次の日、目覚まし時計にセットした時間より早く目が覚めてしまった。
それでももう11時で、のんびりとだが支度を始める。
友人との待ち合わせとは違い、時間より少し早く家を出た。

場所は昨日最後に記憶に残っている場所でいいのか、それだけ少し心配を感じながら向かっていると思ったより早く着いてしまった。
近くには誰もいない。
時間も早いしまだ来ていないだけだろう。

鳥が鳴いている。

声をたどって目線を動かすと電線に雀が止まっていた。
毎日の様に見ているはずなのに、凄く久々に感じる。
気分が違うと見えるものも変わってくるって、こういうことか。

空は、こんなに青かったか?
雲は、こんなに柔らかそうだったか?
あ、電信柱の上に人が座ってる。

いやいやいや、おかしいだろっ

あーっ、黒ちゃん見ーっけ!

逆光で良くは見えないが、親指と人差し指で輪を作りそこから此方を覗いている。
誰かは分からないが関わらない方がいい。
一旦落ち着くために目を瞑ってみる。

ひゃははははっ!!

声の近さに驚いて目を開く。
一瞬前まで電信柱の上にいた筈の男が目の前にいる。
上から落ちてきたにしては特に大きな音も聞こえなかった。
一人、目の前で爆笑している男に冷めた目を向けていると些細な違和感を感じた。

黒ちゃーん?こんな所で何何何してーんのぉ?

男は俺の顔を覗きながらへらへらと笑っている。
前に何処かで見たことがあるような。

ぁ…

分かってしまった瞬間から、身体は少しずつ震えだし背中に冷や汗が滲み始める。
見覚えがあるのも当然だ、記憶から消そうとしすぎた…。
昨日はすぐに気絶してしまったせいで姿をしっかりと見ることはなかったが、待ち受けにされていた写真と同じように目元には深い隈がある。
近くにいるだけで、その口元に浮かべられた笑みが無意味なものに思えてしまうほど恐ろしく冷たい空気を肌で感じる。

真剣に逃げ道を探しだしたとき、突然鳴った音に驚いて心臓が跳ねる。

ピッ

俺俺俺ー、どっちらさーんっ?

謎の音は着信音だったようで、男は紐をつけて首にかけていた携帯電話を手に取り誰かと話始めた。

あぁ、仕事ならもう終わったよー。ぇー、今すぐー?ぁ、切れた

電話の相手と話していたかと思うと、用件が終わるとすぐに電話を切られたようだ。
小さく舌打ちが聞こえたような気がするが何も聞かなかったことにしておく。

ごめんねー、黒ちゃん、、

ぇ、?

俺もう帰らないとテイに叱られちゃうんだー、ばぁーいばぁーいっ

そう言って手を振り、脚力がどうなっているのか近くの家の屋根まで跳んだようで姿は見えなくなった。
俺の名前は黒じゃないと訂正する暇もなかった。

携帯を確認すると、待ち合わせ時間を少し過ぎた頃だった。
メールを一通受信している。

『用事が出来て今日は会えそうにない、ごめんね』

残念だがしょうがない、今日はもう俺も家に帰って休みたい気分だ。

『大丈夫です。また、後日改めてよろしくお願いします。』

『よろしく、潤壱』

あれ、いつ名前教えたんだっけ。
一瞬そんな疑問が浮かんだが、家に送り届けてくれた日にでも家族から聞いたんだろうとすぐに頭から消えてしまう。
まだ早い時間だったが、外をふらつくにはあまり気分が良くないためまっすぐ帰宅する。
今日は結局あの変な男に会っただけな気がするが考えると複雑な気分になるだけだ、何も考えなくて良いよう家に着くとすぐ布団に入ってしまう。

思っていたよりも精神的に疲れていたのか、目が覚めたのは四時間後のことだった。
携帯がチカチカと光っていたが確認する気にはなれない。
ダルい身体を起こし晩飯と風呂を済ませて、部屋の電気を消すとまた横になる。
目を瞑ってみるが、風呂に入ったことで冴えてしまった頭はなかなか眠たくなってくれない。
しょうがないと電気をつけて起き上がるが、特に何もすることがなく退屈な時間がきた。
そして、意識を反らそうとはしていたが結局携帯が気になってしまい目を向ける。
手にして開いてみると、


着信がきていた。


見知らぬ番号からの着信が十六件。
いくつか留守電が入っているようだったので、このまま放置をするのも怖いととりあえず一番新しいものを再生して聞いてみる。

『くーろーちゃーんっ。何で何で何で出ないのかなぁー?もしかしてー、俺からの電話ー無視しちゃってんのかなぁー?優しーぃお兄さんも怒っちゃーぅぞーっ?小指から順番に皮剥がされたくなかったらぁ、早ーくごめんなさぃしてねぇーっ。お利口に謝れたらちょぉっと剥ぐだけで許してあー、ピッ』

…っ

声から昼間の男だということはわかったが、何故俺の電話番号を知っているのかも何故電話してきたのかも分からない。
内容に恐怖するあまり話している途中で留守電が切れてしまっていることに意識を向けている余裕もない。
最後に電話がかけられたのは約一時間前。
やっぱり携帯は小まめに確認すべきだとこんな時に思い知らされた。
電話番号が調べられているくらいだ、家の場所も知られているかもしれない。
このまま電話を無視したら本当に何があるか分からない。
風呂に入ったばかりだというのに、額に冷や汗が滲む。
かけ直そうと携帯を操作する指は震えいつものように上手くいかず、焦る気持ちばかりが先走る。

プルッピッ

『黒ちゃぁーん?』

ずっと携帯を見ていたのか、ワンコールもしないうちに相手は電話に出た。
心の準備をする間もなく、バクバクと耳に聞こえそうな程に心臓は跳ねてしまっていた。

もっ、もし、も、し?

『黒ちゃん遅い遅い遅い遅いーッ。何して痛ッ』

『うるせぇ』

頭を叩くような軽い音が電話ごしに聞こえたような気がしてすぐ、別の可愛らしい声が小さく聞こえた。

『テイ酷い酷い酷いーっ、俺を打つなんて明日には脳みそぶちまけて死んじゃうんじゃないのぉー?ひゃはははっ』

『消されてぇのか?』

『いーやーだぁーっ、テイなんてケイに嫌われればいーいっ』

『良いから早くさっきの話しそいつに伝えろ、馬鹿が』

可愛らしい声はたぶん女の子のもので、そんな声から発せられる粗い言葉に内心驚く。
電話の理由はまだ良くわからない、二人が話している間に少しでも落ち着いておこう。

『あ゛ーっ、忘れてた忘れてたぁーっ。もしもーっし、黒ちゃーん?』

は、ぃ…

『黒ちゃんにぃー、お願ーいがあるのぉーっ。いーぃー?』

「お願い、って…内容は、?」

『テイーっ、お願いお願い、なんだっけぇー?』

『あ?ここに来させろって』

『あー、あー、そうだったぁねーっ!!ってぇことでー、くーろちゃんっ!今から俺がお迎えにぃ行っちゃうから身体洗って待ってーてねぇーんっ』

は…?

『ちょぉっとだけ、ばぁーいっ!ブチッ』

強引に電話が切られた。

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