カチューシャ

いつもの放課後。
今日はみんながそろっています。

ほのか

風が吹くと、桶屋が儲かるって、どういうことですか?

国語の問題を解いていたほのかがそう尋ねました。

秀一

ああ、それは世の中、全く関係のなく見えることが、実はどこかでつながってる、ってことの喩えだな

ほのか

そうなんですか? でも、なんで風が吹くと桶屋が儲かる、がそういうたとえに?

秀一

いい質問だ

秀一

風が吹くと、土ぼこりが立つ。その土ぼこりが目に入り盲目の人が増える。盲目の人は三味線を買う

エルル

もうもく?

秀一

目の見えない人のことな

秀一の説明に、ほう、と四方から納得の声が聞こえます。

秀一

……

ほのか

どうして盲目の人は三味線を買うんですか?

秀一

昔は、盲目の人が就く仕事で一番メジャーなのが三味線の奏者だったからだ

凛香

そういえば、盲目のレイシストだかエゴイストだか、そんな人も居たわね?

秀一

ピアニストな

凛香

そうともいうわね

秀一

そうとしかいわねえよ

秀一

凛香の言うとおり、今も昔も世界的に有名な盲目の音楽家っていうのはいる。目が見えない分、耳が鋭くなるんだろうな

ほのか

なるほど〜

秀一

それでだ。三味線は材料には、ネコの皮を使う

エルル

ネコを!?

エルが驚いたように叫びました。

秀一

そうだ

エルル

ナンでそんなことするの!?

秀一

いい音がするからじゃないか?

エルル

ネコがかわいそうでしょ!? ウッタえるよ!?

秀一

お、俺に怒るなよ……

エルル

ぐるるるる

ほのか

うちに三味線があるんですけど…も、もしかしてそれもネコの皮を……

ほのかが顔を真っ青にして言います。

秀一

最近は合成皮も多いらしいぞ

ほのか

そうですか

秀一のその言葉に、ほのかはほっとしたように表情を緩めました。

ほのかの家にあるものなら高級な代物に違いないので、十中八九、ネコ皮なのですが、あえて秀一は言いません。

秀一

まぁ、だから三味線をたくさん作ると、ネコが減る。
ネコが減るとネズミが増える。
ネズミは桶をかじる。
だから桶を買う人が増える。
それで『風が吹くと桶屋が儲かる』ってわけだ

ほのか

そうなんですかぁ

わかったのかわかってないのか。おそらくちゃんとは理解していないながらも、ぼんやりと理解しているらしいほのかはうなずきました。

ほのか

うんうん、なるほど

と言いながらノートにメモしているほのかを見ていて、ふと思いつき秀一は声をかけました。

秀一

そういえば、ほのか

ほのか

なんですか?

ナチュラル上目遣いでほのかが秀一を見ます。

秀一

今日はカチューシャしてるんだな

ほのか

ええ、最近湿気が多くて髪が膨らんじゃうので、これで押さえられるかなって……あんまり効果なかったですけど

そう言いながらほのかは髪の毛を気にしてなでつけました。

秀一

そうか

そう頷き、ちょっと考えてから秀一はもう一度口を開きます。

秀一

そのカチューシャ

ほのか

秀一

似合ってる

秀一にとっては別段、意識した言葉ではありませんでした。ただなんとなく、今日はほのかの雰囲気がいつもと違うな、と思っていて、その原因がカチューシャだとわかり、あぁなるほど、と得心して、思った言葉がつるんと出てきたのです。

しかし、ほのかにとってはそうではありませんでした。

彼女は秀一に言われた言葉にしばし呆けて、それから、言葉の意味を飲み込むと、ボッと顔を真っ赤に染めました。

ほのか

な、な、ななに言ってるんですかぁ!

完熟トマトも裸足で逃げ出すほど、ほのかの顔は真っ赤っかです。

秀一

だから、似合ってる

そんなほのかの様子を気にもとめず秀一は繰り返します。

ほのか

ふぁっふぁっ

とほのかはよくわからない音を発して目をぐるぐる回しました。

エルル

ウンウン、ほのかにあってる

凛香

えぇ、そうね。ほのかはかわいいから大抵のものが似合うけれど、今日のカチューシャは特に似合っているわ

ほのか

そ、そうですか?

こくこく

秀一

ああ。俺はファッションのことは何もわからないが、それはいい

秀一は、グッとサムズアップして言い切りました。

ほのか

ッ! ……つ、次、次の問題解きます!

ほのかは恥ずかしそうに、誰にともなく宣言をして問題集へと向かいました。

翌日から。

ほのかは毎日、カチューシャをしてくるようになりました。

それを見た彼女に憧れる女生徒たちが、次第に真似はじめ、学園周辺の雑貨屋ではカチューシャが飛ぶように売れました。 

カチューシャをつける女生徒が増えると、通学路や校内でそれを目撃した男性諸君のヤル気が大幅にアップしました。
男性諸君のヤル気が大幅にアップすると、それを発散するために仕事に励んだり、また、夜のお仕事に励むようになり、少子高齢化に歯止めがかかり、長年不景気にあった日本経済が活性化されたということです。

これが本当の「風が吹くと桶屋が儲かる」


お後がよろしいようで。

六時間目:国語(諺)

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