ヒラヤマ小屋・地下解剖室

ヒラヤマは地下に続く階段を下りきるとヒトミを抱きかかえたまま鍵を使い厳重に施錠された部屋のドアを開けた。


地下部屋の四方の壁はセメントで固められ壁の表面には乾いた血痕を想像させる色の塗装が施されている。


低い天井は木綿生地の布で幾重にも覆われ、床には擦り切れたアラベスク文様のカーペットが敷き詰められていた。


部屋の中心には医療用ベッドが設置されている。


その空間に一歩足を踏み入れると麝香の甘く粉っぽい臭いが漂ってきた。

それは濃密な死臭のように体中にまとわりついた。その咽返る程の臭いでヒトミは強い吐き気に襲われた。



部屋の中央まで歩いてくるとヒラヤマは、抱えていたヒトミの身体をベッドの上に放り捨てるように寝かせると、履いていたパンプスを手荒に脱がせそれを床に投げ捨てた。


ベッドに上がり膝立ちの姿勢になるとヒラヤマはヒトミの両手を拘束しているタイラップをナイフで切り、必死に抗うヒトミのジャケットを脱がすとブラウスを引きちぎった。

ヒトミ

何をするのよ!



ヒトミは、ヒラヤマに抵抗の声を浴びせかけた。

しかし、それを無視してヒラヤマは無理矢理ヒトミの両腕をベッドのヘッド部分のパイプに細めのロープで縛り付けた。



ヒラヤマの顔面めがけツバを吐きかけるヒトミ。

ヒラヤマ

ヒトミの頬をヒラヤマは平手で加減なしに殴った。


堪らず首が激しく横に折れる。


しかしヒトミはすぐに顔を上げ気丈に光るその眼でヒラヤマを睨みつけ続ける。


彼女の唇からは血が一筋流れていた。

ヒトミ



ヒラヤマは必死で抵抗するヒトミから今度はパンツスーツの下も強引に剥ぎ取った。


ヒトミの太股と尻の曲線があらわになる。


頑なに閉ざそうとするヒトミの両足を力ずくで開くと左右の足首を腕と同様にベッドのフレームに股を大きく開いた状態で縛り付けた。


ヒトミは懸命に手足をばたつかせたが、縛られた手足の縄が更に食い込むだけであった。


彼女の自由は完全に奪われてしまった。

ヒラヤマの常軌を逸した振る舞いの前にヒトミは既になすすべもなく、事態の深刻さに内心震え上がっていた。


ヒトミをベッドに縛り付け終えるとヒラヤマは部屋の隅へと移動した。




そこには木製キャビネットの古めかしいステレオセットが置いてある。



ヒラヤマはターンテーブルに乗ったままのレコード盤に注意深く針を落とす。



左右のスピーカーからコンガとマラカスが刻むサンバ調のリズムが流れだした。

『ローリング・ストーンズ 悪魔を憐れむ歌』

初めて会うかもしれないが
俺の名前くらいは知っているだろう
そして俺のたくらみにお前たちは戸惑うしかないだろう

全ての警官は犯罪者
全ての罪人は聖人
同じように表裏一体だ
俺をルシファーと呼べ
俺には制御が必要だぞ

その時俺はペテルブルグに来ていて
革命を起こしたんだ
俺は皇帝と大臣達を殺し
アナスタシアは俺に空しく悲願した

俺は喜んで見ていた
この世の王や女王が
勝手に創り出した神のために
百年間戦争するのを

もし俺に会ったら
礼儀をもって憐れみと贅沢でもてなしてくれ
これまでに身につけた礼儀の全てをもって
俺を手厚くもてなしてくれ
さもなければお前の魂をぶっ壊すぞ

ベイビー 俺の名前が言えるかい
ハニー 俺の名前が言えるか
一度だけ言ってやろうか
俺をルシファーと呼べ

言ってみろ
ベイビー 俺の名前を
俺の名前は何だ



ヒラヤマは椅子に座り煙草に火をつけた。

ヒトミ

弟に会わせて

ヒトミがベッドの上からヒラヤマの方に顔を向けて言った。




知らぬ顔で煙草を吸い音楽に身を委ね続けるヒラヤマ。

ヒトミ

お願い、ユキオに合わせてちょうだい



ヒラヤマ

会ってどうする?



ヒトミ

悪いことは止めてもっと真っ当な人生を送るように説得するわ




ヒラヤマはあざけるように笑った。

ヒラヤマ

笑わせるな、馬鹿馬鹿しい


ヒラヤマ

お前は、この街の外がどうなってるかわかるか?

ヒトミ

……



ヒラヤマ

通信社の記者の癖に知らないか?



ヒトミ

それがどうしたのよ


ヒラヤマ

ここの外は地獄だ。いや、地獄のほうがまだましだ。



ヒトミ

あなたは見たことあるの?



ヒラヤマ

ああ、この国のこの壁の内側で暮らしてる人間がどんだけ幸せかわかるぜ



ヒトミ

……

ヒラヤマ

だが全ての終わりはそこまできてる






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