車の中で眠ってしまった天都は、誰かに叩き起された。
不機嫌そうに起きると、黒服の声で、誘導するから外に出ろと命じられた。
言われたまま、目隠しして連れて行かれる。
どれ程歩いたか。
やがて、取っていいと言われて、言われるがままに目隠しを取ると、そこはどこかの建物の洋室だった。

窓の外を見ると、何故か木々が生い茂っていた。
もしかして、森の中か何かだろうか?
何人か既に部屋の中には若者達がいた。
先客のようだ。
彼らに軽く会釈しながら、周囲を見て回る天都。

天都

こりゃまた……見事なもんじゃねえか

月子

恐らくですが、周辺の地域とは隔絶された、言ってしまえば陸の孤島というやつですね
どうせスマホも圏外でしょうね

天都

だろうな、お約束だ
そんなもん、一々確認するまでもねえ
こんなことだろうと思ったよ
俺、置いてきてるし

月子

はい、ですよね
私も置いてきました

……兄妹の会話は、スマホを意味も無く弄っている連中に対する嫌味に取られたかもしれない。
何人か、二人を睨みつけている。

彼らと共に来た黒花は、ゴソゴソと何かをスカートのポケットから取り出した。
よく見たら、タバコらしき物体。
ジッポで音を立てて火をつけて、悪びれずに吸い始め……いや、タバコを食べている!?

天都

タバコ食ってる!?

黒花

ああ、大丈夫です
よく見てください、タバコじゃないんで

黒花がそうやって見せてきたのは……お菓子? みたいなものだった。

月子

あぁ、駄菓子のシガレットですか……
火をつけてる割には甘ったるいニオイがするかと思いましたが

月子いわく、ただのお菓子。
火をつけて食べると美味しい? らしい。
砂糖菓子の一種で、よく見たらタバコというかチョークみたいな感じだった。
それをゴリゴリと火をつけて炙って食べている黒花。

黒花

禁煙してると口が寂しいんですよね

実際もタバコは吸ってるらしい。
今はこれで誤魔化しているとか居ないとか。
他にも色々、黒花はポケットから取り出した。

天都

懐かしいなぁ……
これガキの頃食ってた飴玉だ

月子

こっちはカフェイン入りのガム……
ボトルごと、どうやって制服の中に入れてました?

ワイワイ三人は、周りを無視して騒ぎ出す。
その間に新しい客人が来てもスルーだ。

黒花

秘密です

黒花は自分に敵意はない、と小声で月子に告げる。
天都は食ってもいいと言われて飴玉を放り込み、噛み砕いているのに夢中で聞いてない。

黒花

仮にわたしが敵の陣営に回っても、お二人の味方であると約束しましょう

そう切り出した黒花。
彼女は完全に引っかき回す事を主旨としていた。

月子

……なぜ、そこまでして私達兄妹に肩入れするんです?
初対面と言っても過言じゃないのに

黒花

言ったでしょう?
面白そうだからなのと、強そうな人とは戦いたくないんですよ

月子

…………

月子は考える。
この女、何処まで信用できるかと。
こんな安っぽい手で味方であると言われても信用は出来ない。
それは確実だった。

黒花

もっと言えば、弱そうな連中は一緒に潰しましょう
わたしは楽しむのが目的で、手段は選びません
強い人は無双プレイの邪魔なんですよ、正直

月子

……本当に正直に言いますね、貴方
不愉快ですが、その言葉は本音だと思います

彼女はどうやら、本気だ。
目を見て分かった。
彼女は猫だ。
弱る弱者を嬲るのが本能的に愉しくて仕方ない目をしている。
ネズミだろうが昆虫だろうが弱い相手を何度でも傷つける狩猟者。
猫は小鳥だろうが小動物だろうが、殺せる相手は無慈悲に殺す。本能で。
彼女も猫のように、弱者を殺したくて仕方ないのだ。
で、その猫はどうやら自分と同じ動物がいるとうざったいらしい。
だから、一緒にやろうと誘ってきている。

黒花

軒並みあとは弱そうですねえ……
ま、楽しませてもらいますけど

一度後ろを振り返った黒花はそう評価する。
弱そう、なだけで弱いわけじゃない。
なかに一部、トンデモない奴がいることをまだ知らないからそんなことが言えるのである。

月子

手を組んでもいいですよ?
手出ししないと約束できるなら、ですが

月子が渋々、兄に黙って手を組んでもいいと言うと、黒花は楽しそうにニヤリと嗤う。
条件として互いに手を出さない。
情報の共有するという対等をアピールしながら。

黒花

いいですね、いいですねぇ妹さんっ!
あなた、話が分かりますね!!

月子

邪魔しないなら、味方は多いほうがいいですから

月子が握手を求めると、黒花は両手で応じた。
二人の間に秘密の結託が出来上がった。
その間に天都は天都で、驚くべき事に遭遇していた。

天都

お、お前、何してるんだよっ!?

その大声に、びくりと月子も反応した。
怪訝そうにこっちを見つめる。

月子

なんです兄さん、幽霊でもいましたか――

セリフの途中で、控えめに挨拶している彼女を見て、月子も硬直した。

春菜

え、えと……
天ちゃん、月ちゃん……
ご無沙汰してます?

月子

春菜さんっ!?

そこにいたのは、兄である天都の幼馴染的な親友、三城春菜の姿だった。
どう挨拶していいのか分からず困惑気味に、彼女は頭を下げた。

天都

は、春菜……お前……
なんでここに……?

愕然とする天都。
ニッコリと春菜は笑って種明かし。

春菜

天ちゃんの後こっそりついてきた

天都

ンなバカなッ!?

心配してついてきたらしいアクティブ幼馴染、春菜。
どうやら兄妹は最初から尾行されていたらしい。

月子

しまった……
兄さんと出かけることで浮かれててしっかり見張ってなかった……
尾行されるなんて……

普段なら何とか押さえられる範囲だったのに。
月子は全力で浮かれていたあの時の自分に後悔した。
と、当時に。天都には第二の衝撃が走る。

時雨

お前がいるなんてな……
半分予想していたが……
嫌な予感が的中したぜ

天都

しぐれぇぇぇーーーーー!?

イントネーションのおかしい声で、指差し驚く天都。
そこには無二の親友がいるじゃないか。

時雨

よぉ、俺の親友
こんなところで会うとは奇遇だな

天都

どんな奇遇だよ……
マジかよ……
お前までいるなんて……最悪だ

項垂れる天都。
肩を竦める時雨は、近づくやそっと小声で言った。

時雨

風の噂で聞いたぜ
また、疾患再発したって?
そんで至急、金がいるんだろ?
なら、俺も一緒に手伝わせてもらうぜ

天都

時雨……?

時雨

俺は俺で、お前に渡す金を工面するためにここに来たんだ
親友がやばいときに指くわえてほうけるわけにもいかねえだろ?
俺たちの間柄じゃねえか
巻き込みたくねえとか言うなよ
お前の為じゃねえか
俺は喜んで生命賭けるぜ

時雨は、心疾患が再発し、それで手術のための金がいるとすぐに理解してくれたんだろう。
巻き込みたくないという天都の心境を分かった上で、それでも一緒に戦ってくれるというのだ。
魂のイケメンだと知っていたが、ここまで義理堅い男だったとは知らなかった天都。
流石に親友の覚悟の決めっぷりに絶句した。

時雨

んでだ、天都
そちらのお嬢さん達は……知り合いか?

時雨が親友となったのは、中学入りたての頃。
天都以外とは親交はない。
春菜と黒花を見て、天都に問う。

春菜

……そういえば、直接顔を合わせるのは初めてかもしれませんね
天ちゃんから話は聞いてます
仲の良い人らしいですね
わたし、三城春菜と言います
えっと、あなたは……?

春菜が時雨に挨拶し、困ったように黒花を見る。

黒花

どうも、ご丁寧に
わたしは如月黒花
夜伽さんと妹さんとは今、知り合いになりました

春菜

あぁ、そういうことですか……

春菜は柔らかく微笑んで、軽く会釈する。
黒花も対応するが、牙を光らせているように見えるのは、月子の気のせいか。

天都

うあー……
黙ってきたのになんでこいつらいるかな……
ここはどういうところか知ってるんだよな?

天都が諦め半分の質問に、春菜は首を傾げて、時雨は頷いた。
春菜はなし崩しに連れてこられたらしい。
その場にいたせいで。

黒花

カモ一羽発見っ!

月子

すいません、如月
アレは兄さんのオマケなので放置でお願いします
あとあっちの眼鏡は兄さんの親友なんであれも放置で

月子がフォローして、目を光らせている黒花はすんなり諦めた。

黒花

おや、味方の知り合いですか
ならやめましょうか
でもつついて面白そうならつついていいですか?

月子

死なない程度なら全力でどうぞ

からかったりつつくのは死なないから良いと月子もゲスな判断をして、黒花はニヤリと了解した。

思わぬところで再会した彼ら。
これがどう転がるのかは、まだ誰も知らない。

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