7.予想もしなかったことには、うろたえるもので。

紅鶴(べにづる)と信繁(のぶしげ)は、ともに並んで騎馬隊の演習をながめていた。

すばらしい。まるで、舞を見ているようですね。植村(うえむら)の騎馬隊は随一と聞いていましたが、まさかこれほどとは


信繁が瞳を輝かせる。風雅な雰囲気を持つ彼も、やはり武人なのだと、紅鶴はほほえんだ。

これほど美しく馬を操れる方が大勢いるのですから、姫が馬術に優れているのも、当然ですね。某の未熟を、思い知りました

私などは、あの者らと比べれば、まだまだです

騎馬隊を褒められた誇らしさと、自分を未熟とさわやかに言ってのけた信繁に、紅鶴は好感を深める。

なんて身ごなしや心根が、清々しい人なんだろう

騎馬隊を指揮していたものが、ふたりの前に進み出て一礼をした。すると信繁が床机(しょうぎ)から腰をあげ、礼を返す。

すばらしいものを見せていただきました。返礼として、僭越ながらこちらも披露させていただきましょう

馬術を見せてくれるのかしら

紅鶴が信繁を見上げると、彼はニッコリとした。信繁の傍に彼の配下のものが近寄り、うやうやしく長刀を差し出す。それは一般的な刀より、ゆうに一尺は長かった。

(なんて長い刀! 細身だけれど、持つだけでも重くて大変そうだわ)

それをいとも軽々と、信繁は片手でつかんで演習場の中央へ進み出た。

馬術ではお目汚しとなりますから、こちらは剣舞を行います

広い演習場に、信繁の声が響く。すると槍をたずさえた信晴(のぶはる)が現れ、居並ぶ侍たちに一礼をし、最後に紅鶴に向かってニヤリとした。

あっ……。信晴は、私が誰かを知っていたのね

紅鶴を見ても驚かぬ彼に、紅鶴が驚く。くやしさに似たものが紅鶴の腹のあたりに生まれたが、不思議とそれは不快ではなかった。

では

信繁が声をかけ、信晴ともども一礼をして身構える。するとふたりを中心に、空気が薄く研がれたような、鋭い気配が広がった。

こんなに離れているのに、気圧されそう

紅鶴は思わず、自分を抱くように腕を掴んだ。
つ――、とふたりの足が地を滑ったと見えた瞬間、激しく刃が打ち合わされる。空気が震え、肌身が焦げるような熱気を感じた。

なんて、すごい……

一瞬でも気を抜けば、致命傷になるとわかるほど、どちらも本気で刃を繰り出し、受けていた。殺気は発せられていないが、切っ先には明らかに屠(ほふ)る鋭さが乗っている。

ふたりとも、笑ってる

躍動する四肢からも、喜悦があふれていた。武人の性を目の当たりにし、紅鶴は恍惚にも似た奮えを覚えた。父の傍にあり、さまざまな仕合いを見てきたが、それらとは比べ物にならない。信繁は騎馬隊を褒めていたが、彼等が地にあって刃を振るっても、これほど美しく剣呑(けんのん)な舞いのようには、決してなりはしない。

剣舞と言っていたけれど、まさに、そうだわ

紅鶴は惹き込まれた。
ガツン、と強い衝撃音がし、互いの刃が跳ね上がる。それを合図にふたりは構えを解き、笑みを交わしてこちらへ向いた。

なんと、たのもしい

どちらが御養子になられても、すばらしい領主となりましょうな

ひかえているものの声に、紅鶴は我に返った。

どちらが養子になってもって、どういう意味?

信晴はこちらの情報を信繁に伝えていた、ただの使者だ。おそらく寵臣なのだろうと、さきほどのやりとりから、紅鶴は見て取った。
しかし今、耳に届いた言葉の意味するものは――。

姫には、つまらぬものだったかと思いますが


長刀を配下のものに預けながら、信繁が笑う。

いいえ。とても、楽しゅうございました

だから言っただろう、兄上。この姫は、ふつうの姫とは違っていると。こんなに顔を輝かせて、本気の仕合いを楽しむのだからな

え?

紅鶴は目を丸くして、信晴を見た。

そのようだ。なんとも愉快な姫だな

あ、あの……


紅鶴は床机から立ち上がり、おずおずと質問した。

いま、兄上と聞こえたのですけれど


信繁が小首をかしげ、信晴を見る。信晴はいたずらっ子のように、楽しげに歯を見せた。

とっくに、正体を明かしていると思うておったぞ

どうにも、告げる機会がござらなんだのだ

まったく、しかたのない奴だ


苦笑した信繁が、すまなそうに紅鶴に笑いかけた。

弟が無作法を働き、申し訳ない

詳しい理由は、茶を喫(きっ)しながら話をしたほうがよさそうだぞ。兄上

そうだな。――姫。あちらで話をいたしましょう

信繁の手が、そっと紅鶴の背に触れる。うながされた紅鶴の足取りは、ふわふわとしていた。

いったい、なにがどうなっているの――?

困惑する紅鶴の視界に、困った顔の父の姿が映った。

お父様


足を止め、声をかければ、ううむと父がうなる。

ご存知だったのですね。いつから

使者として、信晴殿が参られたときからだ

紅鶴は以前、「使者である信晴が」と言ったあと、父が妙な顔をしたことを思い出した。

はじめから知っていて、どうしてなにもおっしゃってはくださらなかったのです

そこは、我が弟の責任です。国定(くにさだ)様には、なんの咎(とが)もありません


信繁がやんわりと間に入る。

そうだろう、信晴

兄上の申されるとおり。……だが、俺の名を聞いても、すこしも感づかなかったとはな


信晴がニヤリとする。

仕方がないでしょう。私は、伊香(いか)の国に男児がふたりいることも、結婚の話が進んでいることも、まるで知らなかったんだから


カチンときた紅鶴の文句に、信晴が快活な声を上げた。

はは。まあ、そうだな。名前の一字がおなじというだけでは、兄弟とも思わぬだろうし、そういう事情ならば、いたしかたない


バカにされている気がして、紅鶴はムッとした。

あまり姫を、からかうんじゃない

たしなめられた信晴が、軽く肩をすくめる。信繁は仕方がないなと言いたげな笑みを浮かべた。

本当に、仲がいいのね

さきほどの本気の剣舞も、心底の信頼を寄せているからこそ、できるのだろう。ひとりっ子の紅鶴は、すこしうらやましくなった。

さて、姫。すべてをはじめから、ご説明さしあげましょう


信繁が導くように手のひらを差し出す。

うまい茶菓も、用意してある。順を追って説明すれば、わかりやすいだろう


信晴に軽く腰を押されて、紅鶴はふたりと共に座敷へ上がった。

(つづく)

Novel by Kei Mito
水戸 けい

Illustration by Logi
ロ ジ

7.予想もしなかったことには、うろたえるもので。

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