月明かりの下、四人の影。
ヒラヤマの棲み家の小屋、その裏の雑木林。
引きつった表情をして立ちすくむユキオ。
早くしろ、時間がないぞ
ハルトがユキオにいう。
……
ユキオは一度小さくため息をつくと覚悟を決めた様子で、ナイフを腰のベルトに差した。それを合図にハルトが動いた。
無言で小屋の方へ歩き出しすハルト、ユキオとエミコの腕をつかんだマスターも続く。
小屋の側面を辿り、入り口の扉の様子が窺える場所で四人は立ち止まった。
さあ、行け!
ハルトは、ユキオに向かって短くいうと、戸口の方に顎をしゃくった。
ユキオはどこかふっきれた顔でハルトに頷き返すとその場を離れ戸口に向かう。
ユキオを行かせるとハルトとマスターは銃を構え建物の影に身を隠した。
ユキオが扉を叩いている。
ヒラヤマは中々姿を現さない。
ヒラヤマの名前を呼び、何度もドアを叩くユキオ。
反応はない。
ユキオには恐ろしく長い時間に感じられた。
数分が経過した。
おもむろにドアが開くと中からヒラヤマが姿を現した。
なんだ
ユキオの顔を見るとあからさまに不機嫌そうな声でヒラヤマがいう。
見張りのノガミがやられて、あの二人に逃げられました
なんだ、そりゃあ
ユキオを睨みつけるヒラヤマ。
すみません
お前なにやってんだ、あぁ? まだそこら辺にいるんだろうが、寝てる奴ら全員たたき起して探しだせ!
……はい
……おい、待て、お前なんですぐに非常サイレン鳴らさなかった?
……
───テメエ、何考えてやがる!
ヒラヤマが叫ぶ。
その瞬間ユキオがナイフを抜いた。
ユキオは素早くナイフを腰の高さに構えると顎を引いた体勢で体ごとヒラヤマの腹めがけて突っ込んだ。
ヒラヤマは身体を横に逃がすとユキオの突進をギリギリで避けた。
ユキオは勢い余って室内に倒れこむ。
しくじりやがった!
影で様子を窺っていたハルトが声をあげる。
次の瞬間、ハルトは銃を構えて入り口に向かって走りだした。
おい待て、ハル!
マスターもエミコの腕を放すとハルトの後を追った。
その隙に走って逃げ出すエミコ。
ハルトが開いてるドアから小屋の中に飛び込む。
だが室内は真っ暗で何も見えない。
どこだ! ヒラヤマ
ハルトが叫ぶ。
次の瞬間、ハルトの身体を激しい衝撃が襲った。
暗闇から繰り出すヒラヤマの蹴りがハルトの脇腹に命中したのだ。
たまらず倒れこむハルト。
更に襲いかかるヒラヤマ。
マスターが飛び込んでくると同時にヒラヤマの背中を蹴りつけた。
その隙に身を翻し素早く立ち上がるハルト。
見えるのか! マスター
いや、見えない! 適当に蹴ったら当たっただけだ
暗闇の中、ヒラヤマが次なる攻撃を繰り出す気配をはっきりと感じるハルト。
くそっ! 次が来るぞ! 気をつけろマスター
ハルトが小屋の外に飛び出る。
その時けたたましいサイレンのが響いて敷地内の非常照明が点灯した。
エミコが警報を鳴らしたのだった。
辺りが明るくなった。
!!
ハルトが振り返るとヒラヤマとマスターが組合ったままで表に出て来る所だった。
早く離れろ!
ハルトが銃を構えて叫ぶ。
ハルトの前方のアジトの入り口に数台のバイクのヘッドライトが浮かぶ。
買出しに行っていた連中がエミコの知らせで戻ってきたのだ。
更に後方では男達の叫ぶ声が聞こえてきた。
アジトの建物から中で寝ていた男達がバラバラと表に飛び出してこちらに向かってくる。
皆鉄パイプや金属バットで武装している。
くそっ、マスター早くどくんだ
絶体絶命。
募る苛立ち。
完璧に追い詰められた。
進退きわまり焦るハルト。
ヒラヤマがマスターを立ったまま押さえ込んだ形で盾にとり、ハルトを睨みつけている。
ハルトも猟犬のように体を緊張させ鬼の形相でヒラヤマを睨み返す。
対峙する二人、その瞬間
お前 まさか……
ヒラヤマが息をのむ、記憶の糸が繋がる。
わが目を疑うヒラヤマ。
いや その目 忘れやしねえ
ひゅぅぅ、お前───
思わず嬌声が口を突いて出るヒラヤマ。
ヒラヤマの脳裏に蘇る、雪の降り積もった校庭。
忘れもしないあの日。
忌まわしい記憶が脳裏の底から這い上がってくるように甦ってくる。
歪んだ笑み、嬉しそうに浮かべるヒラヤマ
しかし疑問がヒラヤマの頭にまとわりついて離れない。
お前は死んだはず
じゃなかったのか?
でもやっぱり間違いねえ
お袋殺しのケンイチ!!