先生

ではまず、学校名とお名前をおっしゃってください

ウチ

兵庫県立かもめ総合高等学校から参りました、中島麻理子です。よろしくお願いします!

先生

はい、結構です。それでは、面接試験を始めさせていただきます

 週明けの放課後。面接練習。この前のが二回目で、今日が三回目だ。
 先生も演劇をやってただけあって、今のやりとりだけで本番みたいな緊張感が漂ってくる。
 それでもウチはもう、志望動機も高校時代の得意不得意もスラスラ答えられるようになっていた。

先生

では、高校で力を入れて取り組んだことと、そこから得たことを教えてください

ウチ

はい

 ここでは演劇部のことと、研究会のことを話す段取りだった。
 研究会の話はいいアピールになるからと先生に言われて、初回の面接練習の時に徹底的に台詞を作り上げてある。
 話が研究会の方に移ると、ウチは頭の中に研究会の様子を思い浮かべた。メンバーの中にいる深雪ちゃんがアップになるや、自習スペースで一人で勉強してる時の淋しそうな顔になる…

 途端に頭が真っ白になって、気がついたら話し続ける自信がなくなっていた。

ウチ

え、えっと………あの、その………

先生

おいおい、どないしたんや

 何があっても通しで最後までやると言っていた先生が、目を見開いて面接を中断した。

先生

うーん…やっぱ紙に書き出した方がええな。レポート用紙あるか?

ウチ

…はい

 紙なんかに書かなくても、言うことは十分頭に入ってる。
 でも胸がドキドキしてるのを打ち消したくて、ウチは先生に言われるまま話す内容を箇条書きにした。

 ちょっと時間を置いて、最初からもう一回。
 今度は何も考えないようにして、「高校で取り組んだこと」を無事に切り抜けた。
 その後の質問も順調にこなしていって、そして、たぶん最後の質問。

先生

では…もし、この入試が残念な結果になった場合、あなたはどうされますか?

 そこで深雪ちゃんの足音が聞こえた、ような気がした。
 彼女の顔が胸を突き刺す。胸の痛みが開きかけた唇をこわばらせる。

ウチ

……………

 先生が軽く首をかしげる。ウチは「絶対にB大がに行くんやから!」って思って必死に頭の中の深雪ちゃんを振り払う。

ウチ

はい………つ、次のAO入試や公募推薦を受けて、引き続き貴学を目指します

先生

……結構です。
では、これで面接試験を終わります。ありがとうございました

ウチ

ありがとうございました

 席を立って扉を閉めると、大きな溜め息が出た。

ウチ

また難しい顔で『ホンマはA大に未練があるんちゃうか?』って言われちゃうんやろなあ…

 そう思いながら振り返ったけど、手招きする先生の顔は静かに笑っていた。
 おそるおそる扉を開けて先生の前に座ると、先生は穏やかな顔のままウチの目を見てきた。

先生

なあ。何があったんや。よかったら言うてみ

 何があったんや、って言われた瞬間、先生は実はみんな知ってるみたいに思えてドキリとした。
 すぐに「そんなわけない!」って思い直したけど、先生の優しい目を見てると、何でも聞いてくれそうな気はする。授業でも研究会でも、ウチらのどんなアホな思いつきも最後まで聞いてくれて、必ず答えをくれた。

ウチ

…ウチだけ、こんな試験でサッサとB大に入れちゃって、ええんでしょうか

 ウチは思い切って、正直な気持ちを言った。
 すると先生は笑顔のまま少し間を置いて、ゆっくり聞いてくる。

先生

なんで、そんなこと思うねん

ウチ

だって、ほら…一般入試で勉強してる人も、おるやないですか。なのにウチだけ…

先生

うーん…

 先生は、閉じた目を上に向けた。
 実際はウチだけどころか、まわりは推薦やAOや、受ければ受かる専門学校っていう人だらけだ。先生もそれを言ってくると思ったけど、先生の答えは違った。

先生

中島は、AO入試でサッサと入ってもええと思うで。中島にはその資格がある

ウチ

ウチは、ええって……なんでですか?

先生

ええも何も、中島は高校生活をめちゃくちゃ楽しみ尽くしたやないか

ウチ

え………?

 楽しんだから楽にサッサと大学に入っていい、って聞こえる。どういうこと?

先生

ビジネス…何かを売ったりプロデュースしたりするんが面白い思て、それで簿記やマーケティングの勉強を一生懸命楽しんだやんか。
しまいにゃ有志で研究会まで立ち上げて、ワイワイ言いながら遅まで残って…中島たちも楽しいやろし俺らも楽しいで。
ほんで、残りの時間は演劇部やろ。春の地区大会に出したヤツ、賞は取れんかったらしいけど見事やったで。毎日必死に練習を楽しまなきゃ、ああは行かへん!

ウチ

……………

先生

国語や英語のテストでは計れんちゅうだけで、中島はいろんな勉強を一生懸命、自分からしてきたんや。
せやからエントリーシートと面接と小論文で、それを見てもろたらええんや

 …そっか、そんな風に思っていいんだ。ウチはちょっとうれしくなった。

 でも…

ウチ

でも、他の人は…

先生

そうやなあ…和田や牧山は、最近を見とるとちょっとアレや思うけど…

 牧山ってのは、お嬢のことだ。

先生

…まあ研究会を見とったら、それぞれの得意で頑張ってきたんは分かる。他のいろんな人らだって、中島ほどじゃないにせよ、どっかで何かを頑張っとるんやろ。俺は、そう思いたい

 それで、先生の言葉は終わった。
 でもウチが一番気にしてる人…ウチの後ろ髪を引く人の名前が出てこなかった。それが聞きたくて「他の人は」って聞いたのに。

ウチ

あの…でも、深雪ちゃんは…
深雪ちゃんだって一緒に頑張ったのに、ウチだけこんな…

先生

深雪ちゃん?
ああ。雨宮のこと気にしとったのか

 先生は「なるほど」っていう顔をウチに見せたけど、すぐに考えるような表情になった。

先生

雨宮にも資格はあるけど…まあ、本人がそうする言うんやからなあ。
…それ以上は、本人に聞くんやな

 それ以上………?
 もしかして、なんかウチの知らない理由があるの?
 たぶん考えすぎだと思う。でも先生だし、何か知ってるのかもしれない…聞こうかどうしようか迷ってるうちに、先生が先に口を開いた。

先生

そんなに気になるなら雨宮に付き合うて、今から一般受験に変えるか?頭が破裂するほど勉強せなあかんやろけど、する言うなら応援するで

ウチ

い、いいえ…

 それはウチには、ちょっと無理だった。

先生

せやろ。せやから、とにかく今は『中島にはAOを受ける資格がある』っちゅうことだけ覚えといてや。
ほな、もう一回いくで!

 途中で先生と話し込んだせいか、練習を終えてゼミ室を出ると他の部屋は空っぽだった。夕日もまぶしくなくて、校舎の中は少し薄暗い。

ウチ

一般受験は、深雪ちゃんが選んでしてることや。ウチも同じなんや

 頭の中でその理屈を繰り返して、二度目の練習はたいした失敗もなく終えられた。
 先生が出張に行く関係で練習はあと一回しかないけど、それで十分だと思う。
 小論文も、今日までに四回分の練習が終わった。先生のダメ出しもほとんどなくなったし、自分で読み返しても納得の行くものが書けている。
 AO入試でも競争率はあるけど、進路の先生や受かってきた人の話だと高くても一.五倍ぐらいで、受かる人の方が多いそうだ。ここまでやってきたおかげで、上から三分の二に入るぐらいの自信はあった。

 でも、それでウチだけサッサと合格しちゃって、いいんだろうか…。
 それを思うと、ペンを持つ手も質問に答える口も、動かなくなりそうな気がする。

ウチ

深雪ちゃん…ホンマにええん?

 そう思いながら廊下の角を曲がったら、自習スペースに深雪ちゃんの姿が見えた。

ウチ

……………

 一人で勉強する彼女は、やっぱりちょっと淋しそうな感じがする。
 深雪ちゃんが勉強の手を止めて、ウチに手を振ってきた。

深雪ちゃん

お疲れー。どうやったー?

ウチ

まあまあや。深雪ちゃんは?

深雪ちゃん

同じく。帰ろっか

ウチ

うん

 深雪ちゃんの支度が終わるのを待って歩き出して、一階まで続く階段を降りる。
 一般受験にした理由が、決められないって他に何かあるのか…それを聞きたかった。

ウチ

深雪ちゃんが選んでしてることや。ウチのAOと同じや

 先週から、そういう理屈でウチは納得しようとしてきた。
 でも、もし他に理由があって、その理由が本人の勝手じゃ済まないものだったら、選んでしてることだっていう理屈は崩れる。
 けど…他に理由なんて考えつかない。
 あったらあったで、ものすごく重たいことを深雪ちゃんに話させることになる気がするし、それって気まずい。
 この質問はやめて、何か他の、気になってることを聞こう。何から聞こうか…
 ………あ。
 聞くよりも、いっそ、こっちの気持ちをそのまんま打ち明けてみるか。よし。
 そう決めたとこで、深雪ちゃんが先に口を開いた。

深雪ちゃん

なあなあ、来年、『うたプリ』のオンリーイベント神戸でやるんやて!サンボーホール!

ウチ

ホンマ?!いつ!

 反応しちゃう自分が情けないと思う間もなく、ウチはそっちの話に引き込まれていった…

 そのまま今日も駅まで歩いて、改札を抜けて下りホームの階段を上がる。
 まだ夕焼けが見えてるけど、空は暗くなりかけていた。こないだよりもホームにいる人が多い。ベンチは一つおきにしか空いてなかった。

深雪ちゃん

マリちゃん、最近ようまっすぐ帰るなあ。さすが受験生や

ウチ

よう、って…こないだと今日だけやろ

 電車が止まらない方の乗り場を塞いでる、胸ぐらいの高さのロープ。そのすぐそばに立って、ウチらは暗い空を見てた。

ウチ

深雪ちゃんこそ、最近よう待っててくれるやんか。ご苦労さん

深雪ちゃん

べ、別に、勉強してたらマリちゃんが勝手に来るだけだし

ウチ

ウチ、ツンデレは趣味ちゃうねん

深雪ちゃん

あーっ、ツンデレをバカにしたな!

ウチ

はいはい…けどマジな話、なんで待っててくれるん?

 ウチは深雪ちゃんを見つめて聞いた。わざわざ待ち合わせてまで一緒に帰る習慣は、ウチらにはない。

深雪ちゃん

んー…

 深雪ちゃんは少し考えてから、ウチの方を向いて言う。

深雪ちゃん

居残り勉強は、マジでしてるんや。けど、面接練習して帰ってきた時のマリちゃん、めっちゃしんどそうやから、一緒に帰って励ましたげよって…面接って大変なんやね

 面接がしんどいのは、深雪ちゃんのせいなのに…
 そうだ。今、言っちゃおう。ウチだけAO受けてサッサと受かるんはしんどい。ウチ、深雪ちゃんのこと気にせんで本気で受けてええんやろか……

 ダダンダダンダダン!!

ウチ

うわ!

 いきなり大きな音がして、目の前を青い塊がビュッと通り過ぎた。

深雪ちゃん

マリちゃん、スカート!

ウチ

え?

 スカートが風で思いっきりめくれ上がってた。あわてて押さえて後ずさりする。ダタンダタン!ダタンダタン!…長い長い貨物列車が、ロープのすぐ先を通り過ぎていた。

ウチ

あー、ビックリした

深雪ちゃん

うん。ウチらアホやったね

 そこで普通電車が来るという放送と、電車が来る時の音楽が聞こえた。反対側の乗り場に人の列ができる。

深雪ちゃん

ほら、ウチらも並ばな。奥へ行っとかんと降りられなくなるかも

 深雪ちゃんに手を引かれて列の後ろに付くと、電車が入ってきた。
 彼女の予感どおりに電車は結構混んでて、込み入った話ができる感じじゃなかった。
 夕焼けの色を映す山肌を見ながら、それでも口を開いてみる。

ウチ

深雪ちゃん………今日、ゼミ室の前通らへんかった?

深雪ちゃん

ううん。通ってへんけど…どうかしたん?

ウチ

足音が聞こえた気がしたから…気のせいやな

深雪ちゃん

そうや。マリちゃん自分で『気がした』言うてるやん

 そんなことが聞けただけで、あとはウチが降りるまで雑談になった。

 …帰って晩ご飯を食べて、五回目の小論文に取りかかった。
 念のために出してもらった最終回。もともと作文は得意なせいもあって、問題を読んで数分で書くことが最後まで思い浮かぶ。
 なのにシャーペンを握った手を時々止めて、考え事をしているウチがいる。

ウチ

……………

 深雪ちゃんは、ウチがAO入試なんかで合格を決めようとしてるのを、どんな気持ちで見てるんだろ。
 こないだ彼女が言った、ゼミ室の前をただ通っただけっていうのは、本当なのかな。
 今日の彼女の、一緒に帰ってくれる理由の説明は本当なんだろうか。
 本当はウチが勝ち抜けしてくのが悲しくて、複雑な気持ちでウチに近づいて、おそるおそるウチの様子を見てるんじゃないのかな。
 複雑な気持ち…落っこちて一緒に勉強続けてほしい、って半分ぐらい思ってる気持ち。
 もしそうなら、ウチも受かりたくない。こんな簡単に受かって深雪ちゃんを一人にしたくない。
 次のAOも公募推薦もあるし、一般もあるんだから、深雪ちゃんの苦しい場つなぎに付き合おうと思えば付き合える。
 けど…

ウチ

一般入試でB大は無理や。その前に、今回のAOが最後のチャンスかも

 ウチはB大の経営学科に行きたいって思ってて、そのチャンスが目の前まで来てる。一般入試は論外だとして、次のAO入試や公募推薦が今回と同じ難易度だとは限らない。後になるほど他で落ちた人が集まってきて、競争率が上がるって考え方もできるし。
 とにかくウチは、行きたい大学も学科も決まってる。
 でも深雪ちゃんは、この時期になっても目標が決まってない。
 ならバラバラでも仕方ないじゃん。それに深雪ちゃんも自分で選んだんだし。割り切ってどっかの推薦やAOを受けようと思えば受けられたのに、選んでそうしたんだから。

ウチ

でも…

 深雪ちゃんが一般入試な理由は、本当に「決められないから」ってだけなんだろうか…

 さっき先生の口から出た「それ以上は」っていう台詞が、やっぱり気になる。
 あ………
 先生は、

先生

本人に聞け

 そうも言ってたよな…。
 ウチはベッドに座って、転がしておいたスマホを取った。
 ラインを使えば、今、深雪ちゃん本人に聞ける。
 一般受験にした理由のことも。彼女がどんな気持ちでウチのAO入試を見てるのかも。

ウチ

……………

 ラインを呼び出してから考え込んで、考え込んだ末にラインの画面を閉じて、でもまたしばらくするとラインを呼び出して、また考え込んで…さんざんそれを繰り返してから、ウチはスマホを脇に置いた。
 聞けるけど、深雪ちゃんを傷つけるかもしれない。
 拒否されたりウソをつかれたりして、ウチも傷つくかもしれない。

ウチ

ウチ、深雪ちゃんに聞きにくいこと聞いたり、言いづらいこと言ったりしたこと、ないし…

 今までの付き合いの中で、ウソついてるんじゃないかって深雪ちゃんを疑ったこともあるし、言われたくない言葉を深雪ちゃんから言われたこともあった。
 でも、問い詰めたり本気で怒ったりはしなかった。そうしないことで気まずい状態にならずに済んできたし、平和で楽しい間柄が守られてきた。
 けどそのかわりに、深雪ちゃんの本当の気持ちを確かめる方法を失っていたことに、今気がついた。
 ううん。方法はあるんだけど、ウチからその勇気がすっかり取り去られてることに気がついた。

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