お客様、こんな感じで如何でしょうか~?

撫子

あ、あのっ、ちょ、ちょっと!!

 王都の中にある一軒の店。
 煌びやかな彩に満ちたその場所に連れて行かれた撫子は、問答無用でお洒落な店員達によって試着室の中へと放り込まれてしまった。
 撫子の全身をじっくりと観察し、彼女に似合いそうな服を選び抜いた店員達……。
 抵抗しようがご遠慮しようが、己の職務を全うしようとする店員達は妖よりも手強かった。
 まるでどこぞのお嬢様かお姫様のように可愛らしい服を着せられ、いざ、フェインリーヴの前へと。
 

フェインリーヴ

ふむ……。

撫子

あ、あの……。お師匠様?

 普段、この異世界の服装を纏っているとはいっても、お洒落よりも機能性を重要視する撫子だ。
 自分のお師匠様が影で残念な涙を流していた事になど、まるで気づいていないかった。
 だが、今日に限っては口答えさえ許されず……。
 その場でくるりとまわれば、花が咲き誇るようにふわりと舞うだろうフリルのスカート。
 白いブラウスには少し大きめのリボンと、中心には青の宝石がひとつ。
 広がりのある袖口に着いているレースは、ほんのりと薄桃色に染まっている。

フェインリーヴ

よし。服はそれで良いだろう。仕上げにかかってくれ。

かしこまりました~!! じゃあ次は、メイクアップでさらに可愛くいたしましょう~!!

フェインリーヴ

あまり着飾らない娘だからな。是非女らしさというものを教えてやってくれ。

撫子

ちょっ!! し、師匠!? メイクアップって、何なんですか!? この服といい、何の為にこんな!!

まぁまぁ、お嬢様ったら!! 女性が美を求めるのに理由などありませんわよ~!! そ・れ・に、殿方が愛しい方を着飾らせたいと思うのもまた、当然の事なんですよ!!

撫子

ぇええええ!? い、いやいや、ち、違いますから!! お師匠様はそんなんじゃっ!!

フェインリーヴ

師匠と弟子だ。まぁ、親心みたいなものだな。

……ふふ、そうでございますか~。では、日頃の感謝を込めて、お師匠様の為に頑張りましょうね~、お嬢様!!

撫子

あ、あのっ、だ、だからっ!!

さぁさぁ!! 完璧に仕上げますわよ~!!

 お客様を着飾る事を至上の幸福としているらしき店員達の手により、またもや撫子は美のど真ん中に放り込まれる事になってしまったのだった。

 そして……。

撫子

はぁ……。何なんですか、もうっ。

フェインリーヴ

普段頑張っている弟子への心遣いだ。素直に喜べ。

撫子

お師匠様が楽しんでるだけじゃないですかっ。

 お洒落に着飾られ、お化粧や装飾品の類まで着けられてしまった撫子は、フェインリーヴの上機嫌さとは正反対に、大きな戸惑いと不機嫌さを抱えていた。
 凶極の九尾に繋がる妖を捕獲出来たというのに、まだあの話の続きをする事も出来ず、顔を見る事も出来ていない。それなのに……。

撫子

……あの小さな妖に会わせてください。

フェインリーヴ

またそれか……。九尾九尾と、熱心な奴だ。ほら、これでも食って一度頭を花畑色にでも染めてみろ。

撫子

うっ……。

フェインリーヴ

お前の為に特大サイズを注文してやったんだぞ。ほぉ~ら、美味そうだろう? 余計な事を全部投げ捨てたくなる誘惑だろう?

撫子

うぐぐっ!! こ、こんな物で騙されませんからね!!

フェインリーヴ

ほぉ~ら……、美味そうなチーズハンバーグもあるぞ~。ふふふふふふ。

撫子

うぅっ、ひ、卑怯ですよ~っ。

フェインリーヴ

ふっ、何度言っても九尾九尾と騒ぐ馬鹿弟子には、内側から変えてやる方法がもっとも有効だからな。次は特大ストロベリーパフェも頼んでやろう。クククッ。

撫子

な、なんて卑怯な……!! で、でも、こうしている間にも、あの小さな妖が逃げちゃったりでもしたらっ。

フェインリーヴ

俺の作った特製の檻の中にいるからな。あの程度の雑魚がどう足掻いたところで、ビクともせん。

撫子

万が一、九尾が救い出しに来たら……。

フェインリーヴ

そのまま連れて行ってくれた方が、俺としては有難いところだな。

撫子

お師匠様!!

 強引に王都内を連れまわされている時も、撫子は何度も九尾に関する情報を得ようと、あの小さな妖狐と会わせるように食い下がり続けた。
 しかし、結果は御覧の通り……。
 お師匠様が口を割る事などなく、このやり取りの繰り返しだ。
 確かに、小さな妖狐と出会ったあの町で、ほんの僅かな間とはいえ、凶獄の九尾の気配を感じたというのに……。早く情報を得なくては、また掴めなくなってしまうではないか。

フェインリーヴ

とにかく、今日は癒義の巫女としての全てを忘れろ。薬学術師の見習いとしての日常もな。

撫子

で、でもっ。

フェインリーヴ

年頃の、ただの一人の娘……。今日だけは、そんな自分でいろ。……俺からの願いだ。

 反論しようとした……。
 けれど、正面から自分を見据えてくるフェインリーヴの双眸に、懇願と切なさを揺らす気配を見てしまった撫子は、胸の奥に小さな痛みを覚えた。
 今日だけ……、自分の保護者を自称する男はそう言っている。ただ、一日だけ……。
 撫子は口を閉じると、静かに頷く事にした。

撫子

凄いですね……。こんなにも大きな建物をまるまる使って観劇なんて。

フェインリーヴ

王都の女達に大人気の劇だそうだ。お前も女なら、恋愛物は好きだろう?

撫子

ま、まぁ……。嫌いでは、ない、ですね。

 元の世界にいた時にも、本家で癒義の巫女として生きる傍ら、撫子はこっそりと恋物語の書物を楽しんでいたりもした。
 重責を担う立場故に、表立っては女性らしい事が出来なかった撫子に出来たのは、密やかにそれらを楽しむ事だけ。
 だからだろうか、癒義の巫女という殻の中にいる本当の撫子が、目の前で始まろうとしている劇の内容に興味津々と心を向けている。
 フェインリーヴもそれに気付いているのか、満足そうに隣の席で微笑む顔を見せた。

お集りの皆様、ようこそ当劇場へお越しくださいました。シフォールド劇団の役者、スタッフ一同、心より感謝申し上げます。本日の公演も、ご満足のいくものをお届けいたします。

 舞台の上に立った一人の男性が、マイクを手に劇場の観客席へと最初の挨拶を届けると、――やがて、撫子が見た事もない美しくも切ない世界へと誘った。

 それは、とある王国に生まれた……、一人の聖女と、彼女を守る騎士の、切ない恋物語。
 国の為に祈り、自身の幸福ではなく、生涯を懸けて民の事だけを考えその幸せを願う者。
 聖女としての役目に不満などなく、慈愛に満ちた人柄で全てを受け入れ続けてきた少女。
 彼女は、十七の誕生日を迎えたその時、自身の立場に苦悩し、抱いてはならない願いを胸に秘める事になってしまった……。

聖女として生きろと仰せなら、何故神様はこんな想いを私にもたらしたのでしょうか……。

何故……、神は私にこのような試練を与えるのだろうか。あの御方が我が国の貴きお方……。私も、あの方を尊敬し、生涯を懸けて守ると決め、この任に就いたというのに。

 互いを一目見た時から芽生えた想いは、日々を経る内に、……ひとつの形をもってしまった。
 美しい聖女と、盾となる騎士、想い合うなど、決して許されはしない。
 二人は互いに想いを抱きながらも伝えられず、三年の日々だけが寂しく過ぎ去っていった。
 ――そして、悲しい運命が動いたのは、聖女がに十歳になった、秋の事。

魔王の軍勢が、すでに三つの大国を蹂躙してしまった……。恐らく、我が国への進軍も時間の問題であろう。

陛下!! 全軍を出し、魔王を討ちましょうぞ!!

そなたも聞いているであろう? ……我が国よりも軍事の面に秀でているあのゼノルの国でさえ、総力をかけて戦っても……、敗北を味わう事になった。王族も民も、凶悪な力を揮う魔王の前に引き裂かれたそうだ。

ぐっ……。それは、わかっておりますが、何もせず蹂躙されるのを待つだけなどっ。

 魔界からの軍勢、血も涙もない冷酷で残忍な当代の魔王……。戯れの人の世界を乱し始めた魔王は、ついに聖女の住まう王国へと近づいていた。
 どれだけの兵を、騎士を投入しようと、勝てる見込みのない圧倒的な力。
 どうすれば打ち勝てるのか、玉座の間の者達が悲痛な面持ちで空しい静寂に呑まれた。
 だが、その中の一人……、宰相を務める青年が、言い辛そうに前へと出る。

恐れながら、陛下……。最早残された方法は唯ひとつ。――聖女様に、女神をおろして頂きましょう。

女神を……。だが、それは古よりの伝承。神がこの地に降りたという記録は残っているが、仮に可能であったとしても、聖女は代償にその命を失うであろう。

 聖女は、国王の娘。
 たとえ神に近い座に就いていたとしても、親心を抱く国王は、娘を犠牲には出来ないと顔を俯ける。

陛下……、お気持ちはわかります。ですが、聖女様のお命ひとつ、それを捧げれば……、我が国の民、ひいては、この世界の民全てを救う事が出来るのです。

……。

 国王は、宰相と、その場に集う進化達の強い懇願を宿した視線を受け止め続けていたが……、やがて、小さく息を吐き出し、――頷いた。
 聖女を、愛しい娘を……、世界の平穏の為に差し出す、と。

聖女様を世界の為に生贄とする……、だと? あの心優しい御方を犠牲にして生きろと……。陛下。

 彼女に想いを告げる事も出来ず、信頼出来る騎士としてその身を守り続けてきた青年。
 聖女の為に死ぬ事は出来ても、その逆は決して望まない事なのに……。
 騎士はその現実に耐え切れず、女神を降臨させる儀式の数日前に、彼女を連れて逃げようと考えた。
 しかし、心優しき聖女がそれを受け入れるはずもなく……。

なりません……。すでに王命は下り、私は世界を救う唯ひとつの光となったのです。その定めに抗うなど、決して。

女神をその身に降ろせば、貴女は死んでしまうのですよ……!! この国が、この世界が、貴女一人を犠牲にして生き延びようとしているこんな現実など……、私は絶対に認められません!!

……それで、この世界が、民が、何よりも、貴方が生き延びてくださるのなら、私は本望なのです。

聖女様……? 何を。それはどういう……。

い、いえ……。何でもありません。今のは忘れてください。

聖女様……、まさか、私の事を。

 信頼する騎士からの目に、追求の光が宿る。
 聖女は顔を赤らめ涙を浮かべると、逃げるように背を向けた。
 しかし、騎士の中に芽生えた予感と抑え付けていた欲が、ざわりと顔を出してしまう。
 背後から華奢な聖女の身体を抱き締め、びくりと震えた彼女を男の力によって捕らえる。

私の事を……、想って下さっているのですか? 守り手である騎士という存在ではなく、……唯一人の、特別な男として。

ち、違います……っ。わ、私、は……っ。んっ。

 本音を隠そうとする聖女の顔へと右手を持ち上げ、騎士は愛する人の温もりをその唇に押し付けた。
 言葉ではなく、聖女の奥にある自分への想いを吸い上げようとでもするかのように……。

撫子

……。

フェインリーヴ

パンフレットによると……、今から千年程前の実在の人物をモデルにした物語らしいぞ。

撫子

ほ、本当の話、なんですか?

フェインリーヴ

いや、元となった歴史と人物はあるが、全てがそうなわけじゃない。観客が喜ぶように、大幅な脚色を入れてあるだけだ。

撫子

なるほど……。

 撫子の方は、聖女と騎士の切ないロマンスに胸をときめかせているようだが、フェインリーヴの方は席で足を組みかえ、ふぅ……、と、あまり興味を抱いていないように見えた。
 女性と男性では感じ方が違うからだろうか?

フェインリーヴ

たとえば、その当時に人間の世界へと進軍していたのは、実際には魔王ではなく、魔界の一部の勢力だったのが事実だからな。聖女の女神降臨に関しても、色々とツッコッミたくなる要素がな……。

撫子

あぁ、なるほど……。確かに、私の世界でも、癒義の巫女に関する言い伝えは色んな説がありますからね……。

フェインリーヴ

民間に伝わっている伝承の類というのは、当時の政治情勢や権力者の思惑など……、面倒なものが色々絡んでいたりするからな。この劇の場合も、フィクションとして受け止めておけ。

 目の前の舞台で繰り広げられているラブロマンスを見つめながらも、フェインリーヴに感動や胸のときめきを感じた様子は見られない。
 後世に伝えられる歴史の中には、都合よく改竄されたものが多いと小さく語って教えてくれるだけだ。
 確かに、撫子の世界においても……、同じような話が多々あった。

フェインリーヴ

あとな……、今見ている聖女のモデルになった王族の姫は、あんなに大人しい女じゃなかったぞ。

撫子

へ?

フェインリーヴ

守りの任に就いている騎士が泣いて逃げ出したくなるほどの……、豪傑。いや、魔族よりも恐ろしい最終兵器じみた女だった……。

撫子

……あの、千年前の人、ですよね? 彼女。

フェインリーヴ

あぁ。千年前に実在したこの国の聖女だ。

撫子

まるで……、会った事があるような仰り様なんですが。

フェインリーヴ

……。

 じー……っと、不思議そうな視線を撫子から向けられたフェインリーヴは、僅かな沈黙の後……、コホンッと小さく咳払いをして彼女の方に向いた。

フェインリーヴ

前に読んだ本にそう書いてあった。

撫子

えぇ……。

 どこの世界に、歴史に残るような尊い人の事を、特に女性の事を、豪傑だの、騎士が泣いて逃げたがるだの、最終兵器だなどど綴って残すだろうか。
 釈然としないものを感じながら、撫子はフェインリーヴに促され、また前を向く事になったのだった。
 

13・女の子らしい一日の始まり?

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