毎夜、夢を見る
































    それは煌びやかで厳かなお伽噺

     イジワルな姉達に虐められ

      けれど最後は大団円

   王子様に見初められ、めでたしめでたし

   2人は幸せにいつまでも暮らしていく

     ハッピーエンドで締めくくり




















     なにも文句は無い

           ――その筈だ

          なのに――

  どうしてこんなにも私は、呪わしいのだろう

……っ

       そして私は跳ね起きる

     この夢を見るようになってから

   私はろくに眠ることが出来ていなかった

馬鹿みたい……

    小さく呟き、嘲るように自分を笑う

  そうなるように、手助けしたのは自分なのに

  きっと幸せでしかない、お伽噺だというのに

 自分にとってのそれは、ただの滑稽劇でしかない



   そんな風にしか思えない自分が嫌いで

 彼女は誰にも気づかれぬほど小さく笑い続けた
































 今日も今日とていつものように、私は一人で登校していた。

この時間帯でも
結構登校する人
いるんだ

 顔を動かさないように気を付けて、見ている事がバレないように、登校中のみんなに視線を向ける。

 ただそれだけで、心臓はバクバク。自意識過剰は分かってるけど、それでも皆が自分を見てるんじゃないかと不安でたまらない。

やっぱり、いつもみたいに
みんなが居なくなってから
登校した方が良かったかな

 後悔しても、もう遅い。今さら回れ右して帰る訳にもいかず、ギクシャクと壊れたおもちゃの如く、緊張しながら歩いていった。

あんな事があったから
つい前向きに
調子乗っちゃったけど

……やっぱキツイな

 そう思うけれど、それでも、あの時感じた熱は今でも消えずに心の中に残っている。

 他人の夢の中で、無力では無かった自分。
 自分でも、何かが出来たという高揚感。

……誰かに話すことが出来れば
こんな気持ちにならずに済むのかな

 仲良くお喋りしながら登校する生徒達をちらりと見て、つい思ってしまう。

 でも無理だ。そんなことが出来れば、今みたいに無気力な人間なんかになってない。

 私、眠井朝華は、他人の夢の中に入れるのです。

 そんな事を言って、どうするというのか。
 良くて、昔の失敗を繰り返すだけ。

 無自覚に能力を使い、挙句に孤立して、今では登校拒否一歩手前。

 誰にも話すべきではないし、何かをするべきでもないのかもしれない。でも――

それでも、あの時の私は
何かをする事が出来たんだ

 それは悪夢に苦しむクラスメートの男の子。彼の夢の中に入り、チーシャと名乗った夢の住人の力も借りて、悪夢を打ち倒したこと。

 自分の能力で、何かが出来たという達成感。

 それが、私の心の中に残ってくれていた。
 とはいえ――

それだけで人間変われば
苦労しないよね……

少しばかり、いつもより早く
登校するぐらいがせいぜいですよ

 小さくため息一つ。家を出る時は意気揚揚だった気持ちは、学校に近付く毎に萎んでいき、今ではどこにあるのか探しても見つからないぐらい。

 知らず知らずの内に視線は下を向き、根拠のない疎外感に包まれながら、一人黙々と歩いていた。

 ――そんな事だから、私は彼女が近付いて来るのに気付かなかったのだ。

……っ

 とんっ、と軽い衝撃が肩に走ったと思った時には
既に彼女は地面に倒れていた。

ぇ……ええっ

 気付かず彼女にぶつかって、こけさせてしまったようだ。

ぁ、ご、ごめ、ごめんな……

 助けなきゃいけないのに、謝る言葉すらろくに出やしない。

 頭の中はパニックで、何をどうすれば良いのか分からない。

 謝って、手を差し出して、助け起こしてあげる。

 ただ、それだけの事だというのに、私は何もできなかった。そこに――

雛芥子《ひなげし》
大丈夫か!?

怪我は無い!?
ハクちゃん!?

 こけた彼女の友達なのだろう、一組の男女がこちらに走り寄る。

あ、その……

 どうしよう……怒られる……――

 まるで小さな子供みたいに、私は身体を縮こませる。そうして覚悟完了な私、には目もくれず――

ほら、手を貸すから。起きろ

好かった、怪我は無いみたいだね

 男の子は手を差し出し繋ぐと起き上がらせ、女の子は汚れたスカートを手ではらってあげる。

大丈夫だよ、比呂《ひろ》
……ありがとう、彩希《さき》

 気のせいか、ハクと呼ばれた彼女の声は、男の子より女の子に掛ける時の方が硬い気がした。

 そう感じていると――

……

うぁっ、目が合った

 完全に不審人物です、私。

 気になってガン見してたのだから、目が合うのも当たり前。

ぁ……そ、その……

 ぶつかってしまった事を謝ろうと、何とか声を出そうとするも出てくれず。

 そんな、コミュ障を全力で振り撒いていた私に、

ごめんね、痛くなかった?

 なぜか私が謝られました。なにゆえ!!

ぇ、ぁ……いえ……

 もごもごと口の中で言葉を外に出しきれず、オロオロしていると、

……ハク、お前から
ぶつかったのか?

 男の子が横から口を挟んでくれる。

 良し、そのままそっちで話は終わらせてくれ。
 これ以上、誰かと関わるのは無理ゲーです。

その、それじゃ、あとは
そちらに任せたというか……

 グッバイさよならごきげんよう。

 ついでにアディオスも付けてやる。

 そしてすたこらと、その場を後にする――

そんなに図太いなら
今の私みたいになってない

 自分で自分に突っ込みを入れる。

 私に出来るのはそれぐらい。逃げる事も何も出来ずに、3人の前で呆然と立ち尽くしていた。

 そんな私に――

痛かったりする所、あるの?
無理しちゃダメだよ

 気に掛ける声が。それに他の2人も、

ごめんね、私が不注意だったから

怪我とかしたなら
保健室まで送っていくよ

 なんだこの3人、過保護か。

この状態で浮かぶ言葉が
これって、我ながら
どうかしてる気がする……

 微妙に自己嫌悪。そして気持ちを落したせいで、更に気にされてしまう。

 そんなダメダメなスパイラルを繰り返した挙句、

な、なにが起きた、一体……

 単なる同学年との登校です。

バカな!! これは夢か!!

 だとしたら早く起きろ私。幾らなんでもこれは、
目が覚めた途端に赤面する。

どうしたの?

えっ、あ、べ、別に……

 頬をつねっている所を見られました。
 これは恥ずい。

へ……変、だった……?

 恐る恐る問い掛けると、

え?

 キョトンとした顔をすると、

おかしなこと、してたの?

 不思議そうに聞き返された。

え、いや、そういう訳じゃなくて
その、他人の目が気になるというか

私は気にならなかったよ

ほ、ほんとに?

うん

 ……なんだろう、天然なのかな、この子。

 見ず知らずの私に、なんで笑顔なんか向けて来るんだろう。

 あまりにも人懐っこい彼女に、猜疑心が首をもたげる。

私より、友達と一緒に
話せば良いのに……

あの……私と話してて
いいの?

 不思議そうに首を傾げる彼女に、

その……あの2人と……
話した方が良いんじゃない

 私は少し前を行く、2人に視線を向けながら言う。

 2人は傍で見ているだけで伝わってくるほど、楽しそうにお喋りをしていた。

……うん、大丈夫

 返ってきた声は、か細く苦しげだった。

 けれどすぐに彼女は、

ありがとう、眠井さん
気に掛けてくれて

 笑顔を浮かべ、私に礼を返して来た。

 その笑顔は、苦しさを隠すような不器用さもあったけど、

……なんか、かわいい

 素直にそう思えるような、魅力的な笑顔だった。

 そして私達は一緒に登校する。

 お互いがお互いを知らず、話せる事なんてほとんどなかったけれど、それでも妙に心地好く、ふわふわした足取りで、その日は遅刻せずに校門を潜ったのだった。

袖擦り合うも多生の縁?

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