橘杏子

慣れって怖い・・・

赤髪男を夜遅くまで待っていた日のお昼。


いつも通りの服の袖に手を通しつつ、
私は静かに考えていた。

最初は受け入れられなかった状況が
今はすんなりと受け入れ、普通に
仕事をしていると思うと慣れは怖いと感じる。

橘杏子

こんなところあるんだ。

社長はこんなところで団らんをしたのだろうか。

社長は奥さんを亡くしてから、
より一層仕事に励んでいたし・・・。

でもテラスにはカビや汚れ、勿論コケなども
一切なく、きっとお手伝いさんたちが
隅々まで掃除をしているからだろう。

そのせいか生活感を感じなくて
さみしい感じがするのか。

だから赤髪男は“帰れ”と
私に言ったとき、悲しい顔したのか。

橘杏子

なんだ、可愛いところも
あるじゃん・・・。

それは逆に“傍にいてほしい”
という気持ちの表れだと感じる。

きっと彼は自分の気持ちを悟られるのが怖い。
人間不信とは違うけれど・・・
彼は照れ屋なのだ。

素直になれない。それだけのことだ。


それなら、私が彼の世界を広げればいい。

お手伝いさん

すいません。
では失礼させていただきます

橘杏子

あ、ど~も~

服を着ることに抵抗は覚えなかったのか、
そんな疑問を胸に抱くものの、
無論、直接聞くわけにもいかない。

しかし、視線に気付いたのか
女の人は私の方に近寄ってきた。

お手伝いさん

何かご用件でも
おありでしょうか?

橘杏子

あ、あの・・・
服装について抵抗は
なかったんですか?

お手伝いさん

これが私の仕事ですし、
できることであれば致します。

いくら仕事とはいえ、同情する。
でもこのように信念を貫ける女性は
同じ同性として感心するし尊敬する。

橘杏子

因みに
誰に頼まれたんですか?

お手伝いさん

ご主人に。

橘杏子

やっぱり、社長か・・・

お手伝いさん

はい、でも勿論
始めは驚きました。けど

橘杏子

けど?

お手伝いさん

これがこの家族の在り方
だと思うので。

橘杏子

在り方・・・

なんか胸のつっかえが取れた気がする。
家族の在り方がこのフリフリの衣装とは言いにくい

けれど、こうして女性を呼んでいるのは
ただ単に女好きっていうのだけじゃなくて
お母さんの代わりになってほしいんじゃないかなって

お手伝いさん

では、私はこれで

橘杏子

ありがとうございます

どうせなら、素直な子になってほしい。
それで人生を無駄にしてほしくない。

世界が狭いなら、私が広げればいい。

だから、私がお母さん代わりになってあげる。

橘杏子

社長と結婚するっていう
意味じゃないからね?!

橘杏子

随分遅かったね・・・?
何をしていたか
説明してもらえるかな?

坂田結城

なんでそんな怒ってるの?

橘杏子

当たり前です!
今何時だと思ってるんですか!

坂田結城

それより、
帰らなくてよかったの?
終電もうないけど?

橘杏子

え、嘘!?

時計を見ると普通に終電の時間を過ぎていた。
お母さんになると決めたものの
大事なことを忘れていた。

坂田結城

それならさ、泊まってく?

橘杏子

帰らせていただきます

坂田結城

悪いけど、タクシーは
呼ばないからな。

橘杏子

そこら辺の漫画喫茶で
一夜を過ごしますよ。

坂田結城

命令。ここに泊まれ

なんだか、子供が甘えているようで
了承せざるを得なかった。

俺様の癖に上から目線の年下男だけど
素直になれない不器用なだけだと思うと
不思議とイライラも感じなかった。

坂田結城

なに笑ってる?

可愛くて仕方がないと思った。

だから、ほんの少しだけこの仕事を
任されてよかったと感じた瞬間だった。
そして年下への不安感が少しだけなくなったと思う。

橘杏子

ううん、何にも!

坂田結城

なんだ、普通に笑えるんだ

橘杏子

へ?

坂田結城

なんにも。

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