世の中は、何時だって非情だ。
その現実を知ったのは、子供の時だった。
世の中は、何時だって非情だ。
その現実を知ったのは、子供の時だった。
どんなに頑張ってもできないことは必ずある。
学校では、努力してできないことはないなんて言うけれど、それはきっと優しい嘘。
人間は生身では海の中では生きていけない。
生物は宇宙に適応できない。
地球という星の中でしか進化できない。
それは誰でも知っていて、敢えて言うまでもない事実にして、常識。
世の中は非情である。これも、誰だって知っている。
ただ、子供はそれに気付けない無邪気さがある。
無垢に微笑んでいられるのは、無知だから。
きっと、それが理由。
夜伽兄妹は、双子だ。
兄の天都に、妹の月子。
両親の意向で、雅な名前にしようということでこの名前に決まったらしい。
天都はこの名前があまり好きではなかった。
自分は名前負けしている。
天になど、届く訳もない。
ちっぽけな存在だと小さい頃から分かっていた。
妹の月子をずっと一緒だったから。
月子は幼少時より虚弱で、よく倒れていた。
そのうち、月子の心臓に先天的な重い疾患があることが病院で判明する。
兄の天都の心臓も念の為に調べたら、案の定似たような状況だった。
気付いたときには深刻な状態にまで進んでいた。
それが、子供の頃。小学校に入る前。
二人は生まれつき、死ぬ運命にあった。
すぐに治療しないと死んでしまう心疾患。
兄と妹では別の疾患らしく、難しい病名と症状を説明されていたが、幼い二人には理解できるはずもない。
結局、二人は長いこと入院生活を余儀なくされる。
入院前に虚ろな瞳で見上げた夕暮と電柱のコントラストを、今でも天都は覚えている。
世の中は、きっとそういうことだらけなのだろう。
ここでは、人の死が当たり前で。
悲劇が日常で。
さっきまでいた人が次の日突然いなくなる。
笑顔で去っていく人の方が、少ない。
二人が入れられたのは、最先端の医療を備えている大きな病院だった。
二人は我侭を通して二人で一つの個室で、ずっと二人だけで互いを頼りながら生きていた。
小学校に入ることはできても、通うことは叶わず。
ずっと白くて狭くて薬臭い室内だけが、彼らの王国。
王国を侵略するは、メガネでハゲの医者に若い看護師。
最初は皆が悪者だった。
そのうち、両親も顔を見せにこなくなる。
頼れる存在は、何時の間にか互いになった。
妹の月子は、頭の良い子供だった。
元々知識欲は高く、暇潰しと称して色々な本を沢山読んでいた。
兄の天都はどちらかというと無気力なタイプで、ぼーっとして無為な時間を過ごすことが多かった。
双子は有意義と無意味で見事に分かれていた。
兄は、どうせ自分は治らないと絶望に沈み、妹はこの状況を楽しむ事を選んだ。
二人の王国は、月日が経過すると別の意味になっていった。
妹の月子が、危険な感情を発露するようになったのだ。
主に、兄に対する絶対的な信頼感と家族愛が澱み始めていた。
兄は当然機敏に反応する。
その頃には、天都は家族に異性の愛情を向けてはいけないと知っていた。
頭ごなしに一度叱ったが、逆ギレされて、妹に飛びかかられた。
気付いたら、唇を重ねていた。妹に、奪われた。
兄がどうするべきかと混乱する間に、間近でニヤリと蛇のように嗤う妹は、このことは二人だけの秘密にしようと切り出した。
妹は兄に全てを捧げると誓った。
心も身体も差し出すと言い出した。
それはまるで神の前で決意を表すような。
健やかな時も病めるときも常に一緒にいると。
兄は嫌だと言った。
それは危険な愛だ。間違っている。
そう告げたのに、妹は知ったことではないと嗤う。
この狂愛が、狂熱さえ胸の中で滾っていれば秘密を隠し通すぐらいどうということはない、と。
この時点で妹は既に女としての自覚を始めていたのかもしれない。
男として兄を見ている時点で。
兄はその刹那、半身であるハズの双子の妹に恐怖を感じた。
この女は狂っている。何かが外れている。
感じたときには、もう一度唇を奪われた。
強引に、初めてを持っていかれた。
勝てるはずの妹に負けた兄は、そのことを当分先の未来までトラウマとして引きずることになる。
それから数年。
大きな手術を何度か越えた頃。
兄の症状は、妹のそれよりも幾分か軽く、数年の入院生活を終えて退院することができた。
妹も更に一年ほど入院しながら、何とか学校に通うまで回復していた。
そこで、出会った一人の少女。
彼女は、長い間空いていた彼の席の隣だと、初めて学校というところにきていた天都に、おずおずと声をかけてきた。
わからないことがあるなら、聞いて欲しいと。
できる限りのことはすると、優しくしてくれた。
今の今まで、まともに人と接したことのない天都はぶっきらぼうに対応したが、彼女は困ったように笑うだけで、次の日も、そのまた次の日も彼に声をかけてきてくれた。
次第に接し方というのを感じてきた天都の対応も柔らかくなり、友達と呼べるようになるまで時間は掛からなかった。
今思えば、彼女のおかげで真っ当な学校生活を送れたのだろうと思う。
突然来た異物をフォローしてくれていた彼女の尽力が、天都を支えていたのだと。
妹は、それを快く思ってなかった。
兄を狙う人生初の敵が現れたと認識し、兄が家に連れてきた彼女を待ち受けて撃退した。
のち、兄とは取っ組み合いの喧嘩になったが兄にボコボコにされて反省した。
次回はもっと目立たたない方法でやろうと。
兄の近くにいる女は、例え母でも許さない。
究極の独占欲の片鱗が、既にこの時見え始めていた。
高校に入る頃には、妹も兄もそれなりに安心して暮らせるようになっていた。
これで漸く普通に生きていけると、思った矢先。
妹の心疾患が再発したのだ。
今度は、前回よりもひどい状態で。
呼応するかのように、兄も心臓に症状はまだ軽いとはいえ、再発した。
その治療費は、莫大になった。
この頃には、疲弊している両親の無理も察していた双子は、これ以上の無理はさせられないと感じていた。
自分たちの治療費はどうにかしないといけないと、何でもいいからと方法を探している時だった。
生命を賭けた、裏世界のゲームがあることを知ったのは。
まるで金に飢えていることを知っているかのように、高校のクラスメートが教室でボソボソと話しているのを兄が聞きつけて、詳しく問うたのだ。
そして、教えられた通りに手順を踏んで、今に至る。
ま、この場にいる時点で殺し合いになることは必須
然し、出来ればわたしは陣営を超えて繋がりを作っておきたいんですよ
そのほうが面白いんで
自分さえ楽しければ周囲を混沌に陥れても何ら構わない……そういう魂胆ですか
貴方、腐ってますね性根が
よく言われます
それが個性だと思ってるんで、気にしませんけどね
ふんっ……それはどうでもいいですよ
ただ、私と兄さんの敵になるなら誰であれ殺しますよ
陣営なんて関係ありませんよ
生きていればきっと勝てます
わたしは強い人とは戦いたくないんで、出来ればお手柔らかに
……弱者嬲りがそこまで楽しいんですか?
大好きですっ!
嬲るのも潰すのも痛みつけるのも!
……そうですか……
快楽を求めてゲームに参加とは……
分かりやすい異常性、ということですか
私とどっこいどっこいでしょうね
あんたクレイジーだな
うん、俺クレイジーだと思う
個性です
ストレートに感想を言った天都に怒ることもなく、しれっと黒花は流した。
月子は同類にニオイを察知して、しかし違うベクトルであることを安堵しつつ、様子を見る。
また下らない手間を増やさずに済む、と。
黒花は話したいことを終えてそれでは、と言って手を振りながら去っていった。
どっと疲れたように天都は溜息をついた。
俺の周りにいる女はどうしてこう、頭のおかしい奴しかいねえんだよ……
まともなのが春菜しかいねーじゃねえか……
わ、私のはまだ大丈夫です、きっと
いや、それはない
間違いなくお前が一番アウトだと思う
何でですか?
実の兄に惚れたらいけませんか?
実害ないんだったらそれは犯罪じゃありません
既成事実を作ろうとしないだけ褒めて欲しいぐらいですよ
それとも、兄さんは私が頭がおかしいと言いたいわけですか?
ああ、そうだね
お前の頭がおかしいのは自明の理だ
だから俺が面倒見るって言ってんだろ
お前は世に放たれるべきじゃない
身内の恥は身内で処理する
俺が一生お前を外には出さない
……ま、まぁそこまで言うなら?
わ、私も吝かではありませんが
兄さんの世話になって差し上げてもいいですよ?
変態の妹を持つと苦労するのは兄貴なんだよ……
俺もまともな恋愛がしたい
コブがない状態で
認めません、絶対にダメです
春菜さんもダメです
最近発情してきて兄さん狙いなのは目に見えています
私が許しても私が許しません
私の義姉になるなど、認めませんよ
俺の妹はどこで成長を間違えたんだろうなぁ……
若干錯乱してるのか日本語がおかしいんだが
っつーか、付き合い長い相手に発情とか言うなよ
それ言うならお前だって発情してるだろうが
私は兄さん相手なら常に発情していますが?
何です、兄さんから禁断の領域に手を突っ込みますか?
私は大歓迎ですよ?
安心しろ
実妹に手を出すぐらいなら俺は一生童貞でいい
あとお前との子供は絶対お前に似るから嫌だ
失礼ですね
そんなことやってみないとわかんないじゃないですか
やるわきゃねーだろうが
その方法で俺が乗っかると思ったら無駄だぜ
チッ……流石にもうダメでしたか
当たり前だ、兄貴舐めんな
春菜にも言われてるからな、部屋の鍵はしっかりしておけって
お前の場合、ピッキングで開けるから意味ねーけど
何でピッキングとかハッキングとか、やばいことできるんだ月子?
そりゃ、兄さんに何を求められても良いように何でも出来るのが私の役目にして使命ですから
わかった、じゃあ求める
俺に発情するのやめろ
私のアイデンティティなんで無理です
はぁ……
俺の妹は本当にどこで間違えたんだろう……
こいつ助けたい気持ちまで揺らぐ気がする
えっ!?
お、お兄ちゃん……
私を見捨てるんですか……?
ずっと一緒にいるって言ったのに……
うん、やっぱ気のせいだ
俺がこいつ見捨てるわけねえし
ありえねえ、うんありえねえ
フッ……
兄さんキラーの『お兄ちゃん』フレーズで一発陥落……
相変わらずここだけはちょろいですねぇ
やっぱシスコンとブラコンの兄妹って無敵です
双子がいちゃつきなのか漫才なのかをしている最中に、見るからに怪しい黒服達が、集まってきた。
背後には大きな車が停車している。
どうやら、お迎えのようだ。
二人は決意を新たに、歩き出す。
互いが互いを助け、生きていける未来のために。