今からあの男が家に来て俺を何処かに連れていくようだが、何処に連れていかれて何をされるんだろう。
身体を洗って待ってろってのは首を洗って待ってろの間違いか?
となると、何か痛いこと…指の皮を剥がれる…?
逃げたら家族に何かあるかもしれないし、逃げきれるとも思えない…。
ん?それ以前にあの男は俺の家を知っているのか?知らないだろ。

窓が開いた。
冷たい風が肌に触れ小さく震える。
何故勝手に窓が開いたのかは何となくわかっている、肌寒さを感じるが窓を閉めるためにはそちらに顔を向けなければならない。
そして自分からあの男に近づかなければならない。

こーんばんわぁー、迎えに来たよーぉ?

後ろから声が聞こえ、静かで重いため息が一つこぼれた。
どう考えても来るのが早すぎる。
連れていこうとしているのは近所なのか?

じゃー、行こうかぁ

っ、待て、よ

ぇーーー…?

何処に、連れていく気だ…?

来ればわーかーるぅ、早く早く早く行こぉー

そう言って小さい声ながらも騒ぎ始めた男に、どうせ着いていくしかないのだからと諦めて靴を取りに行くから大人しく待っているように言う。

階段をおりると、姉と母は居間でテレビを見ていた。
気づかれないようこっそり廊下を歩くが古い床板は小さくも音をたてる。
焦って居間を見るが、お笑い番組でも見ているのか女らしさを感じない笑い声が廊下まで響いていて。

あはははっ!!

あはははっ!!

特に気にする必要はなかったかと苦笑がもれる。
靴を持って部屋へ戻る。

おかえりーぃ

扉を開いてすぐ目の前に立っていた男は腕を引いて窓の方へ歩き出す。
なんとか混乱する頭で財布と携帯をポケットに入れて電気を消す。

さぁ行こーぅ

窓からどうやって出るんだ?

床を汚さないように靴を履きながら聞くと、男は嫌な笑みを浮かべて突然俺を抱き上げた。

っは?

行ってきまぁーっす

そして、昼間のように家の屋根の上を今回は俺を抱えているにも関わらず身軽そうに跳びながら移動していく。

吹っ切れたせいか何故か男が昼間に比べて大人しいせいか、今の俺は妙に落ち着いていた。

なぁ、

んー?黒ちゃぁん、舌噛んで出血死しちゃってぇも知らないよーん?

…、静かでも頭ん中は変わらねぇな…

ひゃはっ!テイがぁ、夜に騒ぐとお母さんーっていうこの世で一番怖ぁーぃ奴に殺されるぅって言ってたからー

ぁー…

夜は少ぉーしだけ良い子な露種君っ

露種、?

俺俺俺の名前ーっ。格好良ぃっ?格好良ーぃっ

そう言った後は、何故か笑い出したのでそっとしておいた。

たーだぃまーぁっ

やはり我が家からそれほど離れていない所で屋根から降りると、古ぼけた廃工場の様なところに入っていく。
こんな所があるなんて初めて知ったが、工場で使われていたのだろう良くわからない機械が放置されているし周りの住人も危険だからとあまり近づかないようにしているのかもしれない。

おい、もういいだろ…

なーにがぁ?

おろせ…

この羞恥に良く堪えたと自分をほめてやりたい。
空は暗く屋根の上を移動していたことから周りの人間に見られることはなかっただろうが、まだそれほど夜中というわけでもない。
帰宅中だろう人の声がいくつか聞こえたし、車も何台も見た。これ以上堪える必要は無いだろ。
実際は、もし見つかっていたら恥ずかしいどころの騒ぎではないが考えると更に疲れるため気にしない。

んーーー…

何悩んでんだよ…

もし、もし下ろして逃げられたらぁー。俺、怒られるんじゃねぇー…?

っ、今更逃げねぇって…

駄目ぇー。俺偉いからぁーっ

結局俺は抱えられたまま、埃っぽい奥の方に向かって進んでいく。
あぁ、もういい。
好きにしろ、馬鹿野郎…。

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