私は遥か彼方にある地球を掴むかのように手を伸ばした。
私は遥か彼方にある地球を掴むかのように手を伸ばした。
アラン……
月に還った私が思い返すことは、アランのことばかりだった。
彼は、私に名前をくれた。
彼は、私の名前を呼んだ。
それが嬉しかったのだろう。
ルナ……
何度も自分の名前を口にし、その度にアランを思い浮かべた。
だから、私は彼を忘れなかった。
長く……とても長く感じた、次の新月の日。
私たちは再会を果たすことになる。
***
隕石が落下した場所――
私に衝突して出来た小さなクレーターの所にアランは立って居た。
彼は満面の笑顔で、私を迎い入れてくれた。
願いは叶うものだね
願い?
あの流星群の時に、流れ星に願い事をしていたんだ。
これからも君と一緒に居られますように、てね
地球では、流れ星が消える前に願い事を三回祈ると、その願いが叶うと云われているらしかった。
だけど、私はアランがそんな事を祈っていたなんて知らなかった。
私は私の意志で、やってきたのだと話したが、アランは――
まぁ、結果オーライってことだよ
無邪気に微笑み返したのだった。
それから、新月の日――地球に降り立つ日が訪れる度に、何度もアランと会った。
出来れば宇宙関連の仕事に就きたいと思っているけど、目標が出来たよ。宇宙飛行士になるという目標がね。
だって、宇宙飛行士になったら、自分から月に居るルナに会いに行けるから。
そうね、いつも私ばかりが逢いにくるのは不平等よね
他愛のないことを語り合ったり、星を観測したり、
時には海や遊園地などの場所にも出掛けたり、街でアクセサリーを買ってもらったりした。
ルナ、この指輪なんか君に合うと思うけど、どうかな?
本当、人間って不思議ね。そんな金属とかを身に着けたりして、何が嬉しいのかな?
あー、ルナは神様(特殊)だから、人間みたいなノリはダメなのかな
でも、アランから何か貰えるのは、嬉しいわ
あ、ほ、本当?
いつしか地球に降り立つ理由は、アランと逢うためだけに変わっていた。
アランと居ることが楽しかった。
アランと話すことが嬉しかった。
アランと会う度に彼に惹かれていった。
やがて、
“いつまでもアランと一緒にいたい”
そう思うようになっていた。
もう、夜明けか……。また、暫く会えなくなるんだね……
うん……
約三十日間もアランと逢えなくなることが……夜明けと共に離れてしまうことが……とても苦しく胸が張り裂けるようになった。
あの気持ちは何だったのか――今となっては、理解できる。
私は、アランに恋をしたのだ。
月である私が人間に。
……
私は無意識にアランの服の裾を掴んでいた。
……ルナ?
おかしなことよね……。
月である私が、人間の貴方に変な感情を抱くなんて……
変な感情?
ア、アランと一緒に居ると、嬉しいと思うのがどんどん大きくなって。
離れると嫌な感じがどんどん大きくなって……
人間だって星とかに魅了されるよ。だから、天体観測をしたりする。月に心を奪われてしまってもおかしくは無いよ。
初めて会った時にも言ったけど……好きだよ、ルナ
アラン……あっ
その日、アランと初めての口づけをした。
そして、私と地球の運命を変える日が訪れたのだった。
……あれ?
……朝になっても、ルナが!
月に……戻らない……
夜明けと共に、私は月に還ることが出来なくなったのだ。
それはアランの望みだったのか、それとも私の望みだったのか……。
だけど、これで私はずっとアランと一緒にいられると思った。
しかし、その日から月は姿を消したのだった。物理的に。
月が無くなると、どういう事になるのか……。
最初の変化は、海の潮の満ち引きが無くなった。
だが、それは些細な変化に過ぎなかった。
次に地球にとって大きな変化が現れる。
二十三.四度傾いていた地軸の傾きが無くなったのだ。
地軸の傾きは、地球から約三十八万キロメートル離れた場所にある月の引力によってもたされていた。その地軸の傾きが無くなることで、地球から季節が無くなった。
傾いている角度によって、地球に当たる太陽光の面積に差をつけ、それぞれの地域に気候の変化を生じさせ、夏や冬などの季節を作り出していたのだ。
地球の自転にも影響をもたらした。
一日が、二十四時間から約五時間になったのだ。
朝が来たと思えば、すぐに夜が来る。地球の自転速度が速くなってしまった。
月の引力によって、地球の自転速度に歯止めがかけられ、一日を二十四時間(正確に言えば、約二十三時間五十六分四秒)にしていたのだ。
一日が五時間になったことで、地球の生態環境に大きな影響を与えることになった。
何十億年、一日が二十四時間であるというサイクルで生きていた生物・植物のバイオリズムを大きく崩すことになり、発育不全の原因となった。植物は育たなくなり、生物の体調を悪くさせた。
それだけではなく、陽が出る時間はわずか二時間となり、短い日照時間の影響もあって寒冷化を促し、生態系の成長悪化により拍車をかけた。
育たなくなった植物は枯れ、太陽の光を見失った生物の活動は衰えていった。
その他にも地軸の変動が影響してか、様々な災害が起こり、地球は生物達が生きるのに厳しい星となっていった。
***
ルナは後悔の念にかられていた。
どうして……どうして……こんなことに、私が……私が……
月であるルナが、地球に来てしまった為に……地球から戻れなくなってしまった為に……月が消えてしまい、地球をこんな風にしてしまったのは、自分に責があると感じていた。
そんな苦しむルナを、アランは慰める。
君の所為じゃ無いよ、世界がこうなってしまったのは……
アランと出会わなければ……。だけど……。
月が消えてしまったことよりも……僕は、君と逢えなくなってしまうことの方が、イヤだ……
ルナもアランと逢えなくなることのほうが、悲痛な思いで一杯になる。
ルナ。何処までも二人は一緒だ。世界がこうなってしまったけど、僕は幸せだよ。ルナ……
アラン……
そうだ、ルナ。日本に行こう
日本? なぜ
日本は何度も襲い掛かってくる危機的な災害に屈せず、何度も復興してきた奇跡の国だ。
日本に行けば、ここよりは安全に暮らせると思うよ。行こう、ルナ
う、うん
世界が崩壊している中で、幸せと感じていたのはルナとアランだけだっただろう。
しかし―――
世界中の、地球上の生物を不幸にしてしまった二人が、幸せを謳歌する時を本物の神様は与えてはくれなかった。
日本に向かうため、二人が運良く乗れた飛行機が太陽の電磁波によってマシントラブルを引き起こし、海へと墜落したのだった。
ルナはアランと辛うじて脱出したが、海は荒れ狂い、二人は波に飲み込まれてしまった。
決して死ぬことが出来ないルナは、何処か知らない砂浜に先ほど自分たちが乗っていただろう飛行機の残骸と共に打ち上げられていた。
アラン……?
辺りを見渡しても、そばにアランはいなかった。
それからルナはアランを捜す為に、各地をさ迷い歩くことになる。
何処に行っても数多くの亡骸が地に横たわっていた。その一人一人の顔を確かめ、それがアランでないと解かると胸を撫で下ろした。
ルナは心の何処かで……いや、心の底から信じていた。
きっと、アランは生きていると。
そう思いながら、アランを捜し求め続けた。
そして、百年の月日が過ぎ去った――
***
地球は、大きく変わってしまっていた。
地球の八割ほどを覆っていた海は枯れ果て、岩と砂ばかりの荒廃した大地が広がっていた。
それはまるで月のようだった。
ルナが見飽きてしまったあの景色と同じ。そして地球上のどこにでもいた人間の姿は、めっきり無くなった。だが、滅びた訳ではない。
世界はこんな風になってしまっても、生き延びた人間は安全な場所に集まり、コミュニティを作っては、過去の文明遺産を再利用しつつ細々と暮らしていた。
だが、生活環境は石器時代のようで、文明は随分と退化してしまっていた。
そんな人間の暮らしを横目で見つつ、ルナはアランを捜したが見つけることは出来なかった。
その代わりなのか、アランを捜すついでに、墜落の時に無くしてしまったアランから貰ったものや所持していたものを捜しては、似たようなものを拾ったりした。
百年もの間……そんな風に過ごしていた。その年月は、ルナにとっては十ヶ月ほどの時間間隔だが、この地球に暮らす者たちにとっては長く儚い時間だろう。
五十年ほど経った時に、ルナは気付き始めていた。
アランは、既に……。
しかし、アランを捜すことを止めなかった。
それは、月に戻れないルナが、地球にいる存在理由であったからだ。
アランを捜し続けることが、ルナの贖罪であるかのように。
もし、ルナがアランの後を追うことが出来たのなら、迷わず行動を起こしていただろう。
だが、死ぬことが出来ない体であるルナに、その選択を選ぶことは出来なかった。
今も、月の無い空を眺めながら、月のような大地をさすらい、アランを捜し続けていた。
そんな時、ある人間と出遭ってしまった。
偶然にも、アランという同じ名を持つ青年――バーニング・ライト・アランを瞳に映すと、
アラン・ブラウンの姿が思い浮かんだ。