マザーレスチルドレアジト・ヒラヤマ小屋

ヒトミは弟のユキオに呼びかけられたような気がして目を開けた。

周りを見渡すと薄暗く殺風景な室内に天井から吊り下げられたランタンの炎が揺れていた。


ヒトミは床に寝かされていて背中と尻にはざらついたコンクリート床の冷たい感触があった。

事態を把握しようとヒトミは懸命に記憶をたどってみたが、頭の中は靄がかかったようで何一つ思い出すことが出来ない。

無理に思い出そうとすると頭の芯がキリキリと痛んだ。

腕の時計を見るために身を捩ったが、どうやら両手はタイラップ（結束バンド）で後ろ手に拘束されているようで自由にならなかった。

体を起こそうと寝返りを打とうとしたがその途端に全身の節々がきしみ、体中の筋肉が悲鳴を上げる。

その激しい痛みでヒトミの記憶が一瞬に蘇った。

児童誘拐の取材でこの事件に弟のユキオが関係してる事がわかった。



そして不良グループ『マザーレスチルドレン』のアジトに単独乗り込んだが、車の前に突然現れた男を避けて立木に激突。



その後の出来事は昏倒して全く覚えていない。

ここはおそらく犯人達のアジトだろう。

たぶんユキオもここにいるはずだ。

何としてもユキオを連れ戻したい。

罪を償わせてまっとうな人生を歩ませたい。

たった一人の家族。

死んだ両親も天国できっとそう望んでいるに違いない。

そう祈って自分を奮い立たせると、ヒトミは部屋のドアに向かって叫んだ。

だが何の反応もない。

しばらくして部屋のドアが出し抜けに開くとサングラスの男が入ってきた。



見上げるような大男、あの時ヒトミの車に立ちはだかった男だ。



突然のヒラヤマの出現に緊張感が走りの身体中の筋肉が硬直するヒトミ。

ヒラヤマはヒトミを一瞥もせず「……ウルサイ」独り言のようにそうつぶやくと部屋の照明のスイッチをいれた。



薄暗かった部屋が蛍光管の白々とした明かりで満たされた。



ランタンを消すとヒラヤマはヒトミの前に立った。

黒く濃ゆい色のサングラス、しかしヒトミにはレンズ越しの奥で目を細めているのが見えた気がした。

黙ってヒトミを見下ろしているヒラヤマ。

ヒラヤマは声をあげて笑うとそういった。

ヒラヤマはいきなり傍らのテーブルを鉄板入りのブーツの足で蹴り上げた。

その一撃で木製のラウンドテーブルは激しい音をたてて破壊され、天板部分は虚空高く飛び上がりランタンを破砕し天井に激突して落下した。

円形天板は床に叩きつけられると廻転しながらのたうち、最後は横たわっているヒトミの背中に当たって動きを止めた。

ヒラヤマの激昂と背中に受けた衝撃に耐えかねて、思わずヒトミは悲鳴を上げた。

そう言い放ちヒラヤマは、ヒトミの身体を手荒に抱え上げた。

最後の方は泣き声になるヒトミ。

ヒラヤマは静かに
冷たく意味ありげな
笑いを浮かべた。