フロストのお屋敷に行った翌日、
一座はライカントでの興行の最終日を終えた。

明日の朝にはこの町を出発し、
フロストが興行をしてほしいと言ってきた
サットフィルドへ向かう。


位置はここから南へ2週間くらい歩いた場所。
町は高い壁に囲まれ、
出入りはかなり厳しいと聞いたことがある。

そのおかげか治安はいいみたいなんだけど、
手続きが煩わしいということで、
私たちは今までそこで興行をしたことがない。
 
 

ミリア

ふぅっ……。

 
私は自分の荷物を馬車に運び終えた。

町と町を移動する時は、
この馬車で移動している。


2頭の馬の世話は基本的にアランの担当だけど、
1人でやるのは大変なので
手の空いた人が手伝っている。

事実、今はアーシャが
馬たちにブラッシングをしているしね。
 
 
 
 
 

 
 
 

ミリア

ア~シャ!

アーシャ

……ミリアさん。

ミリア

もう自分の荷物は運んだの?

アーシャ

いえ、まだ途中です。
でもキホーテとナンテが
ブラッシングをしてほしそうな
顔をしていたので。

ミリア

そうなんだ。

 
本当がどうかは分からないけど、
アーシャには馬の気持ちが分かるんだそうだ。


ちなみにキホーテというのは
芦毛(白っぽい色の毛)で気性が荒い方の馬、
ナンテは黒鹿毛(黒っぽい褐色の毛)で
大人しい方の馬だ。

でも怒った時はナンテの方が大変。
キホーテに比べて体が一回り大きくて、
パワーが強いから。

その時に彼をなだめられるのは
アーシャだけなんだよね。
 
 

ミリア

これからしばらくは
2頭に頑張ってもらうんだし、
それくらいのサービスは
必要かもね?

アーシャ

はい。

ミリア

私はアルベルトの手伝いに
行ってくるね。

アーシャ

はい。私もブラッシングを終えて、
自分の荷物を運び終わったら
お手伝いします。

 
私はアーシャと別れ、宿の中へ戻った。

そして荷物置き場として使わせてもらっている
部屋へ移動する。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私たちの中で荷物が一番多いのは、
やっぱりアルベルト。
人形や舞台、背景など使う道具が多いから。

部屋に入ると、
彼は人形を1体ずつ丁寧に布で梱包していた。
 
 

ミリア

アルベルト、手伝うよ。
私は自分の荷物を
運び終わったから。

アルベルト

おぉ、そうか。
じゃ、梱包が終わったヤツを
木箱へ入れていってくれ。

ミリア

了解っ♪

 
私は布でくるまれた人形を手に取り、
専用の木箱へ入れる作業を始めた。


――慎重に、丁寧に、それでいて迅速に。

置き方や上下を気にしてあげないと、
移動している途中で『怪我』をしてしまうから
慎重にやらなければならない。

だって彼らも私たちの大事な仲間だもん。
 
 

アルベルト

……なぁ、ミリア。

 
作業を始めてしばらくして、
アルベルトが声をかけてきた。
その声はちょっとだけ重苦しい。

サボっていたらまた怒られてしまうので、
私は手を動かしつつ返事をする。
 
 

ミリア

ん? なぁに?

アルベルト

お前は今のままの生活で
満足しているか?

ミリア

えぇ、当然じゃない。
楽しいし、充実してるし。

アルベルト

でもずっと旅を続けなければ
ならないだろ?
道中に危険はあるし、
収入も安定していない。

アルベルト

今の生活が続くことに
不安はないのか?

ミリア

バッカねぇ。
不安がないわけないでしょ。

アルベルト

やっぱりどこかの町に定住して
普通に暮らしたいってことか?

ミリア

それもひとつの道かもね。
だけど、それは興行が
どうにもならなくなったらよ。
続けられる以上は続けたい。

ミリア

だって私は演奏や人形劇が
好きだもん。
苦労するのは百も承知で
やってるんだから。

アルベルト

っ!?

ミリア

始めたきっかけは……まぁ……
アルベルトも知っているように、
私の故郷が流行病で全滅しちゃって
途方に暮れていたところを
座長に拾われたからだけどさ……。

 
5年前、私の故郷は未知の流行病に襲われた。
何日も高熱にうなされ、
そのまま眠るように天へと召されていく病だ。


私も数日は熱に苦しめられたけど、
幼いころから体が丈夫だったこともあって、
それを乗り越えることができた。

――ただ、そうやって生き残れたのは私だけ。

みんなは天国へ旅立っちゃった。
お父さんもお母さんも友達も……。

今、その場所には人が住んでいた痕跡が
わずかに残るだけ。
人々の記憶からも忘れ去られつつある。
 
 
 
 
 
何も事情を知らず、
たまたま村へ興行にやってきた座長に
私は拾われた。

その時、すでにアルベルトは一座にいたから
私のそういう事情を知っている。

詳しくは知らないけど、
アルベルトも何か事情を抱えて
一座に加わったらしい。




そういう暗い過去を抱えているからこそ、
私はみんなを笑顔にしたいという想いが
強いのかもしれない。
 
 

ミリア

でも逆に言えば、
そんな状況でもこうして
生きてこられたんだもん。
死ぬ気になってやれば、
何があってもなんとかなるもんよ。

ミリア

今の私は1人じゃないもん。
こうして素敵な家族が
いるんだから。
助け合えば乗り越えられるわよ。

アルベルト

っ!

アルベルト

……ふふ、そうだな。
確かにその通りだなっ!

 
ちょっとだけアルベルトの声が明るくなった。

誰だって色々と考えたり不安になったりする。
家族としてそれを少しでも和らげられたのなら
私としても嬉しい。
 
 

アラン

おーい、アルベルト。
手伝いに来たぜー!

 
自分の荷造りが終わったのか、
アランが部屋へやってきた。

この子は相変わらず天真爛漫。
でもずっとそうであってほしいな……。
 
 

アルベルト

おうっ、アラン。
それじゃお前も人形を
木箱へ入れる作業をしてくれ。

アラン

あいよー。

 
その後、アーシャも私たちの作業に合流し、
日没の直前に荷造りは終わったのだった。


あとはフロストが合流するだけか……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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