室内に、拍子抜けの空気が漂う。
その原因となった人は、言う。

武田

わざわざこんなことしなくても、今日には自首……もとい、白状する気だったんだ

武田

今更抵抗する気はねえよ
とっとと俺に投票してゲームを終わらせようや

それはあまりにも、予想斜め上の反応だった。
人を二人殺している人間の態度とは思えないほど、人狼――武田さんの態度は、穏やかなものだった。
高慢さもなければ、狂気もない。威圧感もない。
至って、この空間でなければ普通の人の言動。
むしろ良心的で、協力的。
自分が、これから死ぬというのに……。
それが私には、逆に恐怖を煽る結果となった。
何を、考えているのだ。この人は。

武田

まぁ……何というか、どの口が言うんだって言うとその通りなんだが……
迷惑かけて、すまんかったな

なぜ……謝るの?
私達は、貴方を殺そうとしているのに、なぜ、こちらに頭を下げているの?
私の脳内に疑問符ばかりが浮かぶ。

奈々

マジで白状したし……
自白したヤツ初めて見たよ……
あんた一応黒幕だよね?
なんでそんなにあっさり認めてんのさ?

当然の疑問を、進行役である住吉が問う。
あまりにも人狼に似つかわしくないアンバランスな彼に、警戒したり竦んでいたほかの人が徐々に不安げな怪訝そうに彼を見る。

武田

俺は元々、人を積極的に殺そうなんて考えちゃいないんだよ
引っかき回したり、パニックに陥れるのは控えたかったんだがな
無差別に誰かを殺してまでも、叶えたいことなんてないからよ
俺はここにきている時点で半分望みは叶ってるようなもんだったのさ
最初に名乗り出るわけにもいかなかったのは、やるべきことがあったからだ
まさか人狼になるとは思ってなかったが、これもまた運命だろうって思ってる
俺みたいな人殺しにはお似合いの結末だ

…………。
私はその言葉を聞いて、違和感に気がついた。
そしてある程度の予測ができた。
ここにいる時点で半分叶っている。
それに、彼は堂賀さん殺しは認めたけどもう一人……御手洗さん殺しは認めていない。
つまり、あの言動を見るからに、そういうことなのだろうか?
情報をつなぎ合わせて、私はひとつの結論に至る。
人狼にしては不可解極まりない行動だけど……本意じゃない武田さんなら、納得できるかもしれない。

武田さん……
貴方は、人狼役をしていたのは、本意じゃなかったの……?

武田

まぁな……
村人だと思っていざ来てみたら俺が一人だけのまさかの人狼役だろ? 
勝利条件が村人の全滅……それを聞いたときに俺は決めたんだ
俺はそれなら負けでいい
絶対に願い以外の参加者を殺さないって

最初から勝負を諦めて……
自己犠牲で、私達に勝たせる気だったということね?

武田

そんなカッコイイもんじゃねえよ
これは俺のプライドの問題だ
俺は俺のルールに従って生きてる
死に際まで、俺は俺の決まりは破らねえ
ただの自己満足さ

この結末、この発言……。
また、なの?
また、自己犠牲で……自分のルールに従って、人を巻き込もうとしている人がいる。
勝手に死のうとしている人がいる。
そんなの勝手じゃない。
自己満足して勝手に死なないで欲しい。
でもそう思ってる一方で、現実は彼か私たちが死なないとクリアにはならない。
クリアにならないはイコールで終了にできない。
それは、彼も私も望むところじゃない。
だったら……また、此の選択肢しかないというの?

武田

そういや……占い師の嬢ちゃん
さっきグレーは三人って限定したよな?
ありゃ俺のあぶり出しの為か?
消去法で、山風の嬢ちゃんが『狩人』ってことでいいのか?

先ほど私が意図して三人と発言したのを覚えていたのか、武田さんが私に問う。
首肯すると、彼は深くため息をついた。
びくりと、山風さんが反応する。
武田さんは両手を上げて降参のポーズをして苦笑いしている。
彼女はそれを見てますます怯えている。
あの山風さんの怯え方……誰かに危害を加えられているかもしれないという想いからだろうか?
なら原因はあのテロリストのせいだ。
あいつが敵じゃなくてよかったけど、虫酸が走る。
本当に、いけ好かない人だ。

武田

狼の基本は狩人狙い、か……
端末に従わなくてよかったぜ
危うく、目的の為に子供まで殺す最低の人間になるところだったな……

半井

どうだろうな?
望んで堂賀を殺している時点で、人殺しの咎からは逃れることは出来まい
それは、進行役を殺した俺も言えた口ではないが

武田

否定はしないぜ……
お互い、ここにいる限り綺麗な奴なんて、そうそういないってことか?
おっと……こういうと、文月の嬢ちゃんや志田の嬢ちゃんに悪いな

半井さんが肩を竦めながら、怯えているメンツに大丈夫だと声をかける。
彼にもう敵意はないと。

半井

今の奴に、何か荒事をしでかそうとする気迫はない
本当に負けを認めている証だ
お前らも警戒しなくていい
万が一何かあったら俺が奴を仕留める

フォローする半井さんに、口を挟んだのはやはり如月だった。
譲れない一点のようで、やけに尖っている。

白雪

いえいえ、武田さんを殺すのはわたしです
勝手に進めないでくれますか半井さん
何なら、お二人纏めて始末してもいいんですよ?

半井

……今はほかの人間がいるから加減してやる
だがもしもここで何かしようものなら、俺がお前を殺すぞ如月

白雪

上等です
今度こそ、白黒つけましょうか
あなたのような偽善者は大がつくほど嫌いなのでわたしは大歓迎ですよ?

半井

貴様は本当に虫酸が走る……
どこの人間だか知らないが、血腥いニオイを撒き散らして表世界を歩くな
貴様のような奴は相応しい泥の中にまぎれているがいい

白雪

同類の辻斬りに言われたくないですね
武田さんよりもあなたの方が余程人狼にお似合いですよ
こっちの界隈でも有名な話ですよ?
『百人切りの半井』の伝説は

半井

薄々感じていたが……
やはり奴らと同種か
いいだろう、進行役
後で派手に暴れさせてもらう
場所を提供してくれ
この勝負とは別件で貴様とは雌雄を決してやろう

……この二人。
やっぱり犬猿の仲。
何かが致命的に合わないようだ。
勝負とは別物で殺し合いに発展するかもしれない。

奈々

別件なら好きにやって、ったく……
取り敢えずここで大騒ぎはやめてよね
ゲーム破綻させないでよ?

お願いだから今はいがみ合いしないで
迷惑よ

私は釘を指すと、如月は肩を竦めながら鉾を収めてくれた。
半井さんも、済まないと一言添えて険悪なムードが霧散する。

阿澄

あまり周りを刺激することは言わないで
茜ちゃんやあやちゃん怖がるでしょう?
場の空気、読んで欲しいのだけど

それまで成り行きを見ていた阿澄さんが、二人にキツい言葉で牽制する。
意外だった。
それまでずっと眺めていた傍観者のような彼女が、積極的になるなんて。

白雪

おっと……
怒らせたら怖い人が怒りましたね
半井さん、この件は今は触れないでおきましょうか

半井

いいだろう
俺とて、周りを萎縮させたいわけではない

中立的立場の人間にまで言われて、流石に大人しくなる。
そうしないと話が進まない。
私は場を取り直す。

武田さん、話はずれたけど……
貴方は『支配者』の能力をもっているのよね?

武田

ああ、一応な
これを使ったのは一度だけだ
もう使う気はねえよ

……やっぱり。
武田さんの能力は『支配者』。
恐らくその能力を使えば、今でも一発逆転の可能性は十分にある。
油断はしない。何をされても今はおかしくない。
相手に飲まれずに、自分を保つ。
それが、今最大の武器なのだ。

それにまだ、いくつか知りたいことが残ってる。
武田さんの言動の理由。
堂賀さんを殺したことも、御手洗さんに手をかけたことも全部洗い浚い吐いてもらうつもりだ。

貴方に投票する前に、洗い浚い白状してもらうわ
一体、貴方が何をしたかったのかを、全て

私がそう彼に言うと、武田さんは頷いた。

武田

そうだな……
こんなことしておいて、死んではいさようならじゃ道理が通らねえ
全部、説明する義務があるよな
分かった
聞きたいことがあるなら死ぬ前に言うわ

……こうして、人狼の理解できない言動の原因が、人狼の口から明かされる……。

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