私は、思わずギュっと目をつぶってしまった。

風が頬に当たり、髪が後ろに流されていく。

里沙、見てみろよ……

一之臣さんが私の耳元に優しく囁いた。

固く閉じた瞼をゆっくり開けると、そこにはまるで子供の頃に見た絵本の様な景色が広がっていた。

七色の花畑、童話の世界のお城。

空が突然、昼間から夜へとスライドすれば満点の星。

どこまでも続く森や、不思議な雰囲気の街。

綺麗……

だろ?

こんな世界があったんだ……。



グリフォンの横を、映画や本でしか見た事ない幻獣の群が通り過ぎる。

スゴイ……ドラゴンだ……

悠々と翼を広げ空を飛んでいく竜たちに、私が釘付けになっていると、

ほら、着いたぞ

一之臣さんがそう言って指さす先に、私もよく知るモノがあった。

遊園地!?

そう

グリフォンがゆっくりと地上に着地すると、私はまた一之臣さんに手をひかれて、遊園地の入り口に向かう。


入り口は普通に、人間の世界のものと大差ない。

華美な装飾も目を疑うようなものもこれと言って──

イラッジャイマアゼェェッェェ~~~~ヨウゴゾォォォォォッォ~……

…………


あった……。

緑色さんに、一之臣さんが二人分の入園券を渡した。

イヅデラッジャアアア~~~~ィ……

ほら、行くぞ?

あっ、はい!

園内にもびっくりするほど不思議なモノは無いようだ。

ただ、何故なのか他に歩いている人が全くいない。

ここ……本当に
今日やってるんですかね?

あまりの閑散ぷりに、心配になった私がそう言うと、

ああ、貸し切りにしといたから

えぇっ!?

か、貸し切り!?
いつの間にそんな……

さっき、うどん屋入る時
オマエがグズグズしてたからな

あっ、あの時……

……約束、してたからな……

約束……?

……忘れてんならそれでいいよ

一之臣さんは頬を少し赤らめている。

…………?

約束なんて、私いつしたんだろ?

遊園地の中を手を繋ぎ、二人で歩いていく。

こういうのがデートなのかな?

デート初体験の私には漫画やドラマとかの知識しかない。緊張はいまだ解けない。


でもなんかちょっと……楽しいかも。

好きなの乗れよ、貸し切りなんだから

あっ……はい。

いいんですか?

当然!

はい!

人間の世界にあるのと、見た目はあまり変わらない。

宝石箱をひっくり返した様な、キラキラ輝くメリーゴーランド。

レールの見えない空中を浮遊する、超高速ジェットコースター。

久しぶりの遊園地は本当に楽しくて、時間が経つのを忘れてしまう。

一之臣さん!

次アレに乗りましょうよ

えっ?
ああ、でももうすぐ……

その時──

というお腹に響く、聞き覚えのある音がした。

……これって……

いつの間にか、園内は暗くなっている。

……花火

それは、空に咲いた大きな花。


赤や青、白や黄色、開いては空の上で儚く消えていく。

スゲーだろ?

ここの花火は神世の中でも
指折りの絶景なんだぜ?

はい……
こんな綺麗な花火初めてみました!

花火が散ると辺りは暗くなり、咲けば一面が光に包まれる。



幻想的な空間の中、私はただ空を眺めていた。

里沙、オレさ……

はい

オマエが誰を選んでも良いと思ってんだ

へっ……?

もちろん、オレを選んでくれたら
嬉しいけどな……

っ!? え、選ぶって……

許嫁の事ですか?

ああそうだった。

すっかり忘れていた。


このデートの本来の目的……。

オレ、アイツらの事も好きだから……。

兄貴のオレが言うのもなんだけど、ニノもジョウもどっちもイイやつだから……

一之臣さん……

でも、もし里沙がオレを選んでくれたら……

絶対にオマエを泣かせたりしない

一之臣さんの顔が見れない。

自分の顔が耳まで赤くなっているのがわかる。

心臓の音は、一之臣さんに聞こえるんじゃないかと思うくらい、早く大きく鳴って止まらない。

二人の間に少しの沈黙が流れた。

なぁ、さっきの話だけどさ……

……さっき?

オレがオマエを知ってるって話……

あぁっ! はい……

オマエは忘れてるけれど……


その時、一際大きな花火が上がった。

会った事あるんだぜ、オレたち

えっ……?

衝撃的な発言に、思わず一之臣さんの顔をみると、花火の光に照らされた、彼は優しく微笑んでいた。



けれど、何故かその表情は少し寂しそうだった。

オレにも……
ニノにもジョウにも、三人ともにな

そ、そうなんですか!?

本当に!?

ま、思い出せなくてもいいけどよ

そ、そんな、い、いつですか!?

そう、私が一之臣さんに詰め寄ると──

もう時間ですよ?

いつの間にか私たちの後ろに二之継さんが立っていた。

花火も終わり辺りもすっかり明るくなっている。

なんだよオマエ、
ワザワザ迎えに来たの?

私は、アナタを信用していませんから。

兄さんなら花嫁をそのまま連れ去るなんて事もやりかねませんし……

本当に信用ねーな……

さぁ、姫。次は私と参りましょう

二之継さんは私の足下にひざまずき、そっと手の甲にキスをした。

…………!?

ニノ、おまえ!?
ダメだろそれ!
抜け駆けだろ!?

ふ~っ、全く……
だから兄さんはダメなんですよ。
こういうのに抜け駆けも何もありませんよ

知るか!
オレはオマエみたいに、女としょっちゅう食事やら遊びにやら行かねーんだよ

その言い方は心外ですね、私はいつでも女性をエスコート出来る様に学習しているだけですので。
行きつけのうどん屋しか食事する所を知らない誰かさんとは違います

うっ……

さっ、こちらですよ里沙さん

えっ!?
あっ、あの……

ふと、一之臣さんと目が合った。

あっ……

気をつけて行って来いよ

そう言うと、私の頭をポンと撫でる。

はっ、はい、あの……楽しかったです!


ありがとうございました!

私は深々とお礼を言ってお辞儀した。

おっ、おう……

一之臣さんと別れた私は、今度は二之継さんに手を引かれて遊園地の出口へとやって来た。




するとそこには──

これって……


馬車!?

先頭には立派な馬が二頭、まるで中世の貴族が乗っている様な馬車があった。


時代感覚は完全無視。ああ元々、世界感もこの世界はバラバラだった。

さぁ、姫様

御者には狐面さんが一人。

一助さんかな?

扉を開けて私を誘導してくれる

ありがとうございます、一助さん

二助でございます

…………

やっぱり見分けの付け方はわからない。

二助さんの手を借りて、馬車の中へと入ってみる。

中は見た目よりもカナリ広い。


赤いふわふわの座席に座ると体がそこに沈み込む様な、こんな心地良いソファがあるのかと感動してしまった。

シンデレラにでも
なったみたいな気分……

では、行きましょうかお姫さま

pagetop