しあわせ

放課後の花園。
今日はエルも凜香も鈴も用事があり、ほのかと秀一の二人きりです。

二人きり、ということで今日は秀一がつきっきりで、ほのかに数学を教えていました。

今日は、正と負の加減を練習しています。

本来ならば中学生で一番最初に習う内容ですが、ほのかは高校になった今も、プラスマイナスの足し算引き算が苦手なのです。

秀一

…………

今は、秀一がほのかの解いた問題の丸つけをしているところ。

シュッ、シュッ、とサインペンの走る音だけが部屋の中に響きます。

ほのか

…………

手持ちぶさたなほのかは、丸付けをする秀一の横顔をじーっと見つめていました。
ほのかには、最近気になっていることがあります。

秀一

…………

ほのか

…………

それは、ここのところ秀一がずっと何かを悩んでいるみたいだ、ということ。

秀一

…………

ほのか

…………

今もそうです。秀一は、丸つけも終わったのに何も言わず、視線もノートから外して遠くを見つめ、眉間にしわを寄せています。

ほのか

ねぇねぇ、秀くん

秀一

……ああ

ほのかの呼びかけにも、心ここにあらずといった様子で、視線はどこかへいったまま。

こちらを見もしない秀一に、ほのかは少しむっとします。同時に、眉間に深いしわを寄せて、時折ため息をついている彼のことが心配になります。

ほのか

秀くん。ちょっと、手のひら見せてくれませんか〜?

秀一

ほのか

こうやってください、こう

手のひらを前へ突き出すようなポーズをとり、さぁさぁ、とせかすほのかに、わけがわからないまま、秀一は手のひらを突き出します。

秀一

ほのかは、突き出された秀一の手のひらに、自分の手のひらをぴたりと合わせて、

ほのか

はい、しあわせ〜

えへへ、とほのかは笑いました。きょとんとする秀一に、ほのかは言います。

ほのか

しわとしわを合わせると、幸せになれるんですよ?

知ってますか、とほのかは、はにかみました。

秀一

しわとしわを合わせたら、しわあわせ、だろ

ほのか

うん? だから、しあわせ〜

ね、と顔をちょこっと傾けるほのかはとてもかわいらしいのですが、秀一は伝えたいことが伝わらず、黙るしかありません。

秀一

…………

ほのか

あんまり眉間にしわを寄せて考え事ばかりしていると、しあわせが逃げていっちゃいますよ

ほのかは、合わせた手と手を少しだけずらし、指の間に指を絡めて、ぎゅっと秀一の手を握りました。

ほのか

悩み事があったら、話してください。一人で抱え込んだりしないで、話してほしいです

秀一

……俺が心配させていたのか

秀一は、ふぅ、と一息つくと表情を緩めました。

秀一

あぁ、わかったよ

秀一

そんなにひどい顔をしていたのか

やや反省しながら自分の凝り固まった眉間を空いている方の手でぐりぐりともみほぐし、ひとつ大きくのびをします。

ほのか

ほんとうですか?

つないだ手を握ったまま、ほのかは心配そうに尋ねます。

秀一

あぁ

ほのか

じゃあ、話してくれますか?

目を伏せて遠慮がちに、こわごわといった様子で、ほのかは聞きました。

秀一

悩み事、か……そうだな、聞いてもらおうか

ほのか

はい、なんでもどうぞ!

秀一

これを見てくれ

にこにこと期待に満ちてきらきら笑顔を振りまくほのかに、秀一は微笑み返し、手元のノートを彼女の目の前に突き出します。

ほのか

…………あ、あははぁ?

目の前のものをみて、にこにこしていたほのかの表情がサーッと青ざめていきます。そんな彼女に、ノートの脇から顔を覗かせたのは般若と化した秀一。

秀一

これはどういうことだ? この問題はさっき一度解いたばっかりだよな? なぁ!?

シャァ、と牙をむき、今にも取って食わんとばかりの形相で迫る秀一の持つノートには、先ほどから説明していた内容の確認問題――正と負の加法減法の問題が十問。
そのすべてに赤のペケ印がついています。

ほのか

あ、わたしちょっと用事が……

引きつりながらも笑顔を保ち、ふらっと立ち上がろうとするほのかですが、

秀一

逃がさないぞ

ぐいっ、とつないだままの手を引っ張られ、席に引き戻されます。

ほのか

ふえぇぇ、ごめんなさい〜

秀一

もう一度同じ問題やり直しだ!

 
半泣きのほのかにも容赦なく秀一はいいました。

めそめそしながら問題を解くほのかを、やれやれといった様子で眺めながら、秀一は今までほのかとつないでいた自分の手に刻まれたしわをなんとなく見ます

ほのか

うぅ……秀くんのばかぁ、きちくぅ

問題を解きながらぶーたれるほのかに、今日一番のさわやかスマイルで秀一は告げます。

秀一

よし、あと十問追加な

ほのか

ごめんなさいぃぃぃ

花園は今日も平和です。

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