけれど、ダメだった。
その時には人が怖くなってしまっていた。
不登校になるには両親の夢は重く、教室に行くには現実が重すぎた。
あるいはいっそ、不登校になって部屋に閉じこもってしまえば。
すいません、ベッド使わせてくれませんか?
そんな声が、夢から私を掬い上げた。
男の子の声、時計を見れば未だ授業中、仕切りのカーテンの隙間から覗き見ると見覚えのある顔だった。
あれ、先生いないのかな……?
確か、クラスメイトの――――
転校初日、もしかすると教室に入れると思ってクラスメイトの顔は写真で事前に覚えていたのだ。無駄な努力である。
くそ、あいつら
悪態をついて、隣のベッドにもぐりこんでいく男子生徒。
隣で男子が寝ていると考えると心臓が高鳴るが、これは多分、男子だからとかじゃなくて他人とのニアミスが原因。
なんと繊細な心臓なんだろう。毛生え薬で強化できないだろうか。
もう二度と、学校なんか来てやるもんか
おぉ、同志よ。そういって飛び込んでいけたら、多分学校なんて来てやるかとは言わない。
息を殺してしばらく身を縮こまらせていると、寝息が聞こえてきた。
自分のことは棚に置くにしても眠るのが早い。
もしかすると、生活時間の狂った引きこもりさんなのかもしれない。
つまり、私の上位種。
ぐっ、やめ……
そのうえ、見ているのは悪夢らしい。
少し、気になる。
久しく、夢を観てはいなかったのだけれど。
これは悪癖だ。こんな興味本位が、己を滅ぼすと知っているのに、できるから押さえられない。
そっと、隣に眠る男子生徒に意識をフォーカスして、目を閉じる。
やることは、眠るだけ。
眠って、夢を観る。
――――瞼の裏の暗闇で、沈むように、前後不覚の深海を進む。
揺蕩(たゆた)う無形の思考の数々が、魚のように意識の海を漂っている。
感情の魚は歓迎しているのか、あるいは拒んでいるのか、色とりどりに発光しながら私という異物を観察している。
そんな中、耳を澄ますと微かに聞こえる声、声、声。
ささやき声は、波のさざめきのように寄せては返し、ノイズのようにうまく聞き取れない。
だからこそ、毒のように、身に染みる。
ここは深層心理の入り口だ。
木組みの扉が、ただそれ単独で、ふと目の前に現れる。
扉にはネームプレートが吊り下げられていて、そこにはこう書かれている。
シュガーゴッド――――と。
いや、これペンネームとかそういった類だろうこんな奴初めて見た。
扉が開く。
彼、佐藤くんが誰かに認めてもらいたかったのか、自ら招き入れるタイプは初めてだ。
というか、こいつ我が強いなぁ。とか考えていると視界が強い光に覆われていく。
やがて、視界が晴れると遠近の狂った絵画の中にいるような世界に紛れ込んでいた。
黒い人影が、何かを囲ってクルクルとささやきながら踊っている。
まるでキャンプファイアーのようだなと場違いにも思った。
囲まれているのは、先ほど見た男子生徒シュガーゴッド佐藤くん。
膝を抱えて、泣いている。
そんな光景を見て、私はいらだった。
小さい頃、覗いた夢はもっとキラキラと輝いていて、覗くのが楽しい物だった。
黒い人影は意味を成す言葉を発していない。
それはつまり、佐藤くん自身、何を言われているのか理解できていない証拠だ。
そんな、曖昧なこと で夢の中(ここ)に逃げ込むなんて不幸だ。
助けたいと、身勝手にもそう思う。
同じところにいる私がそう思うのはきっとひどく高慢で、けれどこうやって夢を見られるのだから何かできるはずだとも思う。
ふと、肩に重みを感じた。
他人の夢の中で重み?
ようやく、自覚したね?
こいつ、
脳内に直接――――!?
やっと、君の夢の使い方に気付いたのか
肩に乗ったのは嫌に毒々しい紫色の猫のぬいぐるみ。
夢の中だからか、妙にデフォルメされた顔が腹立たしい。
え、なに。なんで私に触れるの?
今まで、夢の中で何かに触れられたことはない。
だというのに、この猫は確りと私の肩の上に乗っている。
んー、何者か、と問われると、さて、夢の国の住人にそれを尋ねるのは現実的じゃないね
器用に、猫の手足で腕を組み足を組む。
紫色のぬいぐるみのような猫、甲高いけれど、女性ではない。少年の声。
現実的って……
夢の中で、何を言っているのか。
名前は、そうだね。チーシャとでも名乗ろうかな
チーシャは宙に浮くと丁寧にお辞儀する。
様になっているのが腹立たしい。
で、なんなの。夢の使い方って?
佐藤くんの周囲の人影は未だに彼を中心に回っている。
君の思っている方法であっているよ。
夢とは想いだ。その想いに干渉するには、やはり、強い想いが必要なんだ
想い、そんな綺麗な感情ではない。
これはただの八つ当たりだ。
――――けれど、そんな感情でも、何かが出来るのなら。
うん、君たちはやっぱりそうでなくちゃいけない
それはきっと、間違いじゃない。