掃除当番で、僕は男子便所にいた。

まじめに学校生活を送る、
という方針を第一に掲げている僕は、
もちろん掃除もまじめに取り組む。

限られた時間を利用して、
小便器も大便器も、
掃除用具入れにある謎の流し台も、
ピカピカにしたい。

男子便所には、
もちろん女子である沙鳥はいない。

僕と同じテレパスである沙鳥は、
いつもテレパシーをだだ漏れにして
授業に集中したい僕の邪魔ばかりする。 

しかし、今はそれもないのだ。

さあ、心置きなく、
トイレを掃除しよう。

そう思ってバケツに水をためていると、
声がした。

芯条

男子便所に響く男子の声。

なあ、芯条

声の主は、
教室では僕の前の席にいる宇佐美だ。
今はブラシを片手に立っている。

掃除当番は僕一人ではなく、
宇佐美も一緒なのだ。

なんだよ、宇佐美

ちょっと聞いてほしいことがある

いわば

お前に話がある

何の話にしても、今は掃除の時間だ。
掃除をしなければならない。

せっかく沙鳥がいないというのに、
無駄話で中断されては困る。

放課後じゃだめかな

できれば今がいい。いわば現在

なんだろう。
そんなに今すぐ話したいことって。

実は今、気になる子がいる

……放課後にしません?

いわば、気になる女の子だな

繰り返さなくてもわかるよ

ていうか。

トイレでする話じゃないと思うけど

気になる女の子の話なら、
放課後の帰り道とか、誰もいない屋上とかで頼む。

しかし、この気持ちは決して止められないんだ

いわば不動だ

不動じゃ止まってるけど

いわば制御不能

どっちなんだ

バケツがいっぱいになったので、
僕は蛇口の水を止めた。

気持ちは制御不能でいいけど、僕に話すのは今じゃなくてよくないかな

なんというか。今を逃したら、明日になりそうな気がする

明日でいいよ別に

しかし、明日になったら、もう気にならないかもしれん

制御不能じゃなかったの?

……つーか、宇佐美さあ

なんだ

この間もそんなこと言ってなかった?

宇佐美は、
誰々がかわいいだの、
誰々と付き合いたいだの、
しょっちゅう言っているのだ。

そうか?

そうだよ、この前言ってたオカルト研究部だとかの先輩は?

ああ、あの人は……

いわばキープだ

どんな身分だ

で、それはさておき、今、気になる子の名前だが

おう

一応関心のある振りをしながら聞いた。

いわば

沙鳥さんだ

気になる名前が出てきた。

沙鳥って……

僕は、
小便器を柄つきのブラシで磨きながら聞いた。

……沙鳥蔦羽?

下の名前、ツタハって言うのか

気になるなら知っとけよ

そう、俺は今、ツタハが気になってしょうがない

知った途端、呼び捨てかい。

つーか、沙鳥のどの辺が気になるの?

正直言って、僕にとっての沙鳥は、
授業の障害でしかない。

見た目は、
まあ器量のいい方なんだろうけど……。

見た目だ

潔いな

つまり美人だし、いわばかわいい

どっちだ

あとは余計なことをしゃべらない、寡黙な感じがいい

大人しいというか、大人びた雰囲気だ

沙鳥は意外と大人気ないよ

食い意地張ってるし。

芯条が、なぜ知っている?

え、えーと

まいったな。
テレパシーでいつも会話しているとは言えない。

い、一年のとき同じクラスだった人から聞いたんだよ

そのときはまだ一年だったからだろう。一年とは、いわば子供だからな

一年だったの、つい何ヶ月か前だけど

むしろ、あの見た目で子どもっぽかったら、ギャップでますますあれだ

どれだ

いわば、あれだ

どれだよ

でも、だ。沙鳥さんがしゃべっている場面を俺は見たことがない

いわば目撃した覚えがない

普段のツタハは、どんな人だろうか

いわば、話してみたい

……

話してみろ。
とてつもなく疲れるぞ。

知らぬが仏というのは、
きっとこのことだ。

今度、思い切って話しかけてみようかと思う

やめたほうがいいんじゃないかな

幻想が崩れることになるぞ。

なぜだ

いや、なんか、ほら……。人としゃべんの好きそうじゃないし

たしかに、急に一人で話しかけるのも不自然だな……

よし

特別にお前も沙鳥さんとの会話に参加させてやろう

何の権限があっての許可だ。

僕はいいよ

普段、嫌というほど話しているから。

そうか。ならば、俺がツタハを独り占め。いわば独占でいいんだな

もてあますぞ、たぶん。

そして、しゃべれるようになったら

まず家に遊びにいく

いきなりかよ

それもそうだ

ならば、まずは一緒に帰ろうと誘ってみよう

それなら、まあ

で、その帰る流れで、家にお邪魔だ

だから早いよ

そして、俺は花をプレゼントする

花?

ああ、花だ。いわば植物

だいぶ範囲広くなったな

女子へ贈るものといえば、ずぶ濡れの雨の中で渡すバラの花だろう

それ、ふられるやつっぽいけど

何の花が好きだろう。ツタハは

さあ……

ツバキとか似合いそうだ

ツバキがどんな花かは知らないが

じゃあ、なんで似合いそうなんだよ

ツタハに似ているし

強引だな

仕方ないだろう。俺は花の名前なんぞさほど知らんのだ

あとはせいぜいラフレシアくらいだ

極端だな

ラフレシア。

ジャングルに咲く、
臭いにおいを出す世界最大の花だ。

意外といい線いってる気がする。

沙鳥にもし好きな花を聞いてみたら、
それくらいの変な答えは返ってきそうだ。

ラフレシアは好きだろうか

今度、学校に持ってきてみるか

宇佐美、実はラフレシアもよく知らないだろ?

そんなこんなで、
掃除ははかどらなかった。

……

掃除が終わって教室に戻ると、
沙鳥はいつもどおりすました顔で座っていた。

……

宇佐美は、
すぐに計画を実行する気はないらしく、
沙鳥には話しかけず、
無言のまま隣の席に座った。

いくじなしめ。

沙鳥

僕はテレパシーで沙鳥を呼んだ。

……ん? 誰ですか?

誰ですかって。僕しかいないだろ

ああ。それもそうです

テレパスはこのクラスに二人しかいない。
たぶん、この学校にも。

いや、ひょっとしたら、この街にも、
あるいは、
この世界にも二人だけなのかもしれない。

で、なんです?

沙鳥の好きな花って何?

友達のために、
それとなくリサーチをかける。

というより個人的に、
どんな変な答えが来るか、
ちょっと気になったのだ。

花ですか

あんまり詳しくないですが……

しいていえば

さあ、
なんだ。

沙鳥は、
どんな変な花の名を出す?

ラフレシアか、

ウツボカズラか、

冬虫夏草か。

スコティッシュテリアですね

……

……沙鳥









それは犬だ。

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