ヒラヤマ小屋裏口
ヒラヤマ小屋裏口
なんで、姉貴が……
ヒラヤマの専有する小屋の裏、閉ざされた裏窓の隙間からユキオが屋内を覗いている。
え! あれってユキオの姉ちゃんなの?
背後のエミコが驚いた様子でユキオに訊く。
ああ
振り向かずにユキオが答える。
どうしてヒラヤマさんに捕まってんのよ?
そんな事知るかよ……
室内からヒトミの叫ぶ声。
姉貴……
きっとユキオを連れ戻しにきたんだよ、そいでヒラヤマさんに捕まって……
少し黙ってろ。うるせえんだよ!
振り返りエミコの言葉を遮って小声で怒鳴るユキオ。
───どうしてこんな所まできてんだよ───姉貴───保護者ぶりやがって───ほっといてくれよ
ユキオは心のなかでヒトミに毒づいた。
しかし反面ここまで自分を思ってくれる姉の情の深さを改めて知り、胸の中で入り混じる思いに困惑していた。
幼い頃まだ両親が生きていた頃の記憶が脈絡もなく頭に浮かぶ。
幸せだったあの頃。
温かい家庭、無邪気に過ごした子供時代。
優しかった両親。
でも……親父があんな事になって全てが狂ってしまった。
突如に世界が歪んでしまった。
この国を憎んだ。
あの日を境に相手にしてくれるヤツなんて誰もいなくなった。
学校なんて……
勉強なんか昔から大嫌いだった。
どうせ狂った世の中なんだ、真面目に生きる事なんて馬鹿のやること。
全てがクソだった。
クソみたいな世界から飛び出したかった。
でも間違いだった
ただ現実から逃げてただけだ
お袋が死んだのも俺のせいだ。
それでも姉貴は俺をかばってくれた。
姉貴だって辛かったはずなのに。
自分のことだけしか考えられなかった。
馬鹿だった。
俺にはそんな事さえわからなかった。
俺は馬鹿だ。
大馬鹿だ
姉貴……
ユキオの心、その奥からやりきれない思いが溢れ出してきた。
ねえちゃん……
……ごめんなさい。
ユキオは泣きたくなった。
子供のように泣き叫びたかった。
やり直したい───今からでも出来るなら
ヒラヤマはヒトミ抱えて部屋から消えてしまった。
もう今後の成り行きを窺い知ることは出来ない。
くそぉぉ───どうすりゃいいんだ
どうすんのよ?
エミコがユキオの腕を掴んで訊く。
わからねえ……
ユキオは首を振りながらそう答えた。
このままじゃあ、ユキオの姉ちゃん殺されちゃうよ、それも残忍な方法で
……
ユキオは無言のまま足元に視線を落とす。
あいつは今までに何人も殺してるんだよ、シャブ打たれて犯されて切り刻まれるんだ。あいつは超狂ってる、本物の変態で殺人鬼だよ。人を殺す事なんて何とも思ってないんだから
うるせえ、じゃあ、一体どうすりゃいいんだ!
ヒラヤマ殺して、ユキオの姉ちゃん救いだそうよ。今ならヒラヤマも私たちのこと疑ってない。きっと油断する
───
マザレスにいて、最初は楽しかったけど、まさか子供の誘拐までやるなんて。そんな悪いことばっかりやんのもいい加減イヤになってたし。酷いヤツなんだから、ヒラヤマ殺したってきっと神様も許してくれるよ
わかった。姉貴を…… 助けたい
自分に言い聞かせるようにユキオはいった。
うん、じゃあ、何か理由つけて私がアイツ呼び出すから。ユキオは武器庫から拳銃持ってきて。拳銃なら殺れるでしょ。鍵は持ってる?
武器庫の鍵はここに持ってる
ユキオはポケットから武器庫の鍵を取り出した。
ねえ、ユキオ。
これが終わったら二人でどっか遠くへ逃げよう
エミコ……
さあ、早く時間がないわ、急いで!
よし! わかった。エミコはここで見張っててくれ
そういうとユキオは武器庫のある棟へ向かって全速力で走りだした。
ユキオの姿が闇に消えるとエミコはジーンズの尻のポケットから携帯を取り出した。
ヨシナリあんた、どこで何してんのよ!
どうせまたゲーセンでしょ?
苺のケーキ? まじ? 何処にあったのよ、そんなの。
パクったって? 何処から? あーもう、そんな事はどうでもいいから、早く戻ってよ!
面白いことになったから
なんと今からユキオがヒラヤマさん殺すって
まじだよ、まじ、冗談じゃないって
今拳銃取りに行ってるとこ
私のお陰でしょが
えーケーキで済ますわけ?
いやよ、馬鹿じゃない?
いいから今直ぐ戻るのよ!