マザーレスチルドレンアジト・監禁部屋
マザーレスチルドレンアジト・監禁部屋
心配しなくていいマスター
ハルトは表情の死んだ顔のまま無機質で感情が全くこもっていないしゃべり方で静かにそういった。
……
マスターは口ごもった。
すっかりハルトは変わってしまった。
何かが憑依したかのように今のハルトは以前とはまるで別人だ。
多重人格者?
しかしそれを究明するにも現状ではどうすることも出来そうにないし今はそんな時間的余裕もなかった。
そ、そうか、今は…… とにかくここを出ることを考えよう
マスターはハルトの急激な変化に気を呑まれ、混乱しながらやっとでそう口にした。
そしてこれ以上事の真相を追求するのは後回しにして……
とにかく今はレイコと子供たちを探し出す事に集中しようとマスターは自らを戒めた。
マスターは疑念を振り払うかのように力を込めると分厚く重い金属製のドアを押し開いた。
予想に反してマスターの目に飛び込んできたのは山の稜線をシルエットにして広がっている一種異様な雰囲気の夜空だった。
真夏だというのに湿度を帯びた冷気がマスターの首筋を通り抜けた。
気温の低さと澄んだ空気が標高の高さを伺わせた。
辺りを見渡すと常夜灯の仄かな光に照らされて同じような建物が点在しているのがわかる。
そいつをオレに渡してくれないか?
マスターの背中に向かってハルトがいう。
え?
マスターが不意を突かれ驚いた様子で振り返る。
ハルトの視線の先にあるのはマスターの腰に挿されたナイフ。
ああ、このナイフか……
言葉に詰まるマスター。
ハルトの要求に戸惑いを隠す事が出来ない。
そうだ。そいつを渡してくれ
そういうとハルトがマスターを見つめた。
しばらくの気まずい沈黙が落ちた後、
いや、ダメだ。ナイフは渡せない
ハルトの目を見返して今度はきっぱりと答えるマスター。
ハルトは黙っていた。
しかし視線はそらさない。
その鋭い目つきでマスターをじっと見る。
その目を見てマスターの脳裏に先刻の光景が蘇る。
ノガミの首を執拗に締め上げるハルトの恐ろしいまでの形相。
そこは明かな殺意が存在していた。
あの時止めなかったら金髪を殺してたかもしれない。 いや、恐らく絞め殺していただろう……
コイツはオレが持ってる、いいな、ハル!
マスターは思いの外興奮の混じった強い口調になってしまい自分でも驚いた。
……
ハルト不満げにそっぽ向いて深く息を吸い込んだ。
この建物のうちのどれかにレイコ達も監禁されてるのか……
不規則に建ち並ぶ大小の棟群を見ながらマスターがいった。
別の場所に連れ去られた可能性も高い
あり得るな…… だけど、取りあえず隣から見ていくか
いや、アイツから訊き出したほうがはやい
ハルトは倒れている金髪の少年、ノガミの方に視線を向けていう。
そうだな……
部屋に戻り、気を失いひっくり返って仰向けに倒れているのノガミを覗きこむ二人。
おい、起きろ!
マスターがノガミの体を揺さぶるが目を覚ます気配はない。
どくんだマスター
一旦建物の外に出たハルトがそう言いながら戻ってきた。
手にはなみなみと水の入ったバケツを下げている。
そんなもんどこにあった?
表に置いてあった
そういうとハルトは勢いよくノガミにバケツの水を浴びせかけた。
ううぅ……畜生、お前ら…… ふざけやがって
苦しそうに唸るような声を出してノガミの意識が戻った。
おい!
マスターがノガミの襟首をつかんで揺さぶる。
おい、オレの家族はどこだ?
しらねーよ
顔を背けてノガミが投げやりに答える。
ふざけやがってテメー!
マスターは勢い込んでノガミの襟首を締め上げる。
ハルトはマスターの背後に回って腰に挿しているナイフを抜いた。
ハル、なにするんだ!
驚いてマスターが振り返る。
こいつはそんなんじゃあ、口割らねえ
そういうとハルトは手に持ったナイフでいきなりノガミの左太腿の内側を突いた。
ノガミの絶叫が響く。
ここは防音が効いてるから仲間には聞こえないぜ!
そういうと苦しげに呻くノガミの首筋にナイフを近づけるハルト。
お前ぶっ殺してやろうか
やめろ、お願いだからやめてくれ……
ノガミが脂汗を飛ばしながらハルトに懇願する。
ハルトはナイフを左手に持ち替えて右手で傷口を親指でえぐるようにノガミの太腿をつかむ。
のけぞり悲鳴をあげるノガミ。
うおぉぉぉl ちくしょう、痛ぇよ……痛い。放してくれ、頼むから……
それでもハルトは表情も変えずに尚もノガミの太腿を締め上げる。
じわじわとハルトの右手が傷口から溢れ出す鮮血に染まっていく。
うううっ! わかった、わかったから、いうからもうやめて下さい……。ここにはいない、もうこのアジトにはいない
ハルトが頷くとノガミの恐怖でくすんだ目が忙しく瞬いた。
じゃあ、どこだ?
ハルトが訊いた。
しかしノガミは黙ったまま答えない。
ただ荒い呼吸を繰り返している。
ハルトが右手に力を込める。
痛てえぇぇ!! ……お、お願いです、から、や、やめてくださいっ
激痛にノガミの顔が歪む。
獣的な本能をむきだしにした目でノガミを睨みつけるハルト。
わかったから……。頼む、いうからやめて……。み、港に監禁されてる……岡崎埠頭に……明日船が着く。その船で外国に運ぶっていってた……
外国に運んでどうするんだ?
詳しくは知らない、でも多分子供は殺ろされ内蔵をとられる、女は外国の変態に売り飛ばされるらしい
……
マスターの顔からみるみる血の気が引いていく。
ここには仲間が何人いるんだ?
今は多分……十人くらい……
あいつは? あのサングラスのやつは何処にいるんだ?
……ヒラヤマさんは、自分の小屋にいると思う……。あとのメンバーは中央の建物に集まってるはずだ
ハルトが右手の指先に力を込める。
傷口にずっぽりと根元まで挿入されたハルトの親指がノガミの左大腿神経を直に圧迫する。
ノガミの左足が解剖実験のカエルの足のように激しく痙攣を始めた。
全部喋ったじゃねえか! いい加減に、もうやめてくれぇ、ちくしょう!!
絶叫した後、ノガミはあまりの激痛で再び気を失った。
こいつ気絶しやがった。まあいい、聞きたいことは全部聞き出した
ハルトはノガミを床に転がすと腰を上げながらそういった。
ああ……
マスターは呆けたように答える。
ハルトは黙ってマスターにナイフを差し出した。
……いい、お前が持ってろ
一瞬躊躇したがマスターはベルトに装着していたナイフケースを外してハルトに投げ渡した。
ハルトは黙ってケースを受け取るとナイフを自分の腰に装着した。
じゃあ、行こうか! 少し急がないと時間がないマスター
欲しい物を手に入れた子供のように目を輝かせながらハルトがいった。
まるで暴力を楽しんでるようにしか見えない。まさか、あんなむごい非人間的な行為で金髪を攻め上げた事で意気があがったっいうのか?
活気づくハルトの姿を見てますます困惑が深まって行くのをマスターだった。