草原を駆ける3つの人影、学ランを着た無貌の兵隊が、将の指示で敵を追う。
人影から繰り出される6つの拳は、いくらイメージの通り動かせる体があるとはいっても捌ききるのは不可能で、何度も吹き飛ばされている。
草原を駆ける3つの人影、学ランを着た無貌の兵隊が、将の指示で敵を追う。
人影から繰り出される6つの拳は、いくらイメージの通り動かせる体があるとはいっても捌ききるのは不可能で、何度も吹き飛ばされている。
はっはっはっは! 近頃の魔法少女は貧弱だなぁ!!
凶悪の表情を浮かべる佐藤くんは歩いてくる。
それは、悪夢に怯えていた様子とは真逆に見える。
そんな佐藤くんを見て、チーシャは眉を顰めた
んん、やっぱり、あれは本人じゃないねぇ
本人ではない?
そう、多分。あれは彼の悪夢だ
それはわかっているのだけれど。
返事をする余裕はなく、追撃してくる人影は私に向かって拳を突き出す。
それを、不格好に回避する。
その不格好さをチーシャのサポートが補正してどうにかこうにかやり過ごせている格好だ。
あの少年自体が、彼の悪夢。これは、初回からやっかいだなぁ
本人は別にいるってこと?
隠しボス的な、アレなのだろうか。
どちらかというと、多分、神の視点的な……とにかく、イイユメツールを創らないと。悪夢を崩せない
そう、それだ。イイユメツールとはなんぞや。
高笑いを浮かべる佐藤くんは、ひとまず置いておくにしろ。
人影は攻撃の手を休めない。
名前の通りだよ。いい夢を見させる道具(ツール)。それがイイユメツール……創り方は想像するだけだね
想像、そして打ち倒せる物となると。
――――槌だろうか。
ポン、などという効果音が聞こえるくらいたやすく。
私の体の半分ほどもある槌が手の内に顕れていた。
重さは感じない。このサイズの槌なら間違いなく重いのだろうが。
君って、意外に……
チーシャが失礼なことを考えた気がするが、気にしない。
だから、槌を振る先にチーシャが居ても気にしない。
危なっ!?
横に振った槌は人影に命中すると、軽快にその人影を紙をバラバラに裂くように散らした。
残り2体。
なんと、我が配下が敗れるとは……しかし、仲間の死は……強化イベントだ!
人影の敗北を見た佐藤くんがそう叫ぶと、残り2体の人影の動きが目に見えて素早くなった。
……裂けた。おかしいな、適正ツールじゃないのに倒せるとなると
チーシャの呟きを頭の端に留めながら、槌を使って人影に応戦する。
どうやら強度が上がっているらしく、拳と槌を突き合わせているにも関わらず、倒せない。
ジリ貧に立たされて、数合、槌と拳を打ち合っていると青空と草原が歪んだ気がした。
まずいな。僕たちが夢に入って結構な時間が経った。となると、そろそろ目が覚めるかも
はぁ……はぁ……どうなるの?
夢である以上、夢から醒めるのは当然だ。
この世界が彼の夢である以上、彼が夢から醒めると強制退去だ
げ……つまり、再チャレンジ?
佐藤くんが次に眠るタイミングがわからない以上、これをラストチャレンジにしたいのだけれど。
会話している私を隙だと思ったのか、人影が拳を振りかぶりながら直進してくる。馬鹿め。
えいっ!
虚を突いて、槌を人影に投げる。
避けられなかった人影は槌を腹で受け、その部分から割れて散った。
このままチュートリアルとはいかなくなったか……いいかい朝華、イイユメツールはその人物の悪夢を終わらせるための道具だ
それが先ほど言っていた適正ツールなのだろうか。
というか、チュートリアルという言葉が聞こえたけれど気のせいだろうか。
また同志が敗れた……なんたる悲劇、なんたる惨劇。これは奥義を使うしかあるまいよっ!!
佐藤くんは舞台に立つ役者のように叫ぶ。
すると、残った最後の人影は佐藤くんの傍に寄ると黒い靄になる。
仲間の力を借りて敵を倒す。なんと、ありふれた……いや、王道!!
黒い靄は黒衣となって、それを纏った佐藤くんは両手を広げ宣言する。
というか、これ佐藤くん(偽物らしい)ごと倒しちゃっていいのだろうか。
うん、やっぱり。その彼が悪夢の根源だ。珍しいな、自身の姿をした悪夢か
投げた槌を再び創造すると、無言のまま投げつける。
両手を広げる佐藤くんはそのまま飛んできた槌を体に受け入れ。
意に介すことなく槌を弾いた。
君は夢の中では昔のやんちゃに戻るなぁ、本当に
呆れるチーシャに視線で効いていないようだが、どういうことだと問う。
簡単だ。彼の悪夢がクラスメイトからのイジメであったのならあの人影が悪夢本体のはずで、さっき君が作ったツールでは傷つけることもできなかったはずだ。けれど、人影は倒せた。君がこの夢の支配領域を広げたところで、悪夢の本体。意識の中心は倒せないのだからあれは彼の作った背景のようなものだったのだろう
相変わらず、この猫は話が遠回りだ。
そのせいで――――
揶揄誹謗、言葉は刃の如く!
佐藤くんが声高に台詞を叫ぶと、青い空にガラスのような透明の、無数の刃が顕(あらわ)れた。
無知蒙昧な者どもよ。剣(ことば)の鋭さを理解するといい――――!!
その刃は割れたガラスのように無秩序、無軌道に、私に向かって降り注ぐ。
刺さる、切れる。冷静さを保てば、物理的ダメージは夢の中だからかないのだが……
理解する。この痛みは、批判の痛みだ。
心無い、いじめの言葉ではない。
彼は、そんなもの気にも止めていなかった。
では、この批判は、何に対する?
耐えるんだ。その痛みは彼の痛みだ。それを理解して、彼自身が受け入れられる道具が、彼の悪夢を砕くイイユメツールだ
なるほど、つまり。考察しろ、と。
ここは彼の夢の中、だから判断の材料もここにあるはずだ
くっ、密談はヤメロ!!
忌々しげに、佐藤くんは刃の量を増加させる。
その刃を受けながら、考える。
彼が今、感情を昂らせたのは。
密談、聞こえない――――声
それを彼は彼に対する批判と受け取っている。
突き刺さる刃の感情は――――
つまらない……?
ぴたりと、佐藤くんの刃の群を指揮するように動いていた腕が止まった。
つまらないといったか、お前。一体、何がつまらないというんだ?
ぎょろりと、瞳を私に向ける佐藤くんは先ほどとは打って変わって無表情だ。
つまり、何か心当たりがあるのだろう。
貴様らは、いつも、いつもそうだ。役に立たん批判ばかり、具体性のない批判など毒にしかならんということを知らず。ただただ無遠慮に告げるのみ
それが、彼の淀み。
無貌の批判を受けていると錯覚している彼自身の悪夢!
批判を恐れて、何かができないというのが佐藤くんの悪夢なのだろう。
行動を思い返す。連想するのであれば、あの演技のような口調も何かに繋がるはずなのだから。
あぁ、そうだ。クラスメイトのやつらも、何も知らずに批判しているに違いない。あぁ、だから、面白くないなんてありえない!!
佐藤くんは再び、腕を振り上げる。
よく見れば、草原の歪も大きくなっている。
つまり、時間がない。
大きく、大きく、大きく。我が剣は、あらゆる理不尽を断ち切る言葉の刃なり!!
振り上げた手の先には巨大に過ぎる大剣。
あれを受けるのはマズい。さすがに、夢から弾かれるよ
なるほど、見た目からして、あれは一撃で私を倒せるモノだ。
けれど、それは諸刃の剣だった。
その刃の先には彼自身もいることに気付いていない。
あ、あなたは、あなたも、つまらない……自分のことをそう思っているんじゃないでしゅか?
噛んだ。ある意味、まさかの展開だ、私にとっても。
――――なに?
けれど、彼は私の言葉に動きを止めた。
ありきたり、そ、そう! あなたは王道をありきたりと言おうとしてた。それはつまり、自身の……そう、自分の作品が凡庸であると思っているから!!
勢いに任せて口が回る。
けれど、思い返してみれば、私の言っていることは正しいのかもしれない。この夢に入るときに見た扉のネームプレートはペンネームの様なモノだった。
つまり、彼は何か、作品を書く人なのだろう。
人影が学ランを着込んでいたのはおおかた、クラスメイトの誰かに作品を見せようとしてアクシデントから批判されたのだろう。
わ、お、俺の作品は王道だ……そうだ。奇をてらった前の作品より。面白いんだ
佐藤くんの握っていた大剣は消滅していた。
思えば、彼が刃を用いたのは批判の鋭利さを刃に喩えていたからなのだろう。
ならば、彼に有効なツールは……これだ。
チーシャ、私はまっすぐ走る。だから、サポートは任せた
任された
途中から、チーシャの口数が減ったのは私が心の底から彼に対して振るう言葉を期待していたからだろう。
けれど、これを私が告げていいものか?
同じところどころか、それ以下の人間の言葉を、彼は受け取ってくれるのだろうか。
俺は、この、王道の作品で……有名に!!
再び、無数の刃が現れる。
それは将来、あり得るかもしれない批判。
けれど、まだ経験していない批判でもあるはずだ。
そうだ、夢はもっとキラキラとしているものだ。
そうなっていないのが嫌で、彼の悪夢を身勝手にも終わらせてやろうとしていた私がここで足踏みをするなんて、それは高慢を通り越して身勝手というものだろう。
なら、迷うのは失礼だ。
自分で面白くないって思っている作品が面白いはずが無いじゃない!!
叫んで、歪のせいで黄金に染まっている草原を駆け出す。
すでに結ぶべき希望の欠片は相成っている。
煩い、五月蠅い、ウルサイ!!
佐藤くんの指揮で刃が投射される。それを手に持ったもので打ち砕いていく。
砕けた刃はキラキラと、黄金の草原から受ける光を反射している。
なっ!? 俺の剣(ことば)が!?
怯え、語る前に、書きなさい! あなたの言葉で! あなたの面白いと思うことを!
私は驚愕している佐藤くんとの距離を詰めると、手に持ったもので彼の胸元を突いた。
ペンは剣より強いって言うでしょ? だからきっとあなたは他人の言葉には負けないわ
ひび割れる。それは佐藤くんの悪夢であり、この夢の世界でもある。
佐藤くんは自身の胸に突き刺さるペンを見て目を丸くして。
それ、使い方間違えているよ……
苦笑いを浮かべながら消えていった。
あれ、私、ミスった?
消えていった佐藤くんを見送り、消えゆく夢の世界で私は呆然と呟いた。
もしかして、最後の最後で失敗したのだろうか。
いや。破天荒ではあったけど。彼の悪夢は消えたらしい。むしろ、破天荒だったからかな?
薄くなったチーシャは猫面だというのに器用にも苦笑いを浮かべていた。
うぅ、若干ブーメランな部分があるから胸が痛いよ……
他人の言葉に負けている私が説教などと、なんてお前が言うな状態!
まぁ、次はもっと上手く出来るでしょ
え、次って何!? 私、若干もうこりごりなんだけど!?
夢が消える。佐藤くん目覚めはもうすぐらしい。
じゃあ、またね。くそねみまじかる朝華
ちょっ、何その名称!? こら、消える前に説明しろー!!
意識が浮上する。
夢を、見ていた。
それは荒唐無稽で、痛快で意味のわからない夢であったけれど。
とても、面白かった。
ふと、夕焼けの薄日で目を覚ます。
ここは、確か保健室のベッド。
そういえば、眠っていたのだった。
変な夢だったなぁ
無駄にはっきりとした映像だったし、起きた後に思い返せば、夢の記憶も割とはっきりしている。
あれ、そういえば。あの女の子って
ふと、自身のクラスに転入してきて、すぐに顔を見せなくなった少女を思い出した。
確か、この隣のベッドの、通称、開かずの間にいるらしいけれど。
こちらのベッドとはカーテンを隔てて1枚、 もしかしたらその影響であんな夢を見たのかもしれない。
けれど、ひさびさに寝覚めがいい。
間違いなく、いい夢だったと断言できるかもしれない。たぶん。おそらく……
だから、だろうか。
なんとはなしに、言いたくなった。
ありがとう。眠井さん
カーテンの向こう側で一瞬、彼女が動いた気がした。
恥ずかしいけれど、これはケジメだ。
明日は恐れずに読んで貰おう。
たとえ、酷評されたとしても、夢を書き続けたいと俺が思っているのだから。