おんちゅう
おんちゅう
ねぇねぇ、これなんてヨむの?
今日は他のメンバーは用事があり来ておらず、エルと二人きりの特別授業です。
勉強の合間、エルが封筒に書かれた『御中』の文字を指さし秀一に尋ねました。
エルの質問に、ふむ、と秀一は少し考えます。
読み方をすぐに教えることは出来るが、それでいいだろうか。それとも『御』には他にも読み方があることを教えてからの方がいいだろうか
ねぇシュウ?
いや、この場はまずエルの疑問に答えるために『御中』の読み方を教えて、その後『御』の他の読み方について教えた方が……エルはどちらの方がいいだろう
そんなことをじーっとエルを見ながら考えます。
ナ、ナニ? そんなにじっとミて、どうしたの?
それとも『御中』の意味を最初に教えた方が……いやそもそも『御中』の正しい意味はなんだ?
シ、シュウ……
とすると、この場ではエルに発音だけ教え、細かいことは後から調べて伝えよう
そこまで考え、秀一はなぜか頬を赤く染めてもじもじしているエルに簡潔に答えました。
おんちゅう
!?
ガタンッ、と唐突にエルは立ち上がります。
ナ、ナ、ナ、ナニイッテルノ!?
だから、おんちゅう
秀一のその言葉に、エルは顔を真っ赤にして、
ファッ!? アウアウアウア!?
まるで犬に取り憑かれたかのように、うなっています。
どうしたんだエル? そんなに意外だったか?
イガイっていうか……シュウ、いまいったのは、その……ホントウ?
普段の元気印はどこへやら、おずおずと聞くエルはどこか自信なさげです。
……ホントウなの?
ああ、本当だ
ホントのホントのホントなの?
本当だって
むー、とうなりながらエルは秀一の目をじーっと見つめます。
しつこいな。本当に決まってるだろ? なんで嘘言わなきゃいけないんだ
ややむっとしたように答える秀一に、エルの顔がカァとさらに赤くなり、熟れすぎたトマトのよう。
ウゥ……デモデモ……ううん、シュウがいうんだから……
両手を頬に当てて、もにょもにょもにょもにょ。
秀一には聞き取れないくらいの声でうにゃうにゃとなにかをつぶやき、エルはくねくね身体をくねらせます。
よし
なにかを一人納得したエルは、ハイ! と手を上げます。
シュウがしたいなら、アタシ……ガンバル
エルはそう言うと、ポーンと思い切りよく大跳躍。
机を飛び越え、椅子に座る秀一にエルは迫ります。
え……お、おい!
うわっ、と秀一の声が響いた次の瞬間、ガッシャーンと派手な音を立て、椅子ごと秀一は飛んできたエルと一緒に、後ろに向かって倒れました。
痛っ――
背中を強く打ち付けて秀一の肺から、こふっ、と息が漏れます。
おい、いきなりなにするんだエル! 危ないだ――もが!?
ぽよん、と。
怒鳴りつつ起き上がろうとする秀一の顔に、やわらなかものがぶつかりました。
その感触に疑問を覚えつつ、口元をふさがれた息苦しさから逃れるため、秀一は顔に被さるそれを押しのけます。
アン♪
嬌声が聞こえると同時、明るくなった秀一の目の前で、たわわに実ったエルの胸の果実がたゆんたゆんと大きく揺れました。
どうやら倒れた拍子に、秀一の上にエルが覆い被さる形になったようです。
お、おう……悪い。おまえは怪我してないか? エル――?
……
言いながら起き上がろうとした秀一は、エルに、ぐい、と両肩を押さえつけられ、もう一度床に背中を打ち付けます。
痛っ……なんだよ、エル?
……
エルは秀一の質問に答えず、顔をうつむけたままです。
どうした? どこか痛いか?
……
ブンブン、とエルは横に頭を振ります。
なら、どうした?
その問いに、ふ、と顔を上げます。
……シュウ
つぶやいて上目遣いで見上げてくるエルの瞳に、秀一はナニかを感じ、同時に焦りを覚えます。
……シュウ
もう一度つぶやいたエルは、制服のリボンをシュルリと解き、ボタンを上から一つ、ゆっくりと外しました。
待て、エル。いったい何する気だ
……ヤボなこといわないノ
そういうエルの目はいわゆる『スイッチ入っちゃった女の子』のものです。
シュウ……いいよ
プチリ、ともう一つボタンが外され、エルの豊満な胸が秀一の目の前であらわになっていきます。
待て待て。なにを言って――
シよ?
そう言うとエルは、大きく開いた襟元から両肩を抜くようにして、制服をシュルリと脱ぎ――
ス、ストォォォップ!!
肩を伝い下ろされる制服のブラウスを寸前のところで、ぐいと掴み、肩まで一気に引き上げ秀一はエルの行動を制しました。
ナンで? ナンで、そんなにイヤがるの? やっぱり、アタシじゃダメなの!? それならなんで……
ぐす、とエルは鼻を鳴らしました。
その目にはじわりと涙が浮かんでいます。
ま、待て!
エル、おまえはなにか誤解をしている!
ゴカイなんかしてないもん!
シュウがいったんだもん!
アタシがほしいって!
言ってない!
……いってない?
うん、言ってない、と秀一はもう一度言います。
ウソだよ! ちゃんとアタシ、カクニンしたもん!
ゼッタイいった! と言い張るエルは、だって、と言いました。
だって、シュウは……その、『オンチュー』って
おずおずと、秀一を見つめてエルは言います。
『オンチュー』の意味は、その……
潤んだ目で秀一を見上げて、エルは言います。
おまえがホしい、なんだよね? エイゴのセンセーがそういってた……
……ああ、そうか
はぁ、と秀一はため息をつきます。なんという勘違いなのでしょう。
エルが言ってるのは『want you』。俺が言ったのは『御中』な
秀一の言葉にエルはポカンとして首をかしげます。
イッショでしょ?
違う……だから、このおまえの聞いた漢字の読みが『おんちゅう』なんだって
『御中』の文字を指して秀一は言います。
それで、英語の先生が言ったのはこれ
その横に、『want you』と秀一は書きました。
わかったか?
書かれた二つの文字を交互に見ていたエルの顔が、徐々に赤く染まっていき、
ウウ……ウワァ〜〜〜ン!!
声を上げると同時、エルはものすごい勢いで教室を飛び出し、走り去っていきました。
…………はぁ
部屋に一人残された秀一は、ほっとため息をつくと、床にもう一度背中からゆっくりと倒れ、
つかれた
しみじみとつぶやくと大の字になりました。
後日
あの日、涙目で衣服が乱れたまま花園を飛び出したエルの姿を目撃した生徒の話がめぐりめぐって他三名に伝わり、ゴミ虫を見るような目と態度と制裁を秀一が受けることになりましたが、それはまた別のお話ということで。