外道の道を、茨の道を進む。
望んでこの世界に入る。
それが、正解。
俺には、金がいる。
とても沢山。
普通じゃ手に入らない、大金が。
こいつを護るためには。
俺にできることは何でもする。
形振り構うつもりはない。
だが……

……本当に、正しい手段なのか……?
これしか方法がないのか……?

……思い出せ。彼女が願ったことを。
思い出せ、叶えたいことがあると言ったことを。
願うことすらいけないことなのか? 
俺に出来ることは何でもするって言ったじゃないか。
父さんたちに出来ないことが、もしかしたら俺には出来るかもって、縋る思いでここにきたんだろう。
こいつだって、きっと……。
生きたいと、望んでいるはずだ。
双子の俺にだって分かる。
俺は、こいつの為に法を超える。
踏み外してやる。この手で!

俺は綺麗な花畑を訪れていた。
ここには、数人の若い男女が屯っていた。
人気のない、俺の住む街から遠く離れた郊外の幻想的な花畑。
そこに、多分俺と同年代の学生と思われる男女が集まっている。

花畑をぼおっと見ていたら、髪の毛の長い女の子がとことこと近寄ってくると、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。
無邪気な笑みだが……どこか、瞳が笑っていない気がする。

俺は何も答えない。
あれには、他言無用と書かれていた。
何も言ってもいけないと思う。
故に、ここで希望を失うわけにはいかない。
彼女は無視する俺達に、くすりと小さく笑う。

黒花

……もしかして警戒してます?
大丈夫ですよ
ここにいる人間は、全員参加志望ですんで、ここで話しても特に問題はないんです
ここが集合場所ですしね
わたし、如月黒花(きさらぎくろはな)と言います
初めまして
以後、お見知りおきを

自分から名乗った彼女は、そうして俺達に挨拶をした。
ますます信じられない。
もしもあの話が本当なら……こいつは、俺達と競い合う敵なのだ。
なぜ、こんな風に友好的な空気を出せる?

月子

……私は、夜伽月子(よとぎつきこ)
こっちは兄の夜伽天都(よとぎあまつ)です
初めまして

と思っていたら、傍らに寄り添っていた妹が、警戒心タップリで対応している。
自己紹介ぐらいはしておいている。
礼儀で最低限。
その刺々しい排他的な空気が示す意思は一つ。
消えろ、だ。

黒花

おやおや、恐ろしい空気ですねぇ……
近寄るな、と顔に書いてありますよ?

黒花と名乗った少女は、妹の牽制を飄々として意にも介さない。
隣の妹は、苛立ちを最早隠そうともしない。
ストレートに攻撃に出た。

月子

分かって頂けているのなら話は早い
とっとと消えなさい
今私は非常に機嫌が悪いですから

黒花

ちょっとばっかり、話をしようと思っただけです
同じゲームに参加する人間同士じゃないですか
そこまで、攻撃的になる必要はありませんよ

月子

馴れ馴れしい人間は大抵ろくなことを考えていません
経験上、先制で打ち倒すか追い払うのが得策だと判断しますが

黒花

成程、真理です

月子

……で?
消えるんですか、消えないんですか?
場合によっては私からいきますよ?

本気の目をした妹は、初対面の相手でも容赦なく噛み付く。
昔からこういう奴だから、友達が少ないんである。

天都

月子、そのへんにしておけ
確か、如月さんだったか
あんたもこいつを刺激するのは勘弁してくれないか
要件なら聞く

黒花

如月でいいですよ、お兄さん
わたしは大して年齢も変わらないかと思いますので

月子

人の兄に、勝手に話しかけないでもらえますか?
兄さんは、私の兄なので呼び方も変えていただきたいんですけど?

俺が割って入ると、如月はケラケラ笑って答えた。
ドスの効いた声で怒る月子。お前は落ち着け。

黒花

いやいや、申し訳ない
お二人とも中々鋭い眼光をしていたんで、ちょっと気になりまして
ちょっとコンタクトを取ってみたいと思ったんですよ
好奇心ってやつですかね

月子

それだけですか?
そういう軽い奴は、私の嫌いな人間のタイプです

双子の妹――月子は相変わらず口悪く相手を罵る。
こんな奴だから以下略。
喧嘩にならないだけまだマシだ。
大抵は俺が間に入って納めないと喧嘩になる。

黒花

すいませんね、根っからの好奇心優先タイプでして
そんなギラギラしなくても、まだ他の連中は気が抜けきっていますよ
『人狼ゲーム』の参加者なのは間違いないですが……

今如月が言葉にした単語。
『人狼ゲーム』。
それは巷に噂になっている、大金を賭けた非合法のゲームらしい。
命懸けで賞金を競い合い、殺し合いをするデスゲーム……。
俺達双子が、向かおうとしているのはそこだ。
狙いは金、それだけ。
事情あって、大金がすぐに必要だから。
両親が用意できそうにない金を、俺たち自身で賄うために。

黒花

わたしも参加者ですから、ゲームが始まれば敵同士……その心理は理解できますが
一応陣営ってもんがあるんですから、確率は五分五分ですよ?

月子

始まる前から人間観察している悪趣味なヤツが味方でも嬉しくはありません

黒花

悪趣味とは失礼な
これがのちのち、役立つかもしれませんよ?
ゲームは既に始まっているんですから
生命賭けるからこれぐらいは用意周到にするのは当然ですよ

月子

……それに関しては同感です

月子が珍しく、他人の言うことに同感した。
俺は本気で驚いた。
我が双子の妹は極めて利己的で排他的、攻撃的というどうしようもない性格をしているのだ。
兄である俺ですら、他人に妥協したり共感したりなんてここ数年見たことがないのに、この如月という人物、出会って数分で月子をデレさせた!?
……デキるな、この人……。敵に回したくない人だ。

黒花

ほら、お互い考えていることは同じでしょう?
今のうちに顔を知っておくだけでものちのち役に立つ、かもしれません
パイプは繋いでおいて損はないんですよ

月子

……悔しいですが、一理ありますね
もしかして、このゲームへの参加経験がありますか?

ストレートに、核心に迫る質問を投げる月子。
初対面だというのに、何ということを聞くんだお前は……。

黒花

ええ、二度ほど

そしてけんもほろろで普通に答えてる。
……すごいことカミングアウトしてないか、如月。
月子は目を閉じて思案して、問う。

月子

…………
潰せそうな奴を探していた、と受取りますが?

黒花

鋭いですね妹さん
その通りです
ぶっちゃけると、弱そうな奴を探していたんですよ
雑魚は狩るの楽しいんで
お二人は大分強そうなんで、こうして話し込んでいますが

うわぁ……ゲームの経験者だったのかこの人。
何で俺たちが強そうとか思ったんだろう。
俺達初参加の雑魚って奴だと思うけど。

月子

随分と舐め腐っているというか……
その割に隙もないのは余裕ですか?

黒花

そう見えます?
わたしは楽しければ何でもいいんです
雑魚潰しだろうが手練狩りだろうがどっちでも

月子

快楽主義者とはまた恐ろしい
何が楽しいんですかね、人殺しさん

経験者ってことは要するに、そういうことだよな。
月子が皮肉げになじると、彼女は笑って流した。
……この人、何考えているんだか分からない。
人殺しと思われる人に思うことじゃないけど、危ない人か……?

黒花

おっと、流石に夜伽さんにドン引きされていますね
ここは控えましょうか
では本題を

天都

今まで本題じゃなかったんか……

如月は、俺達二人に何故かレクチャーを始めた。
お節介と月子がぼやくと、笑ってその理由を明かした。
強そうだから。それだけ。
敵でも味方でも面白くなりそうとのこと。

黒花

気を付けてくださいね、先んじて言っとくと真面目に人が死にますので
冗談抜きで
現実の死体は見慣れていますか?

月子

数度、見たことがありますよ
私は、ですが
兄はありません

月子の表情は優れない。
彼女の成り立ちが、俺をここまで連れてきた。
彼女も、俺の為にここまで来てくれた。
それが、俺たちがここにいる理由。

黒花

ん、そうですか
耐性があるなら大丈夫です
殺す覚悟は……ああ、愚問でしたね

如月は俺たちの目を見て、肩を竦めた。
余程澱んだ目をしていたのか、苦笑い。

黒花

大丈夫ですよ
お二人とも、とても良い目をしている
クリアした人間が言うのもなんですが、そんな瞳をしている人間はしぶとく生き残るもんです
経験者は語ります

月子

……当然です
こちとら、背水之陣
逃げることも、退くこともできないんですから

月子が語る通り、俺たちに退路はない。
ここに来た時点で俺たちは多くのものを捨ててきた。

黒花

理由はみんなありますよ
覚悟があるか、ないかの違いです
ないなら今此処でしてください
じゃないと死にますよ、お互いにね

不意に真面目になって、如月は俺を見た。
覚悟が決めろ……か。
安っぽいセリフだぜ。
つまり、まだある迷いを捨てろって意味だろうか。
確かに俺はまだ迷っていた。
でも、この女のセリフを聞いて改めた。
それは、双子の妹だって同じ。

月子

私は既に出来ています
他人が死のうが知ったことじゃありません
どんどん死んでください
そうしないとこっちも大変なんで

天都

ああ、そうだな
俺達は負けられない
殺してでも、負けられないんだ……ッ!

俺達の言葉を聞いて、如月は満足したように微笑む。

黒花

良い覚悟です
では、わたしがお二人に色々説明しますので
しっかり聞いておいてくださいね

こうして俺達は、出会いから幸運の星を手に入れていた。
俺達はここから始まった。
望んで訪れたこの場所で。
人狼ゲームという、殺し合いを。

pagetop