ライト・リブルス聖大国領。
 シルフェリア森林地帯・大天使の間――

リアーネ

お兄様! ラディエルお兄様ー!

 静寂に包まれた社内に、若い娘の声が響き渡る。
 社の再奥に鎮座していた私は閉じていた目をゆっくりと開いた。

ラディエル

リアーネか。そんなに息を切らせてどうしたんだい?

 自らの前に肩膝を付く金髪の娘をを見据えて口を開く。
 彼女はリアーネ。まぁ私の妹だ。

リアーネ

お兄様の懸念が現実の物に――やはり、間違いありません。
タナトス=エレクトラがこの世界に姿を現しました!

 やはり、か。妹の言葉に私はゆっくりと息を吐く。
 この世界の現状を鑑みれば、死神が動いた目的も想像に難くない。

ラディエル

狙いは、やはり“奴隷都市”だろうね。

リアーネ

でもお兄様。死神は“古き盟約”により現世に姿を現す事は出来ないのでは?

ラディエル

あぁそうだよリアーネ。だが、その古き盟約にも例外がある。
何者かと契約を結んだと見て間違いないだろう。

 彼女は何かととぼけた性格をしているが、一度交わした約束を違える事はしない。その点は安心出来る……が、やはり捨てては置けないだろう。

ラディエル

いずれにせよ、エレクトラが本格的に動き出したとなれば此方も相応の対処が必要になるだろう。

リアーネ

では、お兄様

ラディエル

あぁ。こうなっては私も動かざるを得ない。奴隷都市の存在は“七界の理”をも覆そうとしている。これを看過するワケにはいかない。
天界に属する者として私はこの世界を護る義務がある。

リアーネ

お兄様……はい、私も力の限り尽力する所存です!

ラディエル

ありがとうリアーネ。
私が留守の間、この祠の守りと……引き続き奴隷都市の動向を探ってくれ。

リアーネ

お任せください!

 リアーネは満面の笑みを浮かべ、力強く答えた。
 さぁ、これから忙しくなる。何はともあれ、まずはエラクトラと接触するべきだろう。

 
 所変わって――ライト・リブルス聖大国。

ミディア

……

カルス

……

エミリオ

……

エレクトラ

ん? そんなにジロジロ見られると照れるでないか。どうかしたかの?

 ここは城の中にある客室。その中にはワシを含め三人の男女が向かい合う様に立っている。
 その全員がフラウスが厚い信頼を寄せている直属の部下、と言ったトコロだろうか。小難しい話はよくわからん故、ほとんどフラウスから聞いただけの認識なのだが。

エミリオ

いやぁ、陛下が“闇の王と契約を交わした”と聞かされた時は流石の俺も度胆を抜かれたモンだが……
見た目のイメージが想像と大分かけ離れてたンでな、素直に驚いてた。

ミディア

やめなさいエミリオ。もし彼女が本物なら私達に……いえ、人間達に勝ち目はないわ。

 ふむ。致し方ないとは言え、やはり警戒されているみたいだの。

エレクトラ

カッカッカ。そう謙遜するでないわ。
まぁ確かに、早々遅れを取るつもりはないがの。

 凄みを利かせたつもりはなかったが、眼鏡の男・エミリオは表情を僅かに強張らせる。
 そんな男の肩に手を置き、もう一人の眼鏡娘・ミディアがワシの方に向き直る。

ミディア

それじゃ、タナトス?

エレクトラ

エレクトラと呼べ。人間界ではそう名乗っておるのでな。気軽にエレと呼んでくれても構わんでの。

 そう主張すると、何故か三人は目を見開く。
 ん? そんなに変な事を言ったかの?

エミリオ

何から何まで俺のイメージに反するな、お前は。

エレクトラ

カッカッカ、身内にもよく言われるでの。
闇に属する者が必ずしも悪で在る必要は無い。ワシはそう思っておるでの。

ミディア

クスッ、貴女もとんだ変わり種だわ。
それじゃ改めて……エレクトラ。色々と確認したい事があるのだけれど、構わないかしら?

エレクトラ

構わんぞ。ワシに答えられる事なら何でも話してやるでの。

 ワシは概ねいつも通りに両腕を組む。

ミディア

でも、その前に私達も簡単に自己紹介をしておいた方がいいわね。
私はミディア・フェルデン。ライト・リブルスの参謀役を任されてるわ。

カルス

俺はカルス・イグニス。ライト・リブルス聖騎士団の団長代理だ。改めてよろしくな。

エミリオ

俺はエミリオ・ガゼル。兵器開発担当の……簡単に言えば発明家だな。

 ほうほう。こやつ等、年齢以上に高い地位に席を置いている様だの。
 と言うより、規模に反して城詰めの人間が少ない気がしないでもないが……

ミディア

エレクトラ。貴女がこの世界に姿を現したのは“奴隷都市レイス・キングダム”が関係しているのね?

エレクトラ

その通りよ。ワシは以前より彼の地に目を光らせていた。
当初は僅かな疑念を抱くのみであったが、懸念がついに現実の物となりおったわ。

 世界の中心から、徐々に歪み始める理。天界の天使達をも欺きながら、着実に勢力を伸ばしてきたのだろう。
 全く以って、笑わせてくれるではないか。だが、このワシに目をつけられた以上はそれ相応の覚悟はしてもらう事になるがの。

エレクトラ

聞けば、お主達人間も奴等に良い様に弄ばれているらしいの。

ミディア

恥ずかしい話、そうなるわね。

 ハァ、とミディアは重い溜息をつく。

カルス

ライト・リブルスのみならず、南のニルヴェリア王国も奴等には手を焼いている。
奴隷都市を陥落させんと幾度と無く軍を率い、攻め込んだが……戦況は正直言って芳しくない。

 カルスは淡々とした口調で言ってはいるが、その声色には静かな怒りの色を混ぜ合わせていた。
 気持ちはわからんでもないが、それも無理のない話よの。

エレクトラ

まともに挑んでも、およそヒトが敵う相手では無いだろうて。

 だからこそ、ワシ自ら重い腰を上げたのだが。

カルス

アイツ等――俺達は“亡霊兵士(ボーン・レイス)”って呼んでるが、とにかく普通じゃねェんだよ。精霊術だって効いてるのかどうかわかりゃしない。

エミリオ

ソイツは俺も同感だな。何と言うか“手応え”ってのがまるで感じられない。

 ふむ。冥界の住人とて実体がある者ならば物理攻撃も普通に通るだろう。仮に実体の持たない幽霊の類なれば、精霊の技であれば倒せない道理は無い。

 となれば、やはりアレの仕業かの。

エレクトラ

奴隷都市を俳諧しておるのは“不死者(アンデットモンスター)”と見て間違いないだろうの。
程度の低い奴等ならば決して倒せぬ相手では無いが……

ミディア

不死者……確かに、あの禍々しい感じはそうかもしれないけど……

 ミディアは表情を曇らせて言葉を濁す。
 ふむ、薄々は勘付いているのかの。

エレクトラ

お主の懸念が、あの奴隷都市がヒトの手に余る要因の一つになっておるでの。
そうとも。あの街に俳諧している不死者はお主等の常識から逸脱しておる。

ミディア

っ! どう言う事なの? 確かに貴女の言う通り、あそこの不死者は普通じゃないって考えていたけど。

エレクトラ

ふむ。では解り易く“実演”してやろうかの。

 三人の視界に入る様にワシは右の掌を広げる。

 
 ヴォ、ンッ……
 

 広げた掌に黒紫の球体が生成される。

エレクトラ

これが、お主達にも馴染みがある“闇の精霊術”の一端だな。
ちなみに、ここから闇槍(デモンズランス)に派生させる事もできるが、それはまた別の話よの。

 それだけ言い、生成した闇の球体をそのまま握り潰す。
 再度、掌を広げ―――今度は“詠唱”を開始する。

エレクトラ

来たれ、闇よりも深き深淵の炎!

 掌の上で揺らめく“漆黒の炎”
 何物も映さず、照らさず、唯遮るのみ。

エレクトラ

見るのは初めてかの? これが“深淵”よ。
ミもフタも無い言い方をすれば、闇の上位互換と言ったトコロかの。

カルス

黒い……炎。

 全員がワシの手元を見入っている。ユラユラと揺れる、漆黒の炎を。

ミディア

深淵……闇よりも尚深い、漆黒の世界。
貴女が住まう世界は、こんなにも真っ暗なのね。

エレクトラ

そうだの。ワシにとっては庭みたいな物だが、光を好むお主達人間には辛かろうて。
さて、話を元に戻すが……この深淵を打破するには、七界の理では些か分が悪い。

 補足すると、今言った“七界の理”と言うのは言いかえれば万象の力――マナの力の事を指す。
 人間界でも行使されている精霊魔法も大きく分けて七つの属性が存在している。言うなれば、闇の力もまたマナの力の一端と解釈出来るワケだの。

エミリオ

なるほど、そう言う事か。

 エミリオがワシの台詞を遮り、顎に手を乗せる。
 どうやら奴は気づいたみたいだの。

カルス

エミリオ、お前何かわかったのか?

エミリオ

まぁな。おそらく、俺達の言う亡者兵士ってのは、失われた古代術式――死霊術(ネクロマンシー)によって生み出された高位の不死者である可能性が高い。

ミディア

死霊術ですって!? 深淵の理によって生み出された呪われた術式が何故……?

 さて、それに関しては直接現場に乗り込んで術者を問い質すしかないだろうの。
 アレが死霊術によって使役されている不死者であれば、それを制御している者が必ず存在しているハズ。

カルス

それが、お前が現世に現れた理由なんだな。

エレクトラ

そうだの。深淵に対抗するには同じ性質の力をぶつけるのが最も効率的だからの。

ミディア

契約主は……陛下なのよね。

エレクトラ

うむ、そうだの。あの男も奴隷都市には並々ならぬ思いを抱いている様だの。

 一国の主として見過ごせないのであるのだろうが。何故かな、それだけでは無い様な気がする。
 あるいは“個人的な”思い入れがあるのかもしれんの。

カルス

ミディア、エミリオ。
率直に訊いて、お前等はコイツをどう思う?

 カルスはワシをクイクイ、と指さして二人に問いかける。

 やれやれ、人間の信用を得るのも中々に骨が折れるでの。自分の主が闇の王と契約を交わしたと言う事実だけで、こやつ等はワシを警戒しておったからなー
 それに、人間を敵に回す様な行為をすれば天界の天使達が黙ってはおるまい。アレを敵に回すのは勘弁願いたいからの。非常にややこしい展開になるに決まっている。
 そもそも、ワシは人間を敵に回すつもりは毛頭ないしの。 

エミリオ

ま、信用はしても良いんじゃないか? 陛下と契約を交わした時点で俺達と敵対する意味は無いだろうからな。

ミディア

それは私も同意見ね。それに、奴隷都市の亡者達を相手してくれるのなら寧ろ大助かりよ。

エレクトラ

カッカッカ。そうだろうそうだろう。こう見えてワシは役に立つぞ?

 いやァ、物わかりの良い奴等で此方も助かったでの。

カルス

決まりだな……エレクトラ。

エレクトラ

何かの、カルス?

カルス

俺達……いや、聖大国はお前を歓迎するぜ。
陛下との契約が例え利害の一致からだったとしても目指す先は同じ――そうだよな?

エレクトラ

うむ、お主の言う通りだの。
よろしく頼むぞ、ライト・リブルスの精鋭達よ。

 ワシとカルスは握手を交わし、互いに頷き合う。
 これで第一関門は突破、かの。

 ……どうやら“勘付かれた”かもしれんが、まぁそこは上手くかわしていくとしよう。

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