落ちていく感覚はどこまでも続くかの様に感じられた。


けれど、それは突然フワっと体が浮く感覚でピタリと止まり、気がつけば目の前は明るくなっていて、私はザワザワとした喧噪の中にたちすくんでいた。

テーブルと椅子が並んだ、落ち着いた店内。

意外にオシャレなお店。



でも、店員さん(?)が──

イ……ラジュ……ジャイマ
ジッェェエェェェェ~

ゴヂラヘドウゾ~……ジュル……

ウジュルウジュル……

やっぱり普通じゃないみたい。

おい、こっち空いてるぞ~

私と一之臣さんは、一番奥の席に座った。

イ……ラジュ……ジャイマジッェェエェェェェ……
ナンにジマジュルカァァァァァ~っ?

…………

地獄の底から響く様な声。


多分、この緑色さんは接客用語を言ったんだろう。
普通っぽいお水が二つ目の前に置かれた。

きつねうどんでいいだろ?

えっ? あっ、はい……

まぁ、別に好きでも嫌いでもないけど……。


っていうか、やっぱりきつねうどんなんだ……。

っていっても
きつねうどんしかココないけどな……

えっ? そうなんですか!?

きつねうどんの専門店だからな!

神世の『ミッシャランガイド』でも星4の名店なんだぞ?

神様の世界でもそんなものあるんだ……。



しかし──

ブジュル……ブジュル……

ブジジュ……ブウジュ……

ブッジュ……

店員さんはどうにかならなかったのかな……

そんな事を思っていると、なんだかとても良い匂いが私の鼻をついてきた。

オバダゼジマジダぁぁぁぁぁぁぁ~……

ブジュルルルル~ッ……

テーブルの上に、緑色さんが頭に乗せて持って来たうどんのどんぶりが置かれる。

ブゥシュルルルルル……

これ、本当に食べれるのかな……?

はぁ~……うまそ~、いっただきま~す!

一之臣さんは目をキラキラさせて、どんぶりの中のきつねうどんを見ると、すぐさまそれに顔ごと突っ込んで食べはじめた。

なんか……

これ、デートっていうより、ペットと散歩中にドッグカフェでご飯っていう方がしっくりくるんですけど……。



まぁ、この方が男性に免疫の無い私としては良いかな……。

どうした~? 食べないのか?

い、いえ、食べます!!

とりあえず、うどんに口を付けてみる事にする。

見た目は本当に普通のうどん。


黄金色のおつゆと、コシのありそうな麺、そして大きなお揚げ。

こ、コレはっ!?

ス、スゴイっ……!!
このうどん……



私が食べた今までのうどんの存在価値を
疑うほど美味しい。

なんなの? このコシ! 

このつゆのコク! 

お揚げのフワフワ! 

そのどれもが超一級品。

そしてそれら全てが口の中で絡みあい
もう止まらない!

まさに、うどんの革命!! 

レボリューション!!


頭の中でこんなワザとらしい、食レポまでしてしまうほど。

おっ、おいしい……!!

だろ~?

いつか、オマエに食わせてやりたかったんだ

いつか……

そういえば一之臣さんは、昔クラスでこっくりさんが流行った時にしょっちゅう出て来てやったとか言ってたっけ……。


私にしてみたら全く面識無いし、一之臣さんだって私の事それくらいの程度しか知らないのに、結婚相手とか言われて……困らないのかな? 



一体、この許嫁の事とかどう思っているんだろ?

あの……

んっ? なんだ?

一之臣さんは、その……

かっ、勝手に私を許嫁とか言われて、困らないんですか?

困る? 何が?

いえ、その、普通は結婚って、その……
好きな人とするもので……あっ!
昔は許嫁とか、知らない人と結婚とかありましたけど……そ、その……
そんな知らない、私なんかと……

知らなくねーし

いや、そんな小学校の時のコックリさんで知ってるとかじゃ……

ちげーよ、そうじゃなくて……

あぁ~! そういえば!!

っ!?

突然大声を出されて、私はビクッとしてしまう。

オマエ、あの時……

こっくりさんこっくりさん


田中君は私のことが好きですか?

とかって、聞いてきたよな!?

えっ? そうでしたっけ?


……あっ!

こっくりさんこっくりさん

田中君は私の事が好きですか?

し…………

ら……

ね……

……ぶ……す……!?

あ~! 思い出しました!
アレってじゃあ、一之臣さんだったんですか!?

ブスってなんですか!? ブスって!!

へっ! そんなん覚えてませ~ん!

なっ……!?

クス、ウソだよ。

里沙は可愛いよ

うっ……

突然そんな事を言われたら……

でも、良かった狐の姿で……

もし、アレで……

里沙は可愛いよ

そんな事言われたら、卒倒しそうだ。

それよかさ……

なんですか?

その、田中君の事はもういいのかよ?

えっ?

そんな、小学校の時の初恋の相手ですよ?

もう忘れて……

アレ? 私の初恋の人って田中君だったっけ?

ふ~ん……なら、いいけど

…………?

もう食ったし
そろそろ行くか……

どんぶりに残った最後の麺を一本、ツルンとすすると一之臣さんは席から降りて、またトテトテ歩き出す。

えっ!?

あの、ちょっと待って下さい……
お会計は……

ふと、目を落としたテーブルには葉っぱが一枚。

コレ……もしかしてお金?

……アアアアアリガトウゴジィマジダァァッァァァァ~~~~……

私は急いで一之臣さんの後を追った。


フっと辺りが急に暗くなり、気がつけば外にいる。


入る時は穴を落ちたけど、出る時は扉をくぐるよりも簡単に出る事が出来た。

まるで違う空間が、見えないカーテンで仕切られているそんな感じ。

よし、腹ごしらえも済んだからな

次はアノ場所に行くぞ

アノ場所?

一之臣さんが口笛を鳴らすと、

いきなり辺りが暗くなった。

えっ!? なにこれ?

急に曇って……

空を見上げると……

なんだかものスゴイものが上空にいる!



頭部はワシ、体はライオン、そして大きく立派な翼。




これって確か神話なんかに出て来る……

グリフォン!?

知らないのかよ? タクシーだ

タク……シー……!?

キョルルルルルル……

でも…………


タクシーって、こんな鳴き声しますっけ?

ギリシャのヤツらとか、みんなマイカーにしてるぞ

ギリシャ……の神様のマイカー

ゼウスさんとか

※イメージです。

ネメシスさん

※イメージです

とかのですか?

あっ、あの、さっき道走ってた車は?

普通のタクシーは無いんですか?

は?
あ~……あんなんトロトロしておせ~だろ? こっちなら一瞬だぞ?

一瞬……

私はどうしようもない不安を抱え、乗車(?)するのを戸惑った。

しょうがね~な……

ふ~っ……

一之臣さんは突然元の姿に戻ると、

えっ!?

私のことを軽々お姫様抱っこでグリフォンへと乗せ、

オマエ、ちゃんとメシを食ってんのかよ?
軽すぎるだろ?

さっ、さっき食べてましたよ!

こんな軽いと、さらわれるぞ?

そう言って悪戯に微笑んだ。


グリフォンの背で固まっている私の後ろに、一之臣さんが乗ると、グリフォンは勢い良く走り出す。

大丈夫、オレがいるから

一之臣さんに後ろからギュッと抱きしめられる。


少し早い彼の心臓の鼓動が伝わって来て……

や、ヤダ、私までドキドキしてくるよ……

でも、その温もりは優しくて、なんだかほっとして……

どこか懐かしい。

んじゃっ、行くぞ

えっ!?

わっぁぁ!!

グリフォンの翼が大きく動いたかと思うと、あっという間に私たちは空の上にいた。

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